105-1(ひかり) 修英学園
偵察、とは言うものの、やはり知り合いが出ているとつい応援に熱が入ってしまいます。
背の低い私は立沢先輩と美森先輩とともにみんなの前に出て、ギャラリーの柵に張り付くようにコートを見下ろします。
二つの試合が同時に行われていますが、私が主に見ているのは、Bコートの修英学園VS玉緒第一。
修英学園については、第一セットが始まってすぐ、立沢先輩が解説をしてくださいました。曰く、
「修英学園は、石館・玉緒の各校みたいな伝統的な強豪ではないんだけど、今年の三年生が異様に強い。リベロも含めたスタメンのうち六人が三年生で、そのうち五人が一年生の頃からレギュラーで活躍してる。
去年のブロック予選で四位で地区代表になって、次のインハイ予選でも、何を隠そう城上女を下して地区代表になった。
それから、代替わりして新人戦――前回大会では三位。今回で玉緒第二の壁を越えてくるようなら、かなり恐いチームになってくると思う」
マル秘ノートを見ながら、訥々と語る立沢先輩。
「メンバーは新人戦のときと同じみたい。全員クセのある選手で、中学時代にチームの中心だった人が多い。まずはリベロ。衣緒さんの可愛い妹、箕輪中の〝転生者〟――美森千穂」
「〝転生者〟?」
「回転レシーブが得意で、時々はっとするようなスパイクカットを見せる。というか、彼女については衣緒さんのほうが詳しいのでは?」
立沢先輩が視線を向けると、美森先輩は胸を張って答えます。
「千穂はね、私と違って運動神経抜群。バレーは中学からで、入部後一ヶ月で私を越えた天性の持ち主だよ。ほら、言ってるそばから――」
美森先輩に促されてコートを見ると、ちょうど千穂先輩がバックゾーンで起き上がるところでした。どうやらブロックの間を抜けてきた相手の強打を、得意とする回転レシーブで上げたようです。
「次にセッター、遠藤かつき」
千穂先輩のファインプレーで上がったボールの落下点に、その遠藤先輩が入り、ふわっ、と力強くジャンプします。
「滞空時間の長いジャンプトスからの、速いトス回しを得意とする――塩谷中の〝無重力〟。身長のわりにセットアップの位置が高いから、油断してると置いていかれる」
ひゅっ、と滑るようなトスがレフトへ。それを、
だんっ!
ぴったりのタイミングで、エースと思しき方がきっちり決めました。
「今打ったのが、大堂斎。修英最大のスパイカーで、170センチ。その体型とパワー溢れるスパイクから、小菅中の〝放漫浪漫〟と言われている」
ふむ……と私は後ろを振り返り、またコートに目を戻します。
大堂先輩――確かに、181センチの藤島さんと比較しても遜色ないダイナマイトな肉体の持ち主です。
「その大堂斎と対照的なのが、今前衛にいるセンターの宝条薫子。技巧派のアタッカーで、曰く、松前中の〝小細工師〟。修英で一番の食わせ者」
見ていると、その宝条先輩に速攻が上がりました。そのフォームは、確かに大堂先輩のような大味なものではなく、のらりくらりとしています。ぱしっ、と軽めに放たれた打球も、それほど勢いがあるようには見えません。
が、ボールは不思議なほどするりとブロッカーの隙間を抜け、すぱんっ、とレシーバーの間を抜けます。
「今のが……小細工ですか?」
「上から見ているとわかりにくいけれど、あれが存外、決まる」
「取れそうで取れないんだよねー★」
「ふむ……」
実際に戦って初めてその強さがわかる――そんなタイプのアタッカーは数多く存在します。宝条先輩も、恐らくそういった方なのでしょう。油断はできません。
「その対角――今前衛に上がったセンターは、吉倉知佳子。彼女は大堂斎と同じ、パワーで押してくるタイプのアタッカー。ムードメーカーでもあるみたい。彼女の声は迫力があってよく通るし、クイックの入りも鋭くて、ブロッカーからすると放っておけないタイプ。
でも、実際に数えてみると、思ってるほど打ってるわけじゃない。曰く、阿知須中の〝焔の残像〟」
「囮、ってことっスね?」
「そう。もちろん、トスが来てマークが薄ければ、普通に決めてくる。エース級の選手であることに変わりはない」
その吉倉先輩が、大きな声を上げて速攻に入ります。が、トスは大堂先輩へ。大堂先輩は吉倉先輩の囮で割れたブロックの間に打ち込み、得点を決めます。
「吉倉知佳子にトスが集中しないのは、エースの大堂斎と、もう一人点を取れるウイングスパイカーがライトにいるから。それが、今の修英のスタメンで唯一の二年生。通称、〝皮剥ペティ〟」
Petty the Parer――ということでしょうか。なんとも物騒なお名前です。
「本名は兵地文香。スタンダードに上手い子で、レシーブも安定してるし、攻撃も硬軟多彩。一枚ブロックで止めるのは難しい。でも、ブロッカーが増えたら増えたで、彼女には得意の皮剥がある」
やがて、ローテが回り、兵地先輩が前衛に上がります。
始まるラリー。その中、美森千穂先輩のレシーブしたボールを、遠藤先輩が兵地先輩へと二段トスで繋ぎました。それを、兵地先輩は二枚ブロックを相手に、ばふっ、とふかしたようなスパイクを打ちます。
ぱっと見は二段トスの打ち損じ。ボールは大きくエンドラインを割って、アウトになります。
が、主審の腕が示したのは、修英学園サイド。すなわち――ワンタッチアウト、です。
「今、ラインジャッジの人は旗を上げてたっスよ?」
「ラインジャッジの目でそうとわからないくらい、薄皮一枚掠めたってこと。今のワンタッチアウトは偶然じゃない。あれこそ兵地文香の本領――〝皮剥ペティ〟の由縁」
「あっ、芝越中の人ですねぇ! 思い出しましたぁ!」
岩村先輩が、ぽん、と両手を合わせます。芝越中、と聞いて私の記憶も刺激されます。言われてみれば、芝越中のエースが、今のようなふかしたスパイクをよく打っていた気がします。
「最後に、キャプテンの湊ゆかり」
「ああ……春日中のあの人か」
そう言ったのは、市川先輩。立沢先輩が振り返ります。
「知り合い?」
「ううん。ただ……湊さんは、北地区の私たち世代で一度でも対戦した人なら、みんな覚えてると思う。名前や顔は覚えてなくても、春日中の〝軌跡を喚ぶ女〟って言えばほぼ通じる」
「違いないね★」
「さもありなん」
美森先輩と立沢先輩が、揃って同意。
「その……ミス・パラボラというのは?」
「ミス・パラボラはミス・パラボラさ★」
「彼女にサーブが回ってくればわかるよ」
「うん。百聞一見」
そうして、試合は修英優位のまま、ローテが周り、ついに湊先輩のサーブが回ってきます。
相手コートに正対し、ボールを左手に持ち、その『下側』に右拳を添える独特の構え。
「アンダーハンドサーブ……? いや、まさか――」
湊先輩はその構えから、すっと腰を『落とし』、右腕を後ろへ『下から上に』振りかぶります。
「そのまさか★」
がんっ、と打ち『上げ』られたボールは、ギャラリーにいる私たちが見上げるほどの高さまで舞い上がります。
「天井サーブ……!?」
天井すれすれを通る高い放物線を描いて、相手コートに落下するサーブ。
そういう種類のサーブがある――という知識はあり、バレーを嗜む人間なら恐らく誰もが一度はチャレンジしてみるものの、現代において実戦レベルで使われることはまずないサーブです。
驚いている私たちに、市川先輩が懐かしそうに語ります。
「湊さんは小学生の頃から、ずっとあれなんだ。あと1点で負け、あるいはその逆の緊迫した場面でも、平気でやってくる。私はセッターだから受けたことはないけど……こう、威力云々より、精神的に来るものがあるらしいね」
「なんとなくわかります……」
天井サーブの特徴の一つに、その滞空時間の長さが上げられます。通常の試合において、天井近くまでボールが上がることは稀なので、ほぼ確実にリズムが乱されます。アンダーハンドで取る場合、精度の高い天井サーブは、並のフローターより格段に厄介な代物と言えるでしょう。
「あの天井サーブ――驚くべきは、そのミス率の低さ。難易度の高いサーブだけれど、彼女は滅多に外さない」
「うん、湊さんの天井サーブは百発百中のイメージがある。だからこその〝軌跡を喚ぶ女〟なわけで」
「あっ、そう言えば」
と、美森先輩がぴっと人差し指を立てます。
「あの天井サーブなんだけど、コントロール重視で、全力で打ってるわけじゃない、って千穂から聞いたことがある」
「そうなんですか?」
立沢先輩が興味津々に聞き返します。
「ほら、中学でも高校でも、地区大会ってここみたいな普通の学校の体育館でやるでしょ? あのパラボラ嬢的に、それだと天井が低過ぎるんだって。県大会をやるような大型の体育館じゃないと、本気が出せないみたい。それは修英の体育館でも同じで、普段は練習後、屋外で自主練してるんだってさ」
そこまでして天井サーブの精度に磨きをかけるとは……恐れ入ります。
「貴重な情報ありがとうございます。わたし、衣緒さんのこと、初めて有用だと思いました」
「先輩を指して『有用』と来たよこの子★ あとその初めてって『今日』の話だよね? 『出会って以来』じゃないよね?」
「ノーコメントで」
「否定してくれ★」
立沢先輩が美森先輩で遊んでいます。本当にいい性格してますね。
試合のほうは、上記のやり取りをしている間に得点を重ねた修英学園が、そのままリードを守って、一セット目を先取。
二セット目も、ペースは修英学園が握ったまま。いきなりの湊先輩の天井サーブで流れを掴むと、攻撃面では大堂斎先輩が、守備面では美森千穂先輩がチームを引っ張り、玉緒第一を突き放します。
玉緒第一は、タイムアウトを取って変化を求めますが、すぐ後に回ってきた湊先輩の二週目の天井サーブによって、その効果を薄められてしまいます。これから追い上げよう、というときに、あのような『焦らす』サーブを打たれるのは、受け側にとって非常にやりにくいでしょう。
私も他人事ではありません。同じ玉中出身の笹川芳花先輩が手こずるほどのサーブです。対策としてはオーバーハンドで取るのが一番ですが、それは相応の筋力がなければ実行できません。鍛える必要がありそうですね。
勢いづいてくると厄介――という話の通り、修英学園はそのまま試合終了まで一気に駆け抜けました。結果は以下の通りです。
ブロック大会北地区予選。
Bコート準々決勝。
修英学園VS玉緒第一。
第一セット、25―16。
第二セット、25―18。
勝者――修英学園高校。
修英学園は、これで県大会出場決定。そして、このあと行われる準決勝で、緋上先輩たち玉緒第二と激突する運びとなりました。
登場人物の平均身長:164.1cm
<バレーボール基礎知識>
・ラインジャッジ
ラインジャッジは、コートの四隅にいる審判の補助員です。
バレーボールのコートは長方形なので、辺が四辺あります。ラインジャッジは、それぞれ、サイドライン×2またはエンドライン×2の四線のうち一線を担当し、線付近にボールが落ちた時、それがインなのかアウトなのかを、手旗で示します。
ボール・インの場合:手旗の先端をライン上に向けます(なお、ボールの接地面がライン上にあるとき(ボールがラインに乗ったとき)は、判定は『イン』です)。
ボール・アウトの場合:手旗を真上に上げます。
さらに、ボールそのものはコートの外に落ちていても、ワンタッチアウトの場合があります。そのときは、
ワンタッチアウトの場合:手旗を胸の前で縦にし、その先端に手の平を乗せます(手旗と手刀でTの字を作ります。手はだいだい喉〜顎の高さくらい)。
と、ボール・アウトとは別のフラッグサインを出します。
他に、アンテナ周りの反則(ボールがアンテナの外を通過していないかどうかなど)、サーバーの踏み越しの反則(ジャンプサーブなどでサーバーがエンドラインを踏み越えていないかどうか)があった場合、それに対応するフラッグサインを出します。
ラインジャッジと主審の判定が異なる場合はままあります。その場合、判定の決定権は主審にあります。
ブロックにおけるワンタッチは、ネット上で起きます。指先を掠めるくらいの微妙なワンタッチだと、コートの四隅にいるラインジャッジの目では判別できないことがあります(ラインジャッジはネットから10メートル以上離れたところにいるので)。
地方大会レベルでは、ラインジャッジなどの補助員を、参加チームの選手から出します。一回戦では試合をしていないチーム、二回戦以降は負けたチームが担当するパターンが多いかと思います。
ラインジャッジは、長い試合だと一時間くらい立ちっ放しになるので、集中を保つのがけっこう大変です。




