105-2(ひかり) 第三セット
修英学園の快勝に終わった、Bコート準々決勝。
試合が終わると、敗れた玉緒第一はコートを去っていきました。
修英は連戦になるので、そのままコートに残り、一時的な休憩。
そして、玉緒第一と入れ替わりに、北地区二位――玉緒第二が姿を見せます。
「玉緒第二は相変わらず……赤いな」
「血のように、ね」
独り言のように呟く市川先輩と、比喩を添える立沢先輩。私もその通りだと思います。
襟元から袖口、ハーフパンツに至るまで完全なる単色の赤。ラインや柄はありません。色が赤でない部分は全体の数パーセント。番号と学校名だけが、白で刻まれています。
「〝廻る血球〟って言うんだよね、あれ」
「そう。準決勝は赤がメインの赤血球バージョン。『緋の和』は決勝に取っておいてるんだね」
「『緋の和』?」
「緋上真直がリベロで出るようになった去年から、彼女が『紅一点』になる白メインのバージョンを、そう呼んでる」
「なるほど……」
その緋上先輩はというと、周りに赤が蠢くなかで、一人だけ白のユニフォームを着ています。赤ユニフォームの完全な反転で、番号と学校名が赤である以外は、全身真っ白です。
赤の中に白一点。これが(準決勝に勝てば)次の試合では配色が逆になるわけです。他の十一人は白、リベロである緋上先輩だけが、赤。
「玉緒第二のチームカラーは、チームジャージがそうであるように、赤。普通は一番大事な試合――この北地区予選で言えば決勝――を赤メインにする。でも、今の代では、緋上真直に敬意を表して『紅一点』合わせにしているらしい。ソースは玉緒第二バレー部の『たまーにブログ』」
「胡桃はよく調べるねほんと……」
「ネットの力は偉大。あ、ネットと言えば、静」
「なに?」
「さっき宝円寺さんの『つぶやき』アカを特定して、過去つぶを遡ってみたんだけど、毎週土日に館商に出没する『トスの超うまい』『しず姉』に心当たりは?」
「ネットの力は偉大!」
そのとき、おおおおっ、と隣のAコートから大きなどよめきが起きます。
行われている試合は、残り一つの北地区代表枠をかけた、最後の準々決勝。
対戦カードは、落山北VS石館第二です。
そちらを見ていた藤島さんや霧咲さんに何があったのかを聞くと、試合が三セット目にもつれ込んだとのことでした。
「どっちが優勢ですか?」
「あたしには互角に見えるわ。一セット目はデュース、二セット目も25―23の接戦」
「三セット目も長くなりそう」
立沢先輩の話では、落山北は藤島さんの先輩である矢吹奈央先輩、浅野悦子先輩、真木志乃布先輩が、それぞれキャプテン、セッター、リベロとしてチームを支え、
攻撃面は、館三で藤本いちい先輩の代に裏エースを務めた、二年生の小椋燿先輩を筆頭に、
市川先輩と同期のセンターである三年の舞鶴ちゆ先輩、
私の一つ上の代に藤島さんのレフト対角に入っていた落中出身の二年生――片山忍先輩、
そして、私の二つ上の代から岩村先輩と共に試合に出ていたという館一出身のセンター、朝霧貴理子先輩と続く、バランスのいい布陣とのこと。
「石館第二には、どんな方がいらっしゃるんですか? キャプテンが市川先輩のお知り合いだというのは伺いましたが……」
レフトの室井冴利先輩――市川先輩の同期で、当時は館二のエース対角をされていたという方。高さは160台後半で、並んで立つと、市川先輩、落山北の舞鶴先輩、室井先輩、となるそうです。
「あたしの二つ上の先輩が二人出てる。2番の人と、6番の人。センターの深山寧子先輩と、ライトの相川千波先輩。あと、セッターの5番は、確か館三の二年生だったと思う。名前は知らないけど」
と霧咲さん。
「一つ下の館三のセッターなら、たぶん林さんかな。林純子さん」
補足は市川先輩です。
「12番のリベロの人は私の先輩だよぉ。有沢彩世さん」
と岩村先輩。
「3番と4番の人は、私の友達だねー。館四のバレー部にいた、レフトの國崎時子と、センターの服部仁美」
と油町先輩。
「お聞きした限りだと、三年生が中心のようですね」
「そうなんだけど……でも、気になるのがいるのよね」
そう言った霧咲さんが、くっ、と眼鏡を押し上げます。
「あのベンチの大きな人っスよね?」
合いの手を入れる北山さん。霧咲さんは頷きます。見てみると、明らかに170を越えている方がベンチに控えています。背番号は7。その容貌には、私も見覚えがあります。
「あの方は……館三でセンターをされていた方ですか?」
「そうだったと思う。透も覚えあるでしょ?」
「う、うん。望月炯子さん、だよ」
そのお名前に、ピンと来たのは市川先輩と立沢先輩。
「そっか、望月さんの妹さんか。大きくなったなぁ」
「望月炯子――ってことは、館三の〝燈炯燿煌〟の『炯』ね?」
「胡桃さん、本当によく調べてますね……」
藤島さんが感嘆の溜息を漏らします。それを見ていると、私の視線に気付いた藤島さんが付け加えます。
「〝燈炯燿煌〟――いちいさんの代の石館三中で、いちいさん以外のアタッカーのことを、そう呼ぶの。背の高い順に、二年生の望月燈子さん、その妹で一年の炯子さん、今は落山北にいる小椋燿さん、あと、ライトでキャプテンだった二年生の墨田煌さんの四人」
「望月炯子は、北地区出身の一年生の中では、あなたの次に高い選手よね?」
「そうで――あ、ちょっと待ってください。音々、霞ヶ丘のあの二人は?」
「んー、そうね。古夏のほうは同じくらいあるかも」
言われてみれば、霞ヶ丘の〝双翼〟もかなりの長身でしたね。もちろん霧咲さん自身もですけれど。
そのとき、コート内に大きなざわめきの波が立ちます。
「あ、炯子さんが……」
「石館第二の秘密兵器だったみたいね、あいつ」
三セット目に入っての、スターティングメンバーの入れ替え。
新たにコート内に立ったのは、背番号7――望月炯子さんです。
ポジションはセンター。霧咲さんの先輩である深山寧子先輩の対角に、油町先輩のご友人である服部仁美先輩と交替、という形での投入。同じ館三出身だという、〝燈炯燿煌〟の一人――今は落山北のエースである小椋燿先輩が、ちらちらとそちらを見ています。
「胡桃さん、三セット目は何点マッチですか?」
「25点」
「……そう、ですか……」
藤島さんが固唾を飲んで見守る中、落山北VS石館第二、第三セットが始まります。
<バレーボール基礎知識>
・ユニフォームと背番号について
Wikipediaによりますと、昔は、以下のようにサーブ順に1〜6の番号を振るのが一般的だったようです。
―――ネット―――
4番 3番 2番
5番 6番 1番
ローテやオーダーによって変化しますが、4番の位置に前衛レフト(エース)が入ることが多いので(4番の位置に置かれた選手は、前衛でいる回数がチーム内で一番多くなります。ゆえに、普通は一番攻撃力がある選手を4番の位置に置きます)、4番がエースナンバー、という風潮があるようです。
また、1番はキャプテンナンバー、という風潮もあります。
12番がリベロナンバー、という風潮もある気がします。
現代では、バレーの背番号の決め方に特に決まりはありませんが、中学・高校レベルでは、サイズの関係で縛りが発生したりします。
中学・高校の多くのチームでは、予算の都合上、代替わりごとにユニフォームを買い直すことはしません。
例えば、1〜4番は大きいサイズ、5〜8番は中くらいのサイズ、9〜12番は小さいサイズ、となっているチームでは、必然的に、背の高いスタメンアタッカーは1〜4番、セッターや控え選手は5〜8番、レシーブを得意とする小柄なピンチレシーバーやリベロは9〜12番を着ることになります。
また、ユニフォームは各チーム色違いの二種類を用意しますが、チームによってはいわゆる『勝負ユニフォーム』があります。気分的に、一番大事な試合で『勝負ユニフォーム』を着たいので、その辺は調整します。
ユニフォームが二種類(二着)しかないのに、一日三試合以上あることもよくあります。
一試合目で片方のユニフォームを着て、二試合目でもう一方のユニフォームを着て(この間、一試合目で着たユニフォームを乾かして、汗を飛ばす)、三試合目で最初に着たユニフォームを着る、みたいなことをします。




