106(寧子) 秘密兵器
三年前――中学の北地区代表は、玉中、館二、館三、そして私たち霞ヶ丘が鉄板だった。
この力関係は、小学生のときには既に出来上がっていた。
小学校時代の、『たまのを』、『きたかぜ』、『たいよう』、『かすみ』の力関係そのまま。
玉中はもう言うまでもない。
館二は攻撃・守備ともにバランスがよかった。何よりセッターが上手過ぎた。
館三も強かったが、怪物・藤本いちいや、長身センターの望月燈子が二年生だったこともあって、私たちの代では館二に一歩及ばずといった感じだった。
そして、霞ヶ丘。私たちだ。館二と同じでバランスよく戦力が揃っていた。三年生中心で、主力は小学校から一緒にやってきた仲間。玉緒の彼女や、館二のセッター、それに館三の藤本いちいのように、突出した選手がいなかった分、上位三校には置いていかれていたが、下位の高校には逆に差を開けていた。
不動の四位、と言ってもあまり格好はつかないが、それが私たちの地位だった。
最後の夏も、特に波乱はない、と思っていた。
それどころか、あの長身三人組が中学に上がってきて、将来への期待が膨らんでいた。
あの三人なら、早くて次の新人戦、遅くとも彼女たちが二年生になる頃には、頭角を現すに違いない。
藤本いちいや望月燈子が卒業したあとは、北地区の覇権は私たち霞ヶ丘に移るだろう、というのは容易に予想できた。
順風満帆だ。後輩たちには期待しかない。あとは、私たち三年生自身が、悔いのないプレーをすれば――。
そうして迎えた最後の夏。
総体北地区予選、初日トーナメント、三回戦。
私たちは落山中学と当たった。
小学校時代は『ききょう』と呼んでいたチーム。経験者が揃っているので強いは強い。キャプテンを中心によくまとまっているチーム。惜しむらくは、今の三年に長身選手がいないこと。その差が、地区代表とそれ以外――つまり私たちと落山を分けている境界線だった。
だが、その最後の夏だけは、違った。
境界線を踏み破る存在がいたのだ。
見たことのない子だった。『ききょう』にはいなかった。恐らく、四月からバレーを始めたばかりの子。
その体格は圧倒的だった。中一の段階で既に、彼女は北地区の大半の選手より高かった。当時の霞ヶ丘で一番高かった私とそう変わらない身長。さらに、抜群のバネと、半端ではないパワー。
公式練習を見ただけで、ただ者ではないとわかった。
そして、試合が始まる。背番号確認でスターティングメンバーに彼女がいないとわかったときには、ほっとした。私たち霞ヶ丘は、落中を相手に、一セット目を取った。
会場がざわついたのは、二セット目。
スターティングメンバー――レフト対角に、彼女は立っていた。
言いようのない焦りが、私たち霞ヶ丘中のコートに充満する。
そうして二セット目が始まった。彼女は、やはりと言うべきか、動きからして経験者ではなかった。
けれど、それは安心材料にはならなかった。
経験者ではないのにも関わらず、彼女は、後衛で人並みのプレーを見せたのだ。
戸惑いつつも、サーブは普通に入る。
ローテーションに慣れていないけれど、サーブカットはしっかり前に返す。
ぎこちないフォームだけれど、基本のパスでイージーミスをするほどじゃない。
やがて彼女が前衛に上がってくる。最初のトスは、レフトのセミオープンだった。
――だんっ!!
巨大な鉄鎚のように、真下に振り下ろされる右腕。
叩き付けられたそのスパイクに、反応できる者などいなかった。
一撃で黙らせる、とはこういうことを言うのだ、と頭より先に身体が理解する。
そうして彼女は、何もかもを持っていった。
得点も、流れも、結果も。
私たちは負けた。
落中の快進撃は止まらなかった。
終わってみれば、落中は地区三位。館三を下し、玉中と館二に、確かな爪痕を残した。
続く県大会でも、あの怪物は一回戦の壁を越えていったと聞く。
私たちの、もう少しだけ続くはずだった夏を、たった一人で奪っていった一年生。
逆立ちしたって敵いやしない――巨大な〝黒い鉄鎚〟。
彼女のことを思い出すのは、今が、あの夏に、少し似ているからだ。
県大会出場をかけた一戦。
ネットの向こうにはお馴染みの『ききょう』メンバーがちらほら。
ただし、秘密兵器を出したのは、私たちのほうだけれど。
「どうしたの、ねーこ? ぼーっとして」
後衛に下がり、サーブを打ち終えてリベロの有沢彩世と交替した私は、アップゾーンで灰原恭子に話し掛けられた。恭子は小学校時代からのバレー仲間で、年は一つ下。タメ口なのは小学校の頃からの名残――というわけではなく、彼女はある程度仲良くなった相手には誰にでもそうなのだ。
私は「大したことじゃない」と首を振って軽く笑ってみせる。
「ちょっと、中三の落中戦を思い出してたのよ」
「あぁ……あの試合ね」
「私的には、できれば炯子に頼らず借りを返したかったけど」
「そりゃ手段選んでるような余裕ないからねー」
とぼけたようにそう言って私たちの会話に入ってきたのは、この三セット目でスターティングメンバーから外された館四出身の服部仁美。
「仁美は、悔しくないの?」
「んー。そういうのより、足枷になりたくないって気持ちが強いかな」
どういうこと? と私は首を傾げる。
「いつでも、どこにでもね、ああいう子はいるんだよ」
仁美は、ちらっ、とギャラリーを見上げる。試合が始まる前に気付いてから、私もずっと気になっていた制服の一団(制服に見覚えがある。確か紀子先輩のいた城上女子だ)。
「こう……なんていうかな、ひょいって向こう側に行っちゃうようなの」
〝黒い鉄鎚〟のこと……ではないだろう。私がそうであるように、仁美もあの中に知った顔を見つけているのかもしれない。
「そういうのには、なるべく自由にやってほしいんだ。周囲の嫉妬や羨望、あるいは希望や期待にも、なーんにも縛られないでさ」
そう言った仁美は、偽悪的に口の端を吊り上げて、私をじとりと見つめる。
「つか、炯子と張り合うより、あんたとレギュラー争いしたほうが楽そうなんだよねー」
仁美の宣戦布告を、私は鼻で笑う。
「否定はしないわ」
相対比較をするならば、炯子は、確かに高さもセンスも私より上だ。体力面(彼女はつい一ヶ月前まで中学生だったのだ)や高校のネットとボールへの慣れの分だけ、今はまだどうにか先輩の面目を保っているけれど、それも時間の問題。
「でも、だからって仁美と私の差が詰まるわけじゃないわよね?」
「なんとそこに気付くとは」
私と仁美は、くすくす、と笑みを交わし合う。
コートに目を向ければ、ローテがあと一つで私の出番というところまで回っている。
「ねーこ、ふぁいと」
「あたしの分までいってらっしゃい。止めをさすのだ」
「言われなくても!」
ぱちん、と私は恭子と仁美の手を叩く。そして、アップゾーンを出て、監督の元を経由して、リベロリプレイスメントゾーンへ。
スコア、7―9。
リードはしているが、それは炯子投入の分。落山北の気迫は弱まるどころか強まっている。チーム力が拮抗しているのは、一、二セット目の結果から明らか。
油断禁物――気を引き締めていきましょう。
<バレーボール基礎知識>
・リベロ・リプレイスメント・ゾーン
リベロと(が)交替する場所を、そう言います。直訳は「リベロ交替場」。
具体的には、バックゾーン(アタックラインよりも後ろ)のサイドラインの外です(当然ベンチのある側のサイドラインです)。
フロントゾーン(アタックラインよりも前)のサイドラインの外は、普通のメンバーチェンジのときに使用します。




