97(月美) 小競り合い
城上女子高校を後にしたわたしたちは、小夜子のガイドを頼りに見慣れぬ街中を歩き、やがて大きな川を越え、そこからしばらく川沿いを進んで、比美川駅に辿り着いた。
そこでわたしたちは、同じように部活帰りと思われる、ある一団に出くわした。
それ自体は別に珍しくもなんともない。この時間帯ならどこの駅にも部活帰りの一団や二団は現れるだろう。そういうときは互いにさり気なく適度に距離を空けるのがベターだ。わたしたち高校生の群れは一般的に姦しいので、電車内でグループ同士が近付くと、間にいる人はかなりうるさく感じるのだ(体験談)。
ただ、その一団を見ているうちに、これは距離を空けるのは難しいかもしれない、とわたしはすぐに気付いた。
その一団の中の一人が、なんか『ちゃきちゃき』しているのだ。
そしてよく見ると知っている顔がちらほら。そのうち一人は明確に知り合い――というか大田一中出身者だった。
「おっ?」
「あん?」
先に気付いたのは、あちらのちゃきちゃきした彼女。そして、そういう意味のある視線にはすぐさま反応してガンを飛ばそうとする可那が、彼女たちの存在に気付いた。
「音成女子――? なんでお前らがここに?」
「てやんでー。そりゃこっちの台詞だよぃ」
そこから反応は連鎖的に進み、わたしたちの距離は急速に縮まっていく。
「あっ」「ん?」「お?」「あれは」「げっ!?」「あらあら」「あ~」「おお」
ちなみに、「げっ!?」とあからさまに嫌そうな反応を示したのは珠衣だ。逆にその姉――芽衣は目に見えて活き活きしていた。
「皆さん、こちら、私の妹の珠衣。どうぞ親しみを込めて『サマミィ』と呼んで差し上げて」(芽衣)
「珠衣は珠衣ですから! どうぞ親しみを込めて珠衣と呼んでください!!」(珠衣)
「やってんなー、みみっち」(確かリベロの浦賀さやかさん)
「申し訳ありませんね、騒がしい妹で。珠衣は少し恥ずかしがり屋なの」(芽衣)
「珠・衣だっつの!」(珠衣)
「あらあら」(芽衣)
「……そのくらいにしときなって、芽衣」(わたし)
「あら、月美。ごきげんよう。それにしても、南五はお揃いでどうなさったの?」(芽衣)
「練習試合の帰りだよ」(わたし)
「まあ。平日にどちらまで?」(芽衣)
「こっから一番近いし、城上女じゃねーっすか?」(浦賀さん)
城上女、という単語が出てくると、にわかに音成女子メンバーの顔色が変わった。特にちゃきちゃきの彼女――もとい、鞠川千嘉は興味津々だった。
「城上女とやったのか?」(マリチカ)
「まあな」(可那)
「負けたろ?」(マリチカ)
「あん? 喧嘩売ってんのかコラ?」(可那)
「安くしとくぜぃ?」(マリチカ)
「まあまあ可那ちゃん」(小夜子)
「マリチカ、そこまで」(確かキャプテンの相原つばめさん)
どこも問題児の扱いは大変そうだな――というのはさておき。
「で、負けたろ?」(マリチカ)
「うっせえな。だったらどうだっつーんだよ」(可那)
「次やったら勝てっと思うかい?」(マリチカ)
直截的な鞠川千嘉の問いに、意外にも、可那は真面目な顔で答えた。
「…………いや、わからねえな」(可那)
「可那ちゃん……?」(小夜子)
「つか、音成も負けたって聞いたが?」(可那)
「私の感覚では引き分けってとこだねぃ」(マリチカ)
「おい、そんなやべえのかよ。……なあ、月美」(可那)
急に可那がこっちを見る。え? なに? わたし?
「どいつだ?」(可那)
可那の問いは、えらく抽象的だった。わたしは可那たちのペースに巻き込まれないよう、クッションを挟む。
「えっと……何の話?」(わたし)
「とぼけんなよ。城上女になんか変なのいたろ。たぶんあいつだと思うが」(可那)
「……もしかして、ポニーテールの子のこと?」(小夜子)
「小夜子……?」(わたし)
「あっ、いや、ほら、月美ちゃんが気にしてたから」(小夜子)
「そうなのか? いつから?」(可那)
「えっとね、けっこう最初のほうだったと思う」(小夜子)
「マジか……。月美、お前すげえな。序盤は別に普通だったろ」(可那)
「いや、その、なんというか……」(わたし)
わたしは小さく溜息をつく。
「……そうでもなかったと思うよ」(わたし)
はぐらかしても仕方がないと思ったので、正直に言う。ついでにマリチカの反応を伺うと、楽しそうに口元を吊り上げていた。あぁ……とわたしは理解する。
やっぱり彼女だったんだ。この怪物と渡り合ったのは。
「ま、城上女が出てくるとしたらインハイ予選だろーからねぃ。当座は気にすることもねーんだけど」(マリチカ)
「だな。まずは新人戦の借りを返すとこからだぜ。覚悟しろよ、このちゃきちゃき野郎」(可那)
「てやんでー、音成に喧嘩を売りたきゃ地区一位取って出直してこいべらぼーめー。予選も終わってねーヒヨコが先の話してんじゃねーよぃ」(マリチカ)
「よし、あたしは今からお前をぶん殴る」(可那)
「「ストップ!」」(小夜子・わたし)
「うがー! 離せコラあああああ!!」(可那)
「はっは、相変わらずいい声で鳴く黄色だねぃ」(マリチカ)
「こら、マリチカ」(相原さん)
「痛てててて!? 暴力反対だぜぃ、ツヴァイ!!」(マリチカ)
「いいから。南五の皆さんに謝りなさい」(相原さん)
「やなこっいや嘘だっ痛てててて!?」(マリチカ)
「すいません、有野さん。うちの馬鹿が」(相原さん)
「いや、まあ、別にあたしも言うほどキレてるわけじゃねえよ」(可那)
相原さんが間に入ると、可那はあっさり引き下がった。カナリアとツバメだけに、通じ合うところがあるのかもしれない。
「地区予選は、再来週ですよね。南五和の健闘を祈っています。県大会で会いましょう」(相原さん)
相原さんは、誠実にそんなことを言った。社交辞令や皮肉ではなく、純粋に応援してくれている。それはそれでどうなんだろうとも思うけれど……まあ、ともあれ頃合いか。
「行こ、小夜子、可那も。あんまりダベってると遅くなるよ」(わたし)
「おう」(可那)
「お先に失礼します」(小夜子)
わたしはメンバー(主に可那と珠衣)が音成と小競り合いを起こさないよう、殿になって皆を追い立てる。頭の中には、先程の相原さんの言葉。
再来週――実質的には、ほぼ一週間後。
ブロック大会中央地区予選。順当に行けば一位抜けできると思う。けれど、例えば二年前の可那みたいな万が一だってあり得る。城上女のあの子のような、得体の知れない一年生が登場する可能性だってある。
予選で負ければ、県大会には出られない。あるいは、予選を突破できても、順位が悪いと県大会の組み合わせに響く。
実際、鞠川千嘉の言う通りなのだ。地区予選免除で、県大会の組み合わせも四隅のどこかに決まっている音成女子を意識するのは、まだ少し早い。
まずは地区予選。そこで優勝して、最高の形で県大会に臨む。
そして一回戦と二回戦を勝ち抜いて、ベスト8まで上り詰める。
そこで初めて、わたしたちは四強への挑戦権を得る。
道のりは決して平坦ではない。地に足つけて、一歩ずつ、進んでいこう。




