118(明晞) 慣れないこと
さてさて、始まりましたねえ、決勝戦。
開始早々、いちい君のスーパープレーで二連続得点。とりあえずペース掴んだかなあ、と思いきや、ところがどっこい。
〝最終防衛線〟――緋上真直ちゃん、149センチ。
〝千紫万紅〟――藤本いちい君、179センチ。
ちょうど30センチ差の二人は、ほんの一秒ほど、ネットを挟んで睨み合った。
あるいは、単純に、ボールを返そうと立ち上がった緋上ちゃんの目と、いちい君の目とが、たまたま合ってしまっただけなのかも。
でも、まあ、あのいちい君に上から睨まれて目を逸らさない人間なんて、ごくごく限られているわけで。
二点差くらいでへこたれるわけがない、ってことだね。いやあ、わかってたけどさ。
「すまん、いちい君、ナイスカバー」
緋上ちゃんからボールを受け取ったいちい君の元に、セッターの柳千里――千里が駆け寄る。いちい君はボールをサーバーである私にパスすると、千里を見下ろして言う。
「柳さん」
「ん?」
「トス、割れるくらいなら、ネットの真上に上げてください。ブロッカーがいても僕なら決められます」
「……おう、わかった」
千里は静かに頷く。いちい君はそのままネット際について、相手アタッカーにプレッシャーを掛ける。
「佐々木」
「む、なんだ?」
「センターは僕がチェックする。お前は板野さんをマークしろ」
「うむ、了解した」
冷たく低い声で、簡潔な指示を出すいちい君。ボールを受け取ってから一連の流れを眺めていた私は、サービスゾーンにて、人知れず苦笑。
いちい君は、試合になると、ただでさえミニマムな愛想が、完全にゼロになる。こういうの、玉に瑕って言うべき? けど、それでこそいちい君のいちい君たるいちい君ってわけで。小学時代から彼女を知ってる『きたかぜ』『たいよう』メンバー以外の、杏子や郁恵なんかは、入部したばかりの頃は少し戸惑ってたけど。今ではもう慣れたようで何より。
スコア、2―0。
サーブは私。三本目。過去の対戦や、一、二本目からわかる通り、玉緒第二がサーブで崩れることはまずないので、コンビが来ると思っていい。
BLが守備位置の私がサーバーなので、代わりに杏子がツーアタック(ないと思うけど、一応ね、一応)を警戒している。まあ普通に考えて、いちい君がレフトブロッカーをしている今、ツーやライト攻撃はない。ほぼ間違いなく板野万里さんのレフト平行が来る。
ぼむっ、といつものようにボールをワンバウンドさせてから、私はサーブを打つ。ばしっ、と狙ったのは後衛の最上瑶子さんと田村真琴さんの間。それを緋上ちゃんの指示で田村さんが取りに入り、ぴったり倉知さんに返す。同時に、レフトにいた石蕗千愛さんとセンターにいた板野さんがポジションを入れ替わる。
そして、〝束の間〟――倉知娃佳さんが選んだのは、やっぱり板野さんのレフト平行。ミドルブロッカーの郁恵は最初から彼女をマークしていたものの、まだその速さについていけてない。
「っしゃ!!」
だんっ、
と、景気のいい音が鳴った。板野さんのスパイクは、郁恵と尾崎玲子の間を抜け、コート中央へ叩き付けられる。
私は跳ね上がったボールを真正面でキャッチして、ひゅう、と口笛を鳴らす。
さすがは〝頂の上〟――こうして何度彼女に決められてきたことやら。
「……明晞、せめて一歩くらい反応できないもんか?」
私の代わりに落下点へ飛び込んだ日下部杏子が、立ち上がって呆れ気味に言う。
「またまた無茶を言いなさる。昔の仲間を標準にしないでほしいねえ」
「にしたって、万里のスパイクにキャプテンが棒立ちじゃチームの士気に関わるだろ」
「そんなことで士気が下がるタマかね、うちの唯我独尊たちは」
言うと、杏子は、ふうっ、と小さく息を吐いた。
「どうにも……お前を相手にしてると調子が狂う」
私は『お手上げ』のポーズで肩を竦めてみせる。
「まあ、確かにキミの上に立つのに私じゃあ役不足さ。ねえ、〝陽の下〟?」
「……別に、そういう意味で言ったわけじゃない。というか、その『役不足』は誤用だぞ」
おいおいこれこれ杏子さんよ。誤用を指摘しちゃっちゃあつまり、『そういう意味で言った』ことになっちゃっちゃわないかね?
まあ、それこそ別に、私は『彼女』と張り合うつもりはないけどさあ。
さてさて、スコアは、2―1。
「カット集中! 一本で切っていこう!」
定位置に戻った杏子は、いつもの調子で周りに声を掛ける。安心して背中を任せられる仲間がいるってのは、楽な――もとい、うん、いいもんだねえ。
玉緒第二のサーブは、倉知さん。向こうの攻撃は、〝円の外〟――田村真琴さんが加わって、三枚。ラリーが続けば続くほど玉緒第二は厄介だから、サーブカットからの攻撃一回で済ませたいところ。
ばしっ、
とサーブが放たれる。コースは玲子と私の間、やや玲子寄りくらい。
「オー」
「だいじょーぶ! 任せ任せえ!」
私は落下点に入りながら、ボールに反応して手を出しかけていた玲子をライトへ追いやる。
「よおーし、ほい――あっ」
大見得を切って請け負ったわりには、ライトへ流れる微妙なカットになってしまった。まあ、〝半径四呎〟こと千里なら、これくらいは許容範囲のはず。
「レフト!」「A!」「ライト!」
三人のアタッカーが同時に呼ぶ。千里はレフトのいちい君へトス。相手ブロッカーは二枚だ。倉知さんが下がったので若干壁は高くなっている。とは言え、150台のブロッカーが160台になったところで、いちい君にとっては誤差でしかあるまいよ。
ぱぼんっ!
と、いちい君はライトブロッカーの田村さんの腕に当てて、こちら側へ跳ね返ってくるブロックアウトを取った。ネットのこっち側なら、いくら〝最終防衛線〟こと緋上ちゃんと言えども、手の出し用がない。
スコア、3―1。
「おおう、ナイスキー、いちい君」
「……斎藤さん」
僅かに眉を顰めているいちい君。おや、と思って周りを見ると、千里と玲子も同じように訝しげに私を見ている。
「明晞、どうした、急に?」
歯の間にものが詰まったような顔で、玲子が言う。恐らくは、今のサーブカット横取りの件だろう。
「いやあ、せっかくの三枚攻撃だし、たまにはキャプテンっぽくフォローしてみようかなあと思って」
ちょっと照れた感じで私が答えると、玲子と千里といちい君は顔を見合わせた。そして、三人を代表したいちい君が、呆れたように言う。
「調子狂うんでやめてください」
ばっさり切り捨てて、いちい君は定位置に歩いていく。千里と玲子も同意見らしく、特にフォローはしてくれない。
私は杏子のほうに振り返って、肩を竦めてみせる。杏子は口をヘの字に曲げた。
いやあ、やっぱ慣れないことはするもんじゃないねえ。




