116(静) 好カード
ついに始まった決勝戦。
もうすっかり見慣れた館商の体育館で、もうすっかり見慣れた館商のメンバーが、コートに立つ。
ラインアップは、これまで通りで、いつも通り。
―――ネット―――
藤本 佐々木 尾崎
柳 宝円寺 斎藤
L:日下部
館商は、(まあ藤本さんがいるから自然とそうなるんだけど)レフトサイドの攻撃を多用する、エース偏重のチームだ。
そして、館商には、レフトのエースが『三人』いる。
藤本さんと、明晞と、そして、セッター対角の尾崎さん。
この辺りの話は、たぶん実際にその場面が来たら、主に北山さん向けに説明することになるだろう。
すっかり館商のことには詳しくなってしまった私だ。まあ、それもそのはず、館商で練習した日数のほうが、城上女で練習した日数より多いのだから。
胡桃にねちねち言われるのは当然と言える。
さておき。私は玉緒第二に目を向ける。
その多くが、北地区の大会で、小・中通して何度も対戦しているメンバー。個々人というより、『たまのを』あるいは『玉中』の空気を、身体が覚えている。
もちろん、『彼女』の不在という、とても大きな違いはあるのだけれど。
ラインアップは、こちらも、準決勝と変わらず。
―――ネット―――
石蕗 板野 倉知
田村 最上 長谷川
L:緋上
決勝戦、第一セット、サーブは館商から。
背番号とスターティングポジションの確認が終わる。
両チームともリベロが後衛のミドルブロッカーと交替。
試合、開始だ。
「さああああ一本っ!!」
気迫のこもった声を上げるのは、玉緒第二の紅一点――〝最終防衛線〟こと、緋上真直さん。今度は立ち上がりから最高状態のようだ。
館商のサーバーは、キャプテンの斎藤明晞。
玉緒第二は、五人レシーブ体制。準決勝を見る限り、香弥以外は基本的にサーブカットに参加するらしい。
笛が鳴る。明晞は、ぼむっ、とボールを一度床に弾ませてキャッチ。それから相手コートを見てゆったりと構え、
ばしっ、
と最初のサーブを放った。
ボールはBL周辺を守る田村真琴さんへ。田村さんはそれを難なくカット。セッターの倉知娃佳さんは、誰もが予想した通り、レフトに回ったエースの板野万里さんへトス。最初だからか、ややゆったりめ。
板野さんは力強く床を蹴って宙に舞い上がり、尾崎玲子さんと佐々木郁恵さんの二枚ブロックに、思いっきりぶつけていく。
がづんっ!
「ワンタッチ!」
全身バネみたいな板野さんのパワーに、佐々木さんの腕が弾かれる。
「ナイスワンチッ!」
速度を保ったまま、大きく後方へ飛んでいくボール。それをリベロの日下部杏子さんが下がりながらジャンプして、オーバーハンドで捉える。背の低い選手だと上を抜かれてしまいかねないワンタッチボールだが、この辺りは元アタッカーである彼女の得意分野だ。
「二段、頼むっ!」
「オーライ!」
ばしっ、
と叩き返すようなオーバーハンドで、日下部さんはセッターの柳千里さんに繋ぐ。上がったのはアタックラインのやや後ろ。落下点に入った柳さんが正対している方向は、もちろんレフトエース――〝千紫万紅〟こと、藤本いちいさんのほう。
「レフト!」
ふわっ、
と丁寧なトスを上げる柳さん。藤本さんはタイミングを計りながらステップ。玉緒第二は二枚ブロックで待ち構える。が、石蕗さんと倉知さんで藤本さんの相手は厳しい。せめて香弥がいれば――。
そして、たっ、と軽めにジャンプした藤本さんは、
すぱんっ、
と、いとも容易く倉知さんの上を抜いてストレートのライン際を狙い打った(ちなみにだが、斜め後ろから飛んでくる二段トスをストレートに打つのは恐ろしく難しい)。これは決まった――と私は思った。が、
「っ!?」
藤本さんの打ったボールがBRを守る玉緒第二のキャプテン・最上瑶子さんの肩に当たって、辛うじてボールが生きた。反応できていなかったから、故意ではないラッキーカット(けど、あの藤本さんに対して、臆することなくストレートの守備位置に構えていたことは素直にすごいと思う)だろう。でも、とにかく望みは繋がった。
「――真直ッ!!」
「はいっ!!」
最上さんはボールが上がったと見るや、即座にカバーを要求。既に走り出していた(彼女は藤本さんのストレート打ちに反応していたのだ)緋上さんは、コート外まで走ってフライングし、片手でボールを繋ぐ。
「ラストボールっ!!」
「任せろ」
緋上さんがぎりぎり真上に上げたボールを、最上さんはアンダーハンドで突き上げる。
どんっ、
と打ち上げられたボールは高い放物線を描いて、館商コートへ。
「オーライ!!」
館商コートの中央で片手を挙げたのは、日下部さん。天井近くからぐんぐん速度を増して落ちてくるボールだが、さっきのカットと同様、余裕でオーバーハンドだろう。後衛のセッター・柳さんは、既にネット際に上がって待ち受ける。
「杏子、来い!」
「任せ! 行くぞ、チャンスボー……ルッ!」
たんっ、
と日下部さんは、低い弾道の速いチャンスボールを返した。それを見てまずはセンターの佐々木さんが動き出す。〝可変翼〟こと佐々木さんは、平均より速いタイミングで踏み込む(チャンスボールでは『速め』で行くことになっているのだ。日下部さんのチャンスボールが『速め』なのも同様)。
練習に裏打ちされたコンビネーション。チャンスボールを確実に得点に繋げるためだ。サイドの藤本さんと尾崎さんも、佐々木さんに少し遅れて踏み込む。
「――っと」
高い位置でセットアップした柳さんは、佐々木さんを使う。玉緒第二のセンター・石蕗千愛さんはそれを見てジャンプ。が、佐々木さんのほうが速い。上から打ち込まれる。
ぱしんっ!
「っとお――たああー!! フォロー!!」
ボールは果たして、落ちなかった。鋭角にコート中央付近に打ち込まれたボールの下に、BLの田村真琴さんが飛びついて右手を滑り込ませたのだ。
「ナイスレシーブ、真琴! 持ってこい、娃佳ぁー!!」
ボールが上がると同時に、レフトの板野さんが大きく開く。
「娃佳先輩、こっち!!」
速攻に入れないと見たセンターの石蕗さんは、ライトへと開いていく。
「行っ――けえー!!」
ぽんっ、
と、ジャンプトスというよりは『ジャンプして勢いをつけるトス』といった感じの、弾むようなセットアップ。〝束の間〟――倉知さんが選んだのは、〝頂の上〟――エースの板野万里さん。
今度は一打目とは打って変わって、板野さん本来のスピード。かなり速いテンポの攻撃に切り替わっている。体感的に、板野さんの踏み切りは、たぶん『速め』の佐々木さんより更に速い。セットアップとほぼ同時に踏み切って、跳んだ先でトスを『待つ』のを好むアタッカー。
スパイクカットからこの連携へ即座に切り替えられるチームは、そう多くないだろう。田村さんから倉知さん、倉知さんから板野さん――『たまのを』時代から積み重ねてきたコンビネーション。
「ばっちしッ!!」
だんっ!
板野さんのフルスイングが、ボールを真芯で捉える。尾崎さんと、サイドへ回り切れなかった佐々木さんの間を抜ける強烈なスパイク。それを、
ばんっ!
「レフトッ!」
FLから独断で前に詰めた藤本さんが真正面でカット(後ろで明晞が目を丸くしている)。そしてカットした瞬間、あるいはカットするよりも早く、藤本さんはトスを呼んだ。ボールはセットアップするのに十分な高さまで上がっている。
「千里っ、ライ」
「――レフトッ!!」
ライトに開いた尾崎さんの声に被せて、藤本さんがトスを呼ぶ。低く唸りを上げて威嚇する肉食獣を思わせる。そして、もちろん、この場面で意表を突いて尾崎さんや佐々木さんに上げるなんて愚行を、柳さんは犯さない。
バレバレでも、読まれても、関係ない。
彼女に上げる――その選択こそ、常に最善。
とーんっ、と、柳さんは藤本さんにセミオープンのトスを上げる。
藤本さんは、いつもよりかなり大きく、コート外まで開いていた。そこから、ネットを跳び越えるんじゃないかと思わせるほど大きく腕を振り、だだんっ、と強く床を蹴った。
「高っ……」
そんな呟きを漏らしたのは、隣にいる北山さん。
そして藤本さんは、
とっ、
とブロックの真後ろにフェイントを落とした。
「瑶子さん!!」
「……っ!!」
やや深い位置で守っていた最上さんが、緋上さんの指示とほぼ同時に走り出し、フライングで右手を伸ばす。しかし、すっ、とボールに掠る以上のことはできなかった。
1―0。
先取点は、北地区一位――石館商業。
得点と同時に、「わあああっ!」と大きな歓声が、館商サイドの応援席から上がった。
その中で、北山さんが小声で言う。
「じ……自分、今、藤本殿が強打した映像が見えたっス。ばちんっ、て音も聞こえた気がするっス」
「うん。今のはかなり……その、威圧を込めてたね」
私は藤島さんに目を向ける。早くも涙目になっていた。
「……すごい、っス!」
藤島さんとは逆に、北山さんは楽しそうに声を弾ませた。
「藤本さんのフェイント?」
「そう、っスね! あ、あと! 玉緒第二も……っ! 今の、自分だったら一歩も動けなかったっス!」
いいところを見てる――と私は思わず微笑んだ。
そうなのだ。藤本さんのフェイント――準決勝で冴利たち石館第二が翻弄されたあの攻撃を、玉緒第二は、この最初のラリーから掠るところまでいったのだ。
藤本さん――ひいては石館商業の攻撃力と、緋上さんを中心とした玉緒第二の守備力。
準決勝では、その本当の『凄み』がわからないまま試合が終わっていたけれど。
両者が衝突する決勝では、それが、はっきり伝わってくる。
半端な攻撃では崩せない玉緒第二の、半端ではない組織力。
その玉緒第二を正面からねじ伏せる、藤本さんの技の冴え。
こういう、際どいラリーが、決勝では幾度となく見られるのだろう。そして、藤島さんのいる城上女、一撃決殺を信条とする音成、生天目さんのいた南五しか知らない北山さんには、こういう、流れが複雑に乱れる試合をこそ、見てほしい。
レシーブをして、トスをして、アタックを決める。
そんな三拍子のリズムだけが、バレーの全てではない。
そういう意味でも、この決勝は好カードだと思う。
「北山さん、玉緒第二の後衛だけど、レフトの最上さんとライトの田村さんが、後衛だと守備位置を入れ替わってるの、気付いてる?」
「ん? ……あっ、言われてみればっス!」
「たぶん、田村さんはスパイクカットが得意なんだと思う」
「佐々木殿の速攻を拾ってたっスもんね! 得意なことがポジションと合ってないなら、ポジションを変えちゃえばいい!」
「そういうこと。ローテを細かく見てくと、その選手やチームがどういうタイプなのかわかるんだよ」
「ちょー勉強になるっス!」
「また、気付いたことがあったら言うね。北山さんも、気になったことがあったら聞いて」
「あざっス!」
さて、試合のほうは、変わらず明晞のサーブ。
「っさああ来おおおい!!」
玉緒第二で一番大きな声を出すのは、紅一点の『緋の和』こと、緋上真直さん。
中学の時にも聞いたその声は、相変わらず、体育館によく響いた。




