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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第四章(城上女子) AT石館商業高校
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100-1(ひかり) いい天気

 桜の花も散り切って、若葉が芽吹く四月末。


 みなみ五和いつわとの練習試合から数えて二度目の日曜日。


 本日の練習は10時からです。そして、それを12時前に切り上げて、ブロック大会北地区予選の偵察にみんなで行くことになっています。


 私はもうすっかり着慣れてきた制服に身を包み、お弁当を持って家を出発、電車に揺られること二駅、約20分ほどで城上しろのぼり女子高校の正門に至ります。


 澄んだ青空や桜の木を眺めつつ歩を進め、やがて体育館パルテノンの入口に到着。ガラス戸を開け、ロビーを抜けて室内扉に近付くと、中からボールの音が聞こえてきます。


 携帯端末を確認。時刻は9時17分。練習開始まで、まだ40分以上もあります。


 私は扉を開けて中を見ると、それに気付いたその人物がこっちに振り返りました。広い体育館にたった一人。今はサービスゾーンに立っています。私は軽く手を振ります。


「おはようございます、宇奈月うなづきさん。部室の鍵はどこですか?」


 一番乗りの彼女――宇奈月実花(みか)さんは、にこにこ笑って言いました。


「おっはよー、ひかりん! 入口の横に私のタンブラーあるよね。その隣!」


「ありがとうございます」


 私は靴下のまま体育館に侵入し、目的のものをゲットします。


「では、またすぐに」


「ほーい!」


 私は拳大のバーボちゃん人形がくっついた部室の鍵を手に、体育館を出て部室に向かいます。


(部室の鍵は全部で三つあり、マスターキーを顧問の先生が、スペアキーのうち一つを主将である岩村いわむら万智まち先輩が、もう一つを立沢たちさわ胡桃くるみ先輩が管理しています。マスターキーは体育館内の体育教官室に保管されているので、普段は使用しません。一番使用率が高いのが立沢先輩の管理しているスペアキーで、バーボちゃん人形がついています。これは、例えば今日の宇奈月さんのように、事前に早入りを申告すれば借りることができます)


 私は宇奈月さんから受け取った鍵で部室に入り、さっさと着替えを済ませます。と、その途中で扉がノックされました。


「おはよぉー。この靴はひかりちゃんかなぁ? 開けても大丈夫?」


「少々お待ちを――はい、大丈夫です」


「失礼しまぁーす」


 がらがら、と扉が開いて、岩村先輩が顔を見せます。


「おはようございます、岩村先輩」


「うん、おはよぉ。実花ちゃんはもう上?」


「はい。ネット張ってサーブ打ってます」


「実花ちゃんは本当に練習熱心だねぇ」


 ぽあぽあ笑いながら、岩村先輩は着替えを始めます。私も制服をハンガーに掛けて、皺を伸ばします。そのうちに、岩村先輩も着替えを終えました。


「お待たせしましたぁ。じゃ、行こっか。鍵はお願いね」


「はい」


 私たちはタオルやシューズを持って体育館へ。扉を開けると、喉を潤している宇奈月さんが目の前にいたので少し驚きました。


「おはよぉ、実花ちゃん」


「おはようございます!」


 挨拶を済ませると、宇奈月さんはコートのほうへ走っていきます。ボール籠の横に立って、中に入っているボールのうち半分を右打ちフローター、もう半分を左打ちフローターで打っていきます。私は準備体操をしながらそれを見て、器用なことをするものだ、と改めて感心すると同時に、右打ちでも左打ちでも人並み以上のプレーができる彼女は、単純計算で普通の人の倍は練習しているのだと気付きます。


 ……なんというか、本当にバレーが大好きなんですね、あの人は。


 さて、そうこうしているうちに、今度は北山きたやま梨衣菜りいなさんが体育館にやってきます。私は部室の鍵を渡して、岩村先輩と軽い対人パスをして、身体をボールに馴染ませます。


 やがて宇奈月さんが混ざり、宇奈月さんがネット際から打つ→私が拾う→宇奈月さんがトス→岩村先輩がスパイク、の流れになって、それを繰り返しているうちに、北山さんと藤島ふじしまとおるさんと霧咲きりさき音々(ねおん)さん――一年生が全員揃いました。時刻は9時48分。


 ほどなくして、立沢先輩、市川いちかわしずか先輩、油町ゆまち由紀恵ゆきえ先輩も体育館にやってきます。鍵の受け渡しは部室のほうで済ませたようで、三人ともジャージ姿です。


「はぁーい、準備が終わったら人から全集してくださぁーい」


 先輩方がシューズを履いたり髪を纏めたりし終えると、岩村先輩がコートの真ん中で手を挙げます。そして、作られる九人の輪。大体部室の席順に近い並びになりますが、特に決まりはありません。


「みなさんおはようございまぁす!」


「「おはようございます!」」


「私から連絡事項が二つありまぁす。一つはこの間注文したチームジャージのことでぇ、いよいよ明日届きまぁす! 明後日にはお披露目できるかとぉ! お楽しみにぃ!」


「「おおぉ!」」


「二つ目はぁ、来週のゴールデン合宿のことです。日程が正式に決まりましたので、あとでメールで回しまぁす。急な予定が入った人は早めに私と胡桃さんまで連絡をくださいねぇ」


「「はい!」」


「私からは以上でぇす。他に連絡ある方はいますかぁ?」


「じゃあ、わたしから一つ」


「はい、胡桃さん、どうぞぉ」


「昨日もお知らせした通り、今日は練習を12時前に切り上げて偵察に行きます。できれば決勝まで見てもらいたいけれど、終わりの時間は試合展開次第なので、遅くなるかもしれません。強制ではないので、途中で抜ける人はわたしに言ってください。以上」


「「はい!」」


「はぁい、じゃあ、他に連絡ある人いなければ、練習始めまぁす!」


「「お願いします!」」


「ふふっ、では、お手を拝借ぅ」


 輪の中心に一歩踏み出して、片手を突き出す岩村先輩。私たちもそれに倣い、一歩進み出て、岩村先輩の手に自分たちの手を重ねます。


「それではぁ! 今日も一日集中して頑張っていきましょう! せーのっ」




「「一致団結! 一球入魂! ねばぁー(Never)ぎぶあっぷ(give up)!」」




「岩村万ぁ智!」「立沢胡桃!」「い、市川静っ」「油町由紀恵ー!」「霧咲音々!」「北山梨衣菜ッ!」「藤ひまたはおっ!?」「三園みそのひかり!」「宇奈月実花あああっ!!」


「城上女子高校バレー部ぅー、ぶいっ!!」


「「おおおおー!!」」


「はぁいっ! じゃあランニングから行きまぁすっ!!」


 かくして、練習は始まります。


 ちなみに練習前の掛け声は、『せーの』から『おおー!』までが代々城上女子に伝わるテンプレートだそうです。『せーの』の前の枕詞は声役リーダーのその日の気分。今は主将の岩村先輩がやっていますが、慣れてきたら日替わりになるそうです。


 名乗りは声役リーダーから時計回り。そして、『せーの』と名乗りの間の標語は代ごとに違います。立沢先輩曰く、桑本くわもと紀子のりこ先輩の代は『全身全霊』『全力前進』『Never give up』、カトレア先輩こと川戸かわと礼亜れいあ先輩の代は『One for All』『All for One』『Yes, we can do it』だったそうな。


 標語の決め方に縛りはなく、今年はみんなで好きな言葉を出し合って、その中から三つを話し合いで選びました。『一致団結』は市川先輩、『一球入魂』は霧咲さん、『Never give up』は岩村先輩の案です。私の『必勝』は残念ながら採用されませんでした。また、宇奈月さんが挙げた『ぶいっ!』は、せっかくなので本来『ふぁいっ!』であるところに置き換えられ、今の形になっています。


 ――ところで。


 藤島さん、さっき盛大に噛んでましたけど大丈夫ですかね……?


 ――――――




 ――――――


「うぅ……舌が変な感じだよ……」


 大丈夫ではありませんでした。


 現在は、体育館パルテノンの軒下で昼食中。練習はもう終わっていて、12時を少し過ぎたところ。部室の外にいるのは私たち一年生五人(霧・宇・三・藤・北の並び)で、先輩方は食事と着替えを済ませて部室で雑談しています。立沢先輩の予定スケジュールでは12時半の電車に乗るそうなので、あんまりゆっくりはしていられません。


「無理せず残されてはいかがですか?」


 私が言うと、藤島さんは首を振ります。


「ご飯残すと怒られるから……」


 なるほど、食事に厳しいご家庭なのですね。


「ち、違うの、三園さんっ! 別に私が食いしん坊とかそういふんむゃっ!?」


「……大丈夫ですか?」


「まははんま(また噛んだ)……」


 口を押さえて俯く藤島さん。


「お弁当、残しちゃダメなら手伝うっスか、透殿?」


「あ、ありがと、梨衣菜。でも、食べかけだけど、いいの?」


「問題なしっス! じゃ、代わりにこれどうぞっ!」


 北山さんと藤島さんは、ゼリー飲料とお弁当を物々交換します。


 ところで、霧咲さん・藤島さん・北山さんの三人は、メンバーを下の名前で呼ぶようになりました。私が苗字呼びなのは慣れの問題です(中学の時も基本苗字呼びでした)。だからなのかもしれませんが、藤島さんは、私のことだけは苗字で呼びます。


「じゃ、あたしは食べ終わったからここで」


 最初に抜けたのは、霧咲さん。霧咲さんはコンタクト⇔眼鏡の変身があるので、練習前後の行動はきびきびしています。


「私もお先にー」


 続いてお弁当を片付け始めたのは、宇奈月うなづきさん。普段、教室では一緒に食べることが多い私たちですが、私が遅食なのでいつも彼女のほうが先に食べ終わります。


「自分もごちそう様っス! 透殿のお弁当、めちゃウマだったっスよ!」


 北山さんも腰を上げて、部室へ向かいます。残ったのは、私と藤島さん。藤島さんは、後で食べるつもりなのか、少しだけ口をつけたゼリー飲料のキャップを締めて、膝の上に置きます。私は黙々と箸を動かします。


「…………い、いい天気だねっ!」


 突然、藤島さんがそんなことを言います。口の中に食べ物があったので返答するにもできずにいると、藤島さんは両手で顔を覆って背中を丸めてしまいました。私は慌ててご飯を飲み込みます。


「す、すいません、無視したわけではないんです。ちょっともぐもぐしてて」


 ぱっ、と顔を上げる藤島さん。


「あっ、そ、そうだよね! ごめん、食べてるときに……」


「いえ。確かに、いい天気です。こうして外で食べていると、遠足みたいで楽しいですよね」


「た、楽しい……!? 三園さん、今、楽しいの!?」


「え、ええ、まあ」


「そ、そっかぁ! ふへへへ……」


 楽しいですよ。藤島さん(あなた)の百面相とか。


 藤島さんは何かに満足したようで、それっきり黙ってしまいました。そして、私が食べ終わるまで、にまにましながら隣にいてくれました。

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