104(奈央) コートに立つ理由
はあ、はあ――と息が上がっていた。試合中は気にならなかったけれど、セットを取られた瞬間に、どっと疲労が押し寄せてきた。
「カットが雑になってるぞ。足を使って、丁寧に拾っていけ!」
ひげぽん(監督。本名は本田秀樹。あだ名は秀ぽん+顎髭から)の厳めしい声。ちゃんと聞こえているはずなのに、内容が頭に入ってこない。
「ちょっと、奈央、大丈夫?」
セッターの浅野悦子が声を掛けてくる。私は眉間に皺を寄せて、正直に答えた。
「空回りしてる……って自覚はあるのよね。どうしたもんかしら」
「ホントここ一番に弱いわね、あんた」
「……返す言葉もない」
私の弱気発言に、悦子は小さく溜息をついて、肩を竦める。
「ぽん(注:ひげぽんの略)の言う通り、まずはカットよ。一セット目は全然ちゆと貴理子を使えなかった。燿と忍だって二枚ブロック相手に決め続けるのはキツいわ。あんたと志乃布が踏ん張るしかない」
私は頷く。が、それが説得力のない頷きであることは、わかっていた。
「しっかりしてよ、キャプテン。落山北にあんたの代わりはいないんだから」
ぽんっ、悦子は私の肩を叩いて、二年生たちのほうへ向かう。
代わり――。
真っ白になってる私の頭の中に、その単語が反響する。
代わり、控え、レギュラー、交替、ベンチ……。
連鎖して、連動して、連想して、三年前のことが思い出される。
ふつふつと湧き上がる、悔しくて、情けなくて、恨めしくて、虚しくて、やっぱり悔しくて、どうしようもない、やり切れない気持ち。
私は、今でもまだ、あの時のことを納得できずにいる。
そして、あの時のことがあったからこそ、私は今、コートに立っている。
キャプテンという、多少分不相応な肩書きで、替えのきかない選手として。
……緊張で空回りしている場合なんかじゃ、ない。
しっかり、しなくては――。
大きく息を吸い込んで、私は天井を見上げる。
そのとき、だ。
「………………え?」
視界の端――ギャラリーのところに、私は意外な(意中の、と言うべきか)人物を見つけた。
いや、本当なら意外でもなんでもない。それどころか、この大会で対戦相手としてネットを挟むことだって覚悟していた。でも、開会式にその姿がなくて、さては他地区の強豪に引き抜かれたのか、とその時は思ったけど、まさか――。
「奈央? なに見て――ん?」
悦子と入れ替わりにやってきたのは、センターの舞鶴ちゆだった。私と同じ方向を見て、何かに気付いたように目を細め、それから、これでもかと目を見開いた。
「……うっそ、静だ」
「誰? 知り合い?」
「元館二の天才セッター――〝静止軌道〟。覚えてない? その子が城上女に行ったんだけど、一年の夏で部活を辞めちゃって……久しぶりに顔見たわ」
「じゃあ、あれは城上女の制服で、あの集団が新しいバレー部?」
「断言はできないけど……たぶん。一緒にいる子も覚えある。館一にいった子――岩村万智ちゃんだったかな。貴理子に聞けば間違いないと思うけど。っていうか、ねえ、あの奥にいる大きな子って、確か奈央たちのとこの」
「そう。私の後輩……元落中の怪物」
「な、奈央……?」
ちゆが怯えたような声を出す。そんなつもりはなかったが、私は今、どうやら恐い顔をしているらしい。
「矢吹!」
「はい! ――集合っ!」
ひげぽんに呼ばれて、私はみんなをひげぽんの周りに集める。
ひげぽんと選手、それにマネージャーの本橋真里亜を加えた十四人が輪になって、右手の親指と小指を隣同士で絡め合う。
「……二セット目、必ず勝つわよっ!」
私の口から、一セット目の不調が嘘のように、力強い声が出ていた。悦子や志乃布が、私の急な変化に少し驚いている。
「ここで勝てなきゃ意味がない! 県大会に行くのは私たちよっ!」
意味がない……そう、意味がないんだ。
私たちがコートに立つ理由は、真実は、正義は、たった一つ。
――勝ちたいから。
私は肺いっぱいに息を吸い込んで、隣のコートの声まで掻き消すくらいに叫ぶ。
「北高おおおおおおッ!!」
喉が痛いくらいに、肺がひっくり返るくらいに、声を振り絞る。
出し惜しみはしない。声も、体力も、気迫も、持てるもの全て――ありったけをぶつける。
「ふぁいっ!!」
「「おおおおおっ!!」」
絡めた指を切り、身を翻し、私はみんなの先頭に立って、コートに向かう。
「蹴散らしていくわよッ!!」
無様は晒せない。
――必ず、勝つ。
登場人物の平均身長:163.8cm




