112(音々) 千紫万紅《Kaleido Scope》
ブロック大会北地区予選。
Bコート準決勝――玉緒第二VS修英学園。
第一セットの中盤まで、修英優位のまま進んだ試合だったが、タイムアウトを挟んでから目に見えて玉緒第二の動きが良くなった。
そこから玉緒第二は、「粘り勝つ」とはこういうことだと言わんばかりの、堅い守りを見せた。
高さは修英のほうに分がある。だから、ブロックでシャットする場面はほとんどなかった。その代わり、ノーマークで打たせることも決してない。必ず一枚半以上の壁を作る(特に館二出身の長谷川香弥先輩の動きが良かった)。
そして、先代の紅一点を中心に、ワンタッチボールを繋いで、繋いで、繋ぎまくる。
思い返せば、一つ上の代の玉中は、ああいう守りを得意としていた。初めからシャットをするつもりがないから、コミットで跳んでくることもなく、なかなかブロッカーが散ってくれない。
そして、ワンタッチボールを、かなり深めに守っているあの紅一点が、チャンスボールにするのだ。
なら、前に落とせばいいんじゃないか、と思ってやってみる。が、これも簡単には決まらない。上から見ていてわかったのだが、あの〝最終防衛線〟が逐一指示を出しているようだ。
バレーは、ボールを床に落とさなければ、勝てる。
それはその通りなのだな、というのが、玉緒第二VS修英学園を見た感想だった。
「……終わってみれば、圧勝だったわね」
第一セット、25―21。
第二セット、25―15。
正直、ここまでの差がつくとは思っていなかった。修英の攻撃力は、今日見たチームの中では一番高かったはずだ。対して、玉緒第二には、170を超えるアタッカーがいない。エースのウイングスパイカーがかなり跳ぶ、くらいのものだ。
それでも、本調子を取り戻した第二セットは10点差。『玉緒第二の守備力を上回る』という二位と三・四位の壁は、なかなか越え難いものらしい。
透なら軽く飛び越えていきそうだが、果たして、あたしはどうか。むむむ……。
「圧勝と言えば、Aコートも随分とテンポよく試合が進んでいますね」
あたしの半分独り言みたいな呟きに、ひかりが相槌を打つ。
そう、玉緒第二VS修英学園の二セット目の途中から、もう一方の準決勝も始まっていた。
北地区一位――石館商業と、先ほど落山北を破って県大会出場を決めた、石館第二の試合。
石館商業は、序盤で少しもたついた玉緒第二とは逆に、出だしから着々とリードを広げていった(あるいは、あの状態でも、石館商業的には『少しもたついている』レベルなのかもしれない)。
歴然とした、力の差。
同じ霞ヶ丘中出身の深山寧子先輩や相川千波先輩には頑張ってほしいが、やはり館商の高さが圧倒的だ。
石館第二で一番高いのは、なんといっても、今回は一セット目からスタメン出場の望月炯子で、173。これはいい。次いで、寧子先輩の169。あとは室井冴利先輩というキャプテンが、167。あとは全員160前後。
一方の石館商業は、180近くある藤本いちいを除いても、あの宝円寺瑠璃という先輩を含め、170以上が三人。
寧子先輩たちの次の代の霞ヶ丘で最高だった168の佐々木郁恵先輩が、スタメンの中で下から数えたほうが早いという恐るべき事実。
セッターも、静先輩ほどではないが、上背がある。音成の獅子塚先輩や南五の逢坂先輩と同じくらい――160半ば。
リベロさえ、158。ひかり曰く、玉中出身で、当時はライトのウイングスパイカー。館商でなければスタメン出場できる選手だろう。
北地区一位――この間の南五和と同じ、県ベスト8のチーム。
玉緒第二以外には流して勝てる、という試合前の宝円寺先輩の言葉が蘇る。そう豪語するだけのチームだ。あの玉緒第二の人たちが言っていた『意識されているだけで十分』というのは、たぶん謙遜ではない(むしろ、170台が一人もいない玉緒第二が、平均身長170以上の館商に『意識されている』というのは、それはそれですごいことのように思う)。
石館商業VS石館第二。
現在、スコアは、14―8。
館商の連続得点に耐え切れなくなって、石館第二はタイムアウトを取った。しかし、流れを切る、みたいな効果はあまり期待できない。あの藤本いちいによる連続得点なのだから、この点差はそのまま実力差なのだ。
秘密兵器の望月炯子が後衛に下がっている今、策を講じることができなければ、石館第二の逆転は難しいだろう。
「どう、みんな、北地区一位は?」
胡桃先輩が、主に一年生に問う。
「強いですね」(あたし)
「強いですね」(ひかり)
「強いですね」(透)
揃って同じ感想。あたしたち北地区出身者にとっては、朧げながら、あるいははっきりと記憶にある『強かった上級生』が勢揃いしているチームだけに、それ以外の言葉が出てこない。
「実花は、どう思う?」
「エースの存在感が圧倒的ですね。まりちか先輩のいる音成女子より、のんのん先輩のいる南五和より、なんというか、尖ってます」
「とんがってる――なるほど……」
くっくっ、と声を押し殺して笑う胡桃先輩。何がツボだったのかは、あたしにはよくわからない。
「その、エースって、やっぱりあの金髪の――藤本いちい殿っスよね?」
梨衣菜が言うと、胡桃先輩が聞き返す。
「そうだけど、どうかしたの?」
「んー、どうしたというか、なんか自分の思ってた感じと違うっス」
「エースらしくない、ってこと?」
「そ――あ、いや! あくまで自分のイメージとは、違うな、という……」
タイムアウトが明ける。試合が再開し、館商のサーブから。
石館第二はきっちりサーブカットを返し、コンビを使う。しかし、館商の高さに捕まって決定打にならない。リベロが拾ってチャンスボール。郁恵先輩が速攻に入れるタイミングだが、セッターは迷いなく藤本いちいに平行を上げた。それを、
とんっ、
とブロッカーの真横にフェイントを落とす。石館第二のメンバーは反応しているが、誰一人手が出せず、ボールは落ちる。
15―8。
それを見た梨衣菜は、悶絶。
「ぬあああ……っ! なんか、こう――もやっとするっス! 透殿やマリチカ殿や生天目殿みたいに、ぐわんっ、ばちーん! って打てばいいのにっ! ふにゃっ、ぺしゃっ、ぽちょんっ、ってのばっかりじゃないっスかー!」
梨衣菜は拳を振って力説する。横で由紀恵先輩も腕組みして頷いている。
「とのことだけど、そこのとこどうなの、透?」
「えっ、わ、私ですか!?」
胡桃先輩に振られた透は、あー、とか、うー、とか言って、最後に、
「す、すいません! 静さん、お願いします!」
「えっ、わ、私?」
不意にパスされた静先輩。透とほぼ同じ反応だけれど、静先輩のほうはすんなり話し始めた。
「えっと……いつだか、ちらっと言った気がするんだけど、藤本さんは、藤島さんや生天目さんとは、アタッカーのタイプが違うんだよ。強打じゃなくて、フェイントやプッシュ、コース打ちで相手の守備の穴を突く――そういうのが得意なんだ、藤本さんは」
「うむむむ……」
「そういう意味では、明晞や尾崎さん――藤本さん以外のウイングスパイカーね――のほうが、北山さんのいうエースのイメージに近いかもしれない」
「え、えっと……正直、そうっス。やっぱり、力いっぱい打って決まるほうが、見てて気持ちいいっスから」
「うん……言いたいことは、わかるよ。でもね、スパイクの打数も決定本数も――時には決定率さえ――館商では藤本さんが断トツなんだ。だから、館商のエースは、藤本さん以外にいない」
穏やかな静先輩には珍しい、揺るぎない語り口。梨衣菜は目を丸くして、透はこくこくと頷いている。
「強打だけが得点を取る方法じゃない……って言えばいいのかな。たぶん、北山さんの目には、藤本さんが『本気』で打ってないように見えてると思うんだけど――」
「それは、その……だって、藤本殿は、サーブの時はもっと跳んでるし強く打ってるじゃないっスか!」
「うん。そうなんだけど……あれは、別に手を抜いているわけじゃなくてね。レシーバーの陣形、ブロッカーの枚数と位置、相手の思惑や作戦――そういう諸々を見極めるために、藤本さんは、敢えて踏み切りや腕の振りを小さく抑えているんだ」
「『敢えて』……っスか?」
「そう。本気で打つことと、本気で決めることは、似てるけど違う。藤本さんはいつだって本気で決めるつもりで打ってて、実際に決めてる。
いや、まあ、実は小・中学生の時の彼女は、確かに手抜きすることも多かったんだけどね。でも、あの頃の藤本さんを知ってるからかな。今の彼女を見てると……真剣にバレーをやってるなってことがよくわかるんだ」
懐かしそうに目を細めて(静先輩は元々目が細いけれど)コートを見つめる静先輩。その先では、一つ回ったローテで、また藤本いちいが決めていた。今度は、修英の〝皮剥ペティ〟がやっていたような、ワンタッチアウト狙いのふかすスパイク。
「ああいうことも、藤本さんはお手の物。彼女の引き出しの多さは県内でも指折り――まあだからこそ県選抜だったわけで――おおよそレフトのウイングスパイカーとして身につけるべきあらゆる技術を、藤本さんは有してる」
梨衣菜は、口を開けたまま黙って聞いている。静先輩は続ける。
「サーブを見ればわかる通り、彼女は高いし、跳べるし、強く打てる。だからこそ、それに『頼らない』。今の二年生で最も優れたレフト・ウイングスパイカー――変幻自在の〝千紫万紅〟。藤本さんは、そういう〝強さ〟を持ったエースなんだ」
「な……なるほどっス」
梨衣菜がごくりと唾を飲んだ、その直後。
――ばぢんっ!!
と、どこの透か万智先輩だというような破裂音が、体育館中に響き渡った。
目を離していたのではっきりとは言えないが、たぶん、藤本いちいがダイレクトスパイクを打った音だ。
「……えっと、ほら、彼女はああいうのも『打てる』んだよ」
「……よくわかったっス」
そのとき、スパイクを決めた藤本いちいが、前髪を搔き上げながら、ぎろり、とこちらを見上げた。
「うえっ!? やば、自分の声、あっちに聞こえてたっスか!?」
「いや、そうじゃない……というか、私や北山さんを見たわけじゃないと思うよ」
静先輩は後ろを振り返る。透が涙目になってカーテンの引かれた窓際まで後退していた。
「わ……私、おおおお手洗い行ってきますっ!」
脱兎の如く走り出す透。追ったほうがいいか――と思ったら、実花が「じゃあ私もお花をば!」と一足先に駆け出していた。その際、実花はあたしたちに、携帯を持った手で器用にVサインを見せる。何かあったら連絡して、ということだろう。
「透ちゃん、大丈夫かなぁ……?」
「館商戦が、今から不安でならない」
不吉なことを呟く胡桃先輩。あたしも同意見だ。
どうにも……コートの中では頼もしいんだけどね、うちの藤島透は。
<バレーボール基礎知識>
・アタック(スパイク)の打数、決定本数、決定率
打数:アタック(スパイク)を打った数。
決定本数:アタック(スパイク)を決めた数。
決定率:決定本数÷打数×100(%)。
チーム同士の力が拮抗している場合、アタック決定率が50%(二本中一本決める)を越えてくる選手は相当強いと思います。
力の差があったりするときは80%以上(無双状態。体感的には『打てば決まる』レベル)まで達することもあります。
ただし、アタック決定率が高い=エース、とは必ずしもなりません。エースと呼ばれるアタッカーは、二段トスを打つことも多く、またブロッカーのマークもキツいからです。多くの場合、打数または決定本数の値が大きい≒エース、という感じだと思います。
逆に、速攻を主に打つミドルブロッカーなどは、基本的にレシーブがきっちり上がった(コンビが使える)場合にのみトスが来るので、決定率は高くなりやすいです。
また、アタック効果率なるものもあります。
効果率:(決定本数-被ブロック数-ミス数)÷打数×100(%)。
決定本数(アタックを打って得点した本数)から、ブロックでシャットされた数とミスした本数(アタックを打って失点した本数)を引いて、打数で割ります。
同じ決定率のアタッカーでも、効果率の高いほうは、低いほうより『繋いでいる』アタッカーだ、ということになります。
ここにアタック決定率33%のアタッカーがいたとします。三本中一本決めているので、かなり決定力のあるアタッカーです。しかし、もし極端にミスが多いアタッカーだった場合、得点を失点が上回って、効果率がマイナスになることもありえます。どんなに決定力があっても、それではチームが負けてしまいます。
アタック効果率が高い選手ほど、よりチームの勝利に貢献しているアタッカーだと言えるでしょう(もちろん、これもケースバイケースです)。




