111(千愛) あの人
これといってミスらしいミスはしていないけれど、なんとなく流れが掴めずに、ずるずる引き離されて、現在スコアは、7―12。
さすがにタイムアウトだった。
「気が入ってないぞ。ちゃんと集中しろ、真直」
集合するなりそう言ったのは、キャプテンの最上瑶子先輩。どうやら瑶子先輩主導のタイムアウトだったらしい。こういうとき、寺尾監督はあまり口出しをしてこない。今のところは、私たちだけでどうにかできる、と判断しているのだろう。
「うー……面目ないです、ほんと」
名指しでダメ出しを受けて、真直は顔を覆う。瑶子先輩は、背格好や雰囲気があの人に似ているので、お叱りを受けるのは堪えるのだろう。私はフォローを入れる。
「すいません、瑶子先輩。真直ってば、後輩が来てるからって、いいカッコしようとしてるんですよ」
「あの城上の連中のことか?」
間髪入れずに問い返す瑶子先輩。『あの』という指示語を使いつつも、そちらには視線を向けなかった。なんとなく、瑶子先輩もあの中に後輩がいるのだと感じ取って、感じ取った直後に、瑶子先輩が落中出身だったことを思い出す。
ひかりの後ろにいたあの大きな子――〝黒い鉄鎚〟のいた、落山中学。
「後輩が見ている前なら、なおさら気を引き締めろ」
突き放すように(たぶん本人に他意はない)正論を吐く瑶子先輩。真直は胸に手を当てて、深呼吸を繰り返す。
「うー、すいません。やっぱり、そう思えば思うほど、緊張してしまって」
そのらしくない弱々しい姿に、瑶子先輩は僅かに首を傾げ、私に小声で問う。
「……千愛、その来ている後輩というのは誰だ?」
「私たちが引退した後の、紅一点です」
「真直の後釜か。上手いのか?」
そこで、私より先に真直が応える。
「ひかちゃんは……私の知る玉中出身者の中では、『二番目』に上手なレシーバーです」
瑶子先輩は、表情を変えずに、目だけを細める。
「……それはつまり、お前や日下部よりも上だということか?」
「はい。そりゃもう、お姉さん譲りの怪物ですから、あの子は」
ざわっ、と傍観に徹していた周りのメンバーも、色めき立つ。
私たち玉中出身者――ひいては当該世代の北地区出身者が、『あの人』を引き合いに出されて、平静でいられるわけがない。
さしもの瑶子先輩も、たっぷり間を置いてから、聞き返した。
「…………その、姉譲りというのは」
「はい。ひかちゃんのフルネームは、三園ひかり。あの人の……実の妹です」
「……驚いたな」
「とか言って、瑶子さん、本当に顔に出ないですよね」
くすっ、と真直は苦笑する。口に出したらすっきりしたって顔だ。瑶子先輩はじっと真直を見つめたまま、しばし考え、そして短く言った。
「行けるか?」
「はいっ! カッコいいとこ見せつけます!」
「調子に乗るな」
ぴしゃりと断じて、瑶子先輩は他のメンバーに目を向ける。締めに入るのだろう――と思っていたら、半端に口を開けたまま動かなくなった。
その視線は、体育館の入口のほうを向いている。私たちもみんなそちらを見た。お馴染みの深紫軍団――石館商業だった。
ぴりっ、と、試合とは別種の緊張がメンバー内に走る。
「もたついてる場合じゃないですよね……!」
そんなことを言ったのは、センターの長谷川香弥。私と同じ二年で、出身は石館二中。館二・館三が中心の石館商業――特に同学年・同中出身・同ポジションの宝円寺瑠璃さん――には色々と思うところがあるのだ。
「香弥の言う通り。だが、意識はあくまで目の前の敵に向けろ。館商はそのあとだ。いいな?」
「「はーいっ!」」
ここで「はいッ!」と畏まらないのが玉緒第二――というか、玉中っぽい。瑶子先輩に言わせると「闘争心が感じられない」返事。もちろん、みんな全力でプレーするし、勝ちたくないわけではない。
ただ、「試合をする」「相手に勝つ」という経験が、他と少しズレているだけ。
曰く、「彼女と小学校から一緒にプレーしてきた」私たちが「そうなるのも無理はない」。
ともあれ、タイムアウトが終わり、私たちはコートへ戻る。
一番に駆け出したのは真直。定位置に立つと、大きく手を広げて叫んだ。
「ばぁあーっちこぉーい!」
うん。ようやく、らしくなってきたみたい。
これで……もう防衛線への憂いはない。
私は、ふうっ、と息を吐いて、敵を見据えた。
登場人物の平均身長:164.4cm




