117(娃佳) 最終防衛線《Red Line Keeper》
ブロック大会北地区予選、決勝戦。
VS石館商業。
勝てるか勝てないかで言えば、まあ正直、150台の私がセッターをしている時点で厳しいことこの上ないが、高さが足りない、だから仕方ない、なんて考えはするべきじゃないと、私たちはみんな心得ている。
強くなるのは、大変だ。
でも、弱くなるのは、とても簡単。
バレーボールは重力に逆らうスポーツだから。
何もしなければ、ボールはひとりでに床に落ちて、点を失う。
得点するためには、目の前の壁を、越えていかなければならない。
仕方ない、なんて思ったところで、その壁が低くなるわけじゃない。
私たちが試合中に考えなければいけないのは、負けたときの言い訳じゃなく、勝つための工夫なのだ。
今、こちらの前衛はアタッカーが二枚。エースの板野万里ちゃんと、センターの石蕗千愛ちゃん。私はネット際からサインを送る。
あちらのサーブは元館二の〝明の一番星〟――斎藤明晞さん。
主審が笛を吹く。斎藤さんは一度ボールをバウンドさせて調子を整えてから、ばしっ、とサーブを打ってくる。今度は千愛ちゃん狙い。しかし、千愛ちゃんはむしろ、自分でカットしたほうが、速攻のタイミングを取れる子だ。
「娃佳先輩っ!」
とーん、とオーバーハンドでのAカット。自身がいるFLから速攻に入れるように、その弾道は高い。
カットしてすぐ千愛ちゃんが速攻に入る。その間、万里ちゃんは守備位置のセンター付近で待機。そして、千愛ちゃんが踏み切る直前に、
「レフトッ!!」
千愛ちゃんの影から素早く飛び出し、脚力を活かしたレフトへの移動攻撃。館商のミドルブロッカー――佐々木郁恵さんが反射的に万里ちゃんの動きを追う。さすがの反応。でも、反応が良過ぎるのも、一種の隙だ。
とんっ、と私はジャンプしてトス(昔は今よりさらに指の力がなくて、ジャンプで勢いをつけないとオーバーが遠くに飛ばなかった。この変なセットアップはその名残なのだ)。
選んだのは、千愛ちゃん。
「む……っ」
万里ちゃんの飛び出しに気を取られて、佐々木さんのブロックが少し遅れる。が、それをカバーするように、横から藤本いちいさんの手がぬっと出てくる。
……レフト寄りにトスを流しておいてよかった。
ぱちんっ、
と、千愛ちゃんはレフトブロッカーの藤本さんを避けて左方向へ打つ。ボールは、がっ、と佐々木さんの右手を弾いて、コートの外へ。FRの尾崎玲子さんがそれを追う。
「ぬおおおっ!!」
ベンチに突っ込む勢いで、尾崎さんはボールに飛び付き、辛うじて上に上げる。そのカバーに走っているのはセッターの柳千里さん。
「柳!!」
繋いで相手コートに返せれば十分――そんな厳しい状況で、しかし、藤本さんはトスを呼んだ。本来レフトの彼女が、今は佐々木さんを追い越してライトにいる。
「っ……いちい君!」
藤本さんが呼んでいるのだから、柳さんが妥協できるわけがない。私ならまずアンダーハンドで繋ぐところを、柳さんは膝をついてボールの下に滑り込み、オーバーハンドで仰け反るように後方へトス。
ぽーん、と上がった二段トスは、アンテナの外側、ネットから大きく離れた位置へ。
「ちっ……」
その場ジャンプで打つしかなく、アンテナの外側のためクロスしか狙えない――そんな微妙なトスに対し、藤本さんは小さく舌打ち。……酷だ。
「ブロック二枚ついて! 瑶子さん、クロス強打! 真琴さんは中央フェイント!」
「「了解!」」
自身もクロスへと移動しながら、リベロの緋上真直ちゃんが指示を飛ばす。ピリピリしている。明らかに攻め側が苦しい状況のはずなのに、警戒は緩まるどころか強まっている。
それはひとえに、藤本さんが打ってくるからだ。
ぐんっ、
と藤本さんは腕を振って垂直に跳び上がる。それだけで私の全力ジャンプより遥かに高い打点。見ると、振りかぶった右腕は、肘が十分に引かれていない。強打ではない、と見ていいだろう。だとすれば、
「娃佳さん、プッシュ!!」
真直ちゃんの声。私、あるいは私と瑶子ちゃんの間を狙って、速いボールが飛んでくる、ってことだ。
来るなら、来い!
私は藤本さんのボールコンタクトのタイミングに合わせ、どの方向でも走り出せるよう軽くジャンプ。
とんっ!
藤本さんの攻撃は真直ちゃんの読み通りのプッシュだった。ボールの行く先は、私と瑶子ちゃんの間くらい。これくらいなら取れる――!
がつっ、
「っ……!?」
瞬間、ボールの軌道が、変わる。
勢いよく押し出されたボールが、ブロックに跳んだ千愛ちゃんの左手に当たって、失速したのだ。
横へ動き出していた私の、前方数メートルのところに、運動エネルギーを失ったボールが落ちていく。
なんて不運……否。
これは偶然じゃない。〝千紫万紅〟――あの怪物なら、これくらいは故意にやってくる。
「ったあああっ!!」
虚を衝かれた私と瑶子ちゃんはもう動けない。唯一駆け出したのは真直ちゃんだ。フライングで右手を突き出す。平手をボールと床の間に滑り込ませて拾うパンケーキ。だが、
――ぼんっ、
と、ボールは真直ちゃんの伸ばした手の先に、落ちた。
スコア、2―0。
……開始早々、二連
ばんっ!
突然の、ボールを手の平で叩く音。私は驚いてそちらを見る。フライングして床にうつぶせになっている真直ちゃんが、小刻みに跳ねながら転がっていたボールを、上から叩き押さえたのだ。
〝最終防衛線〟――真直ちゃんのクセ。
たとえ点を決められても、自分の身体より後ろには、意地でもボールを抜かせない。
真直ちゃんは、掴んだボールを引き寄せて、すくっと立ち上がる。
私より小さな身体。でも大きく見える赤い背中。そして、セミショートの黒髪を試合の時だけむりくり頭の後ろでくくって生やしている、短い尻尾。
私に背を向けている彼女は、私と彼女を結ぶ線上の先にいる、藤本いちいさんを見上げている。
藤本さんのほうも、真直ちゃんから、目を逸らさない。
試合の進行を妨げないぎりぎりの長さ、ほんの一秒くらい、二人は見つめ合って、そして真直ちゃんは無言でボールを藤本さんにバウンドパスして、こちらに振り返った。
「サーブカットから! 集中して行きましょうっ!! 切り替えですよ切り替え!!」
そう言って、いつもの明るい笑顔を見せる真直ちゃん。
開始早々、二連続失点――だけれど。
そうだ、まだ、全然戦える。
私は万里ちゃんと千愛ちゃんに視線を合わせ、次の攻撃の打ち合わせ。
「ばぁーっちこぉーい!!」
守備位置で構えた真直ちゃんが、よく響く声で言う。
「さあああー一本!!」
私も、真直ちゃんに続いて、声を出した。
登場人物の平均身長:164.4cm




