113(透) 霞ヶ丘女子
「だいじょーぶー、とーるう?」
「うぅ……ありがと、実花。あとで払うね……」
体育館のロビーにあった自販機で、実花がスポーツドリンクを買ってきてくれた。それを受け取って飲む。もう噛んだところには沁みなかった。気分が落ち着いてくる。
体育館の軒下に腰掛けて、空を見上げる。まだ日が高い位置にあって、一面、薄い水色。試合の密度が濃いから、もう日が沈むくらい時間が経ってたんじゃないかと思ったけれど、全然そんなことない。
「館商のいーちー先輩とは、中学時代に何かあったの?」
「何かあった……わけではないの。あ、その、いちいさんのいた館三とは大会のたびに試合したり、県選抜でお世話になったりしたんだけど……そういうことじゃなくて。たぶん、私がおどおどしてるのが、気に入らないんだと思う……」
「性格の不一致?」
「……うん。でも……だって、いちいさん、恐いんだもん」
「なるほどー」
そう言って、実花は私の頭をさわさわと撫でてくれる。いつか三園さんがしてくれたときと比べると、実花のそれは控え目だ。
「落ち着いたなら、みんなのとこ戻る? とーるう、有名人だから、あんまり出入口に長くいないほうがいいと思うけど」
「うん。そうする。偵察……しなきゃね」
「偵察もいいけど、とーるうの場合、まず恐がりを直すところからだねっ!」
ちょんっ、と実花はピースで私の横腹を突いた。
「ちょ、実花っ! く、くすぐったいから!」
「ぶいっ! ぶいっ!」
「ひょ、ひにゃん!?」
なんてじゃれ合っていた、そのとき。
「おー? そちら落中の黒い藤島さんではー?」
ほにゃっ、とした眠そうな声に呼ばれて、振り返る。
「えっ……わっ! と、燈子さん!?」
そこにいたのは、望月燈子さん。館三でミドルブロッカーをしていた一つ上の先輩だ。着ている服は、ジャージやユニフォームではなく、どこかの制服。
「おー覚えててくれたかー」
燈子さんは欠伸するようにほわあっと微笑む。いちいさん同様、大会のたびに対戦していた人なので、忘れるわけがない(というかついさっきまで妹の炯子さんがプレーしているところを見ていたし)。
それから……後ろにいる、同じ高校の制服を着た人たちのことも、同じくらい忘れられるわけがない人たちというか、普通に知り合いだった。
「よっす、透! お、なんか元気ないね? どうした? ってかなんで制服なの?」
爽やかに笑って片手を挙げたのは、元同級生――落中で私の対角を務めていたウイングスパイカー、多摩川勝美。
さらに、
「出たな黒い鉄鎚ォ!」「ここで会ったが百年目ェ!」「中学の借りは高校でペイバァーック!」「え、つかァお前どこ高行ったの?」
左右から矢継ぎ早に捲し立てる、声も顔立ちもそっくりな二人組。音々のお友達で、双子のウイングスパイカー――霞ヶ丘中の〝双翼〟さん。
「……わたしも気になるんだけど……」
ぼそっ、と小声の呟きは、望月さんや勝美や〝双翼〟さんの影から聞こえてきた。姿は見えないけど、誰かはわかる。館三のリベロ――〝働き者の奥方様〟さんだ。
あと、もう一人、たぶん一年生っぽい感じの人がいる。北地区でバレーをしていた人かもしれないけれど、あいにく覚えがない。ただ、あっちは私を知ってるみたいで、ちょこんと会釈された。
そんな、同世代を中心とした、揃いの制服の六人組。
「透は城上女子だよねっ!」
勝美が先に言う。丘中の双子さんが揃って眉をひそめた。
「城上女子ィ?」「なんでまたァ?」「館商とかァ!」「強豪じゃねえのよォ!」
「あ、あの、私、その」
「館商は藤島透には無理……いちい君先輩がいるから」
「あー、そーだよー、いちい君だよいちい君ー。ねー、黒い藤島さんー、炯は今どーしてるー?」
「あっ、そ、そうです! 今、試合中ですよっ!」
「おー、そーかー、ありがとー」
ふらふらっ、と燈子さんは私の横をすり抜けて体育館に入っていく。けど、勝美たちは残ったままだ。
「あっ、ごめん、透。何か言お」
「「ああああああァ!?」」
「……おい、急に叫ぶな双子……」
「城上ィ!?」「城上って城上女かァ!?」「城上女だなァ!?」「城上女だろォ!?」
似た顔の二人が同時に迫ってきて、私の前に立つ。そして、二人は声を揃えて訊いた。
「「音々はどうしてる!?」」
「うえっ? え、えっと、仲良くやらせてもらってます……」
私がそう返すと、双子さんは二人して目を丸くした。何か変なこと言っちゃったかな、と思っていると、勝美に声をかけられる。
「音々って、〝白刃〟だっけ?」
「う、うん、そうだよ」
「あっ、じゃあ、ちょうどうちと逆さまというか、落中と丘中のトレードって感じですね。これで恷ちゃんのお友達が城上女だったら面白いけど」
「……館三から城上女に行った人はいないはず。あとはまあ三園ひかり……は、どうせ玉緒第二……」
「み、三園さん、城上女、です」
「……なんだと? おい、それは本当か……?」
「えっ、は、はい! 本当です!」
「そいつは……いいことを聞いた。城上女……確実に潰す……」
目が据わってる! ど、どうしよう! 黙ってればよかったのに……私のばか!
「それで、そちらの方もバレー部の……?」
名前のわからない人が、実花に声をかける。傍観していた実花は、にこっと人懐っこく笑って、Vサインで応じた。
「いかにも! 城上女子バレーボール部一年、宇奈月実花です! よろしくお願いします! そういう皆さんは?」
実花の問いに、霞ヶ丘の双子さんは顔を見合わせて(二人はいつの間にか元の調子に戻っていた)、息の合った台詞を返す。
「おいおい嬢ちゃんよォ!」「一年でうちらを知らねえたァ!」「地区外出身かァ!?」「初心者かァ!?」
双子さんは、びしっ、と左右対称のポーズを決めて、名乗りを上げる。
「最終成績北地区二位――霞ヶ丘中の〝双翼〟こと、左担当・久々原古夏ゥ!」
「同じく、右担当・久々原千冬ゥ! ちなみに二卵性なんでェ! 以後よろしくゥ!!」
あっ、二卵性だったんだ。双子で利き腕違うって珍しいって思ってたんだよね。
「どーもっ、初めまして! あたしは多摩川勝美! 最終成績北地区一位の落山中学出身で、そこの透の対角やらせてもらってた者です!」
勝美はにぱっと明るく笑ってみせる。ついこの間までは一緒の学校に通ってたはずなのに、なんだかひどく懐かしい。
「桜木恷……最終成績北地区三位――石館第三中学出身。誰から何を聞いているか知らないけれど……わたしが現一年の北地区ナンバー1レシーバーだ。繰り返す……わたしがナンバー1だ」
そこはどうしても譲れないらしい。でも、確かに、桜木さんと三園さんでは、実績を比較すると圧倒的に桜木さんのほうが上なのだ。館三は県大会の常連だが、三園さんは、とうとう最後まで地区代表の枠に入れなかった(ちなみに最後の夏に玉中を敗退させたのは落中)。
「あ、えっと、佐原由利乃です。最終成績は……その、二回戦負けで……あ、左利きですっ」
六人目は、佐原さん、というらしい。左利き……やっぱり思い出せない。でも北地区の人みたいだ。
「ご丁寧にありがとうございます!」
ぺっこり頭を下げる実花。久々原さんたちは満足そうだった。
「えっと……みんなが、じゃあ、霞ヶ丘女子バレー部ということで?」
私は勝美に確認する。勝美の進学先は、丘女で合っていたはず。
「そゆことっ! 上級生が二人しかいなくって、今回はエントリーが間に合わなかったんだよね。そういう城上女はどうなの?」
「あっ、うちも同じような感じ。だから、出るのは次から」
私が言うと、勝美と久々原さんたちと佐原さんは爽やかに、桜木さんだけは陰鬱に笑った。
「じゃあ、決勝で会おうな!」
「「お前と音々と玉中の紅一点なら余裕だろォ!」」
「……一回戦で消してやる……」
「お、お手柔らかによろしくお願いしますっ!」
「あわ、えっと、こちらこそ」
「お願いしまーすっ!」
そのとき、ぴこんっ、と実花の携帯が鳴った。
「おっ、とーるう! 準決勝終わっちゃったって! 決勝は三十分後――それまでに、これまでのおさらいするから戻ってこいだって」
「あっ、もうそんなに経ってた……? う、うん」
先に入口へ向かう実花のあとに、私もついていく。途中、勝美たちのほうを振り返って、軽く手を振る。
「そっちも頑張って! 私が言うのもなんだけど、高い人いっぱいだよね! うちも負けてられないなぁ――あ、練習試合とか、できたらいいな! あ、あと、燈子さんにもよろしく! じゃあねー!」
ぱたぱたっ、と私は実花を追って体育館の中へと戻っていった。
登場人物の平均身長:164.3cm




