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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第三章(城上女子) VS南五和高校
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94(静) サイン

 生天目なばためさんには少し申し訳ないと思いつつ、なりふり構わずサーブを打ったら、思っていた以上にうまくハマった。


 けれど、当然ながら、と言うべきか、有野さんは納得してくれなかった。


「おらあ! 市川いちかわああ! 弱い者イジメで点取って嬉しいのかコラ! ビビってねえであたしに打ってこいやああ! この根性なし! ヘタレ! しなびたもやし! ふやけたわかめ! 出涸らしティーバッグ! ばーか!」


 ……私、外から見ると、しなびててふやけてて出涸らしてるように見えるのか……ちょっと心当たりがあるのがまた切ない……。


「し、しずかちゃん! 元気出して! ないっさー、もう一本!」


 万智まちがボールを渡しながら、むんっ、と手の平を見せてくる。たぶん目には見えない力を送ってくれているのだ。今日は万智に世話になりっぱなしだ。


「市川さん、頑張ってください!」


「あと1点、よろしくお願いします」


「がつーんとやっちゃってくださいっス!」


 一年生の子たちも、口々に私を励ましてくれる。敬語を使われることで、私は今自分が三年生であることを意識する。今日は礼亜れいあちゃんや紀子のりこ先輩、衣緒いお先輩がいたし、相手が相手だったから、一年生の頃に戻ったような気分だった。でも、そうじゃないんだ。


 あれから時間は経っていて、今は、私は最上級生。


 しっかりしなきゃ……と思う。


「市川先輩」


 すっ、と癖っ毛頭が出てくる。ちょうど、有野さんと同じくらいの高さにある頭。今更ながら、背が低いんだ、とちょっと意外に思う。


「サーブ、お願いします」


 ぺこんっ、と頭を下げる三園みそのひかりさん。


 彼女としては、ここで私に決めてほしいはずだ。もし、追いつかれてデュースに突入したら、三園さんと万智で生天目さんを相手にすることになる。そうなったら、高確率で押し切られてしまう。


 サービスエースを、狙う、か。


 思えば、無我夢中で打ってばかりで、点を取るって意識はあまりしたことがなかったかも。


 点を取る――勝つんだ、という、意思。


 それが足りない私は、やっぱり、しなびててふやけてて出涸らしてるのかも。


 ……いや、でも、頑張ってみよう。


 こういうとこ、あるな、私。年下の子にお願いされると、弱いんだ。


「……わかった。頑張ってみる」


「ありがとうございます」


 コートに戻って、散っていくメンバー。


 南五のほうは、準備万端。同じミスを繰り返さないように、全員の立ち位置が微妙にさっきと変わっている。


 ……なら、私も、同じことはしない。


 今度は、さっきと反対側、ライト側へ。


 対角にいるのは、有野さん。


 狙いは、有野さんの前。眼鏡の子が守っている位置の裏の、ライン上。


 眼鏡の子は恐らくライトから打ってくる。しかも短くて速いトスに合わせるのが得意みたい。だとしたら、サーブカットは誰かに任せたいはずだ。


 逆に、有野さんは、たとえ他人の守備範囲でも、自分が取れそうなら取りにいく。


 レフトの子にとっては取れるけど任せられるなら任せようと思えるくらい、それでいて、有野さんにとってはわりと無茶をしないと取れないくらい――狙うのは、そういうところ。


 深呼吸。視界の中心には、要注意を意味する黄色カナリア


 笛の音。ボールの感触を確かめる。きゅきゅ、とロゴがこちらを向くように調整。


 よし……行くぞ。


 足を踏み出す。初めは小さく。徐々に力を込める。ボールをトス。勢いをつけて床を蹴る。中学生の頃から慣れ親しんだタイミングで、ボールの中心を……打つ!


 ばしんっ!


 心地よい感触が手の平に広がる。ボールが狙い通りのところへ行くのは、もう結果を見ないでもわかるくらい。これなら、決まらないまでも、相手のレシーブを乱すことくらいは、


「んなことだろうと思ったぜえええ!!」


「な……っ」


 真正面!? いつの間に――そっか、読まれていたのか!


「っしゃあ、お前らああ! 上がるぞっ!!」


「「「はいっ!!」」」


 怒濤、なんて単語が思い浮かぶくらいのプレッシャー。まずい、なんて思う暇もない。このまま決められるイメージしか湧いてこない。


 私はBR(バックライト)に急ぐ。まぐれでもなんでもいい。身体で受け止めにいくつもりで突っ込めば、どうにかなるかも。


 相手のセッター――逢坂おうさか月美るみさんだったか――が、例のゆったりとしたモーションでセットアップしながら、ちらっ、とこちらを見る。一瞬、目が合う。逢坂さんは、私の破れかぶれな気持ちを見透かしたように、とっ、とレフトにトスを上げる。


 その先には、県内最高のサウスポー――生天目さん。


 対するブロッカーは、三園さん一人。ミドルブロッカーの北山さんは、センターのお団子の子にコミットしている。


 要するに、183センチの子が、正味ノーマークで打ってくるってこと。


 生天目さんが跳び上がる。怖い。でも、ここで引き下がりたくはない――!


 ばんっ!


 ――ぴくりとも反応できなかった。顔面レシーブも覚悟で前に出たけれど、生天目さんのスパイクは、まぐれも許さないほど圧倒的な角度と速度で、フロントゾーンに叩き付けられた。


「っしゃああ、ナイスキー、信乃のの!!」


「はいっ!! やりましたー!!」


 有野さんと手を叩き合う生天目さん。はしゃいでいる。とても嬉しそう。


 ……でも、それはそうだよね。


 彼女も、それに逢坂さんも、もちろん有野さんも、みんな勝ちたくてバレーをやってるんだから。点を決めたら嬉しいに決まってる。


 私は……どうなんだろう。手の平を見つめてみる。ここで私のサーブが決まらなかったのは、やっぱりそういうことなのかな。なんだろう、なんと言えばいいのか、これは――。


「よう、市川静」


「えっ……?」


 顔を上げると、有野さんがネット越しにこちらを見ていた。


「悔しそうだな?」


「え――」


 有野さんは、器用に私を見下ろして、意地悪そうに歯を見せて笑う。


「……ざまーみろ、ばーか」


 優しい声音でそう言うと、有野さんはくるっと背を向けて南五メンバーに発破こえを掛ける。


「わかってんなお前らああ!! あと1点でデュースだぞ!! 気合い入れていけよ!!」


「「はいっ!!」」


 有野さんを見ていると、誰かに手を握られた。振り返る。栗色のボブカット、ぬいぐるみみたいな丸くて柔らかい笑顔――万智だった。


「静ちゃん」


「あ……あ、えっと、ごめん、サーブ決められなくて」


「謝るようなことじゃないよぉ。それより、次のことなんだけどねぇ」


「う、うん……」


「カットがどうなっても……私にトスを上げてほしいの」


 万智はそう言って、つぶらな瞳で私を見上げる。


「静ちゃん、私、嬉しいんだ」


「嬉しい……? 何が?」


「私ね、ずぅっと、バレーを始めたときから、静ちゃんのトスを打ってみたいって思ってたの」


「万智……」


「対外試合で、同じチームの仲間として、静ちゃんのトスを打ったこと……私、まだ、一度もないんだよ」


「あっ……」


 そうだ。万智は、小学校のクラブでは、入団が遅かったから、私と一緒に練習するようになったのも私の卒業前の一時期だけ。中学は、同じ北地区だったけど、別々のチーム。高校では……一緒のチームで、一緒に戦うこともできたはずなのに、私が辞めたから……。


「ずっと夢だったんだぁ。静ちゃんの、ふわぁふわぁっとしたトスを、打ってぇ……そして、決めるのが」


「……うん」


「静ちゃん、お願い、私にトスを上げて」


「わかった。万智が一番打ちやすいトスを上げる」


「……これからも、いっぱい上げてくれる?」


「……もちろん。万智が欲しいだけ」


「えへへっ、やったぁ!」


 万智は嬉しそうにそう言うと、自慢の肩をぐるぐる回しながら、守備位置センターに戻っていく。


 私も、FR(フロントライト)北山きたやまさんの後ろに。


 相手のサーブは、眼鏡の子。


 スコア、24―23。


 胸がどきどきしていた。


 万智がこっちを見る。私も見て、頷く。


 私たちの右手は、同じ、レフト平行のサイン。


 笛が鳴る。そして、サーブが放たれた。

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