93(信乃) サーブカットの基本
可那さんに教わったサーブカットの基本。
まずは、適度に身体の力を抜く。動きやすく、なおかつ自分の重心が安定するくらいの中腰で構え、身体の正面をサーバーに向ける。手はアンダーでもオーバーでもいけるように胸の前くらい。
サーブが放たれたら、素早く落下点に入る。このとき、なるべくボールの進行方向の正面に回り込むようにする。あとは身体の中心にボールを引き付け、アンダーハンドなら両腕の面をセッターに向け、重たい段ボール箱を両手で『運ぶ』感じで、返す。
もちろん、現実にはいつもいつも基本通りにはできない。可那さん曰く、あとは経験でなんとかするしかない、らしい。
それを踏まえて、この場面。
23―22。サーバーは市川静さん。一年生の頃の可那さんから、サービスエースを取った人。
両足踏み切りのジャンプフローター。どうやらコントロールがいいみたい。どこを狙ってくるのだろう。
私の守備位置は、FLとFCの間くらい。私と雫ちゃんと可那さんと小夜子さんでコート上に四角を作る感じ。私はその四角の左上担当だ。
市川さんは、私から見て対角。相手コートのレフト側。サイドラインの延長線より外側に立っているのは、助走の分だと思う(サーブはサービスゾーンから打たないといけない。サービスゾーンとは、エンドラインより後ろで、両サイドラインの延長線より内側のエリアのこと。ただし、市川さんや珠衣ちゃんのようなジャンプフローターに関しては、踏み切り足がエリア内ならオーケー。つまり、エリア外から助走するのもアリなのだ)。
さっきは、反対のライト側から、対角の角に打ち込んだ。だとすると、今度もそうなのだろうか。レフト側から打つのは、こっちのBRにいる可那さんを避けるため……と。
だとすると、狙いは私か小夜子さんか、その間か。
私は力み過ぎないように軽くジャンプして、「さぁー来い!」と声を出す。
可那さん的サーブカットの心得え。「来ないで」と思ったら負け。「来い」と思ったら勝ち。最初のうちは、嘘でもいいから大きな声で「来い」と言っておく。気づいたときには嘘じゃなくなってるらしい。
笛が鳴る。数秒の間を空けて、市川さんが動き出す。たたっ、とステップ。両手でふわりとボールを上げる。そこから加速するように腕を振って跳び、空中でボールを叩く。
ばしんっ!
打ち出されたボールは――来たっ! 私のところ! コートを斜めに横切り、FLぎりぎり――サイドラインとアタックラインが交差する辺りへ。
これ本当に入るの!? と、追えば追うほど驚きが増していく。トスもそうだったけど、市川さんって触れたボールにホーミング効果を付与する特殊能力とかあるんじゃないのかな。
けれど、ボールの速さは目で追えないほどじゃない(ネット際から打つスパイクとは違って、9メートルも離れたエンドラインから打つサーブは、相手コートの前側に落とすのが難しい。ある程度球威が犠牲になる)。来ると思ってた分スムーズに動き出せたし、たぶん、手が届く。
それに――と私は可那さん的サーブカットの心得えを思い出す。インかアウトで迷うくらいなら取れ、だ。ラインの外側プラス50センチくらいまではインみたいなもん、なのだ。
このサーブ、普通の人はインかアウトか迷って、判断の遅れがミスに繋がるのかもしれない。けれど、可那さんに鍛えられた私は、逆に全く迷わない。可那さん的に、際どいボールは問答無用でカットすべし、だから。
取れる、と思った。さらに言えば、仮に私がカットを乱したところで、今の相手のライトブロッカーはレシーブの上手い小さな子。二段トスでも余裕で決められる自信がある。
一本で切る。サイドアウトはいただいた!
――と、思った、次の瞬間。
まったく予期していないことが起きた。
追っていたボールが突如、視界から消えたのだ。
は?
視界にいきなり大きな影が過って、ボールを見失う。動揺して足が止まってしまう。
な、なんで!? ボールは、どこ、に……!!
――だんっ!
「うっ……」
振り返ると、小夜子さんが私の代わりにFLに飛び込んでいた。しかし、ボールは上がっていない。ぼむぼむっ、とレフト側の床で跳ねている。
審判の人を見ると、左手が城上女のコートを示している。ボール・イン。サービスエースだ。
「けふっ、あたた……」
フライングレシーブをした小夜子さんが、胸を押さえながら立ち上がる。私が駆け寄ると、小夜子さんは「大丈夫」と笑ってみせた。「すいませんっ!」と言おうとすると、ばしんっ、と背中を叩かれた。可那さんだ。
「まんまとやられたなぁ、信乃」
振り返ると、可那さんは面白そうに目を細めていた。その視線の先は私ではなく、横を向いている。どういうこと……? と、そちらを見ると、
「ごめーんっ、ノンノン!」
はるちゃんが顔の前で合掌していた。えっ? どういうこと?
「はるが邪魔したんだよね……」
ん?
「…………あっ!」
そ、そういうことかぁー!?
ぴこんっ、と頭の上にびっくりマークが灯る。
はるちゃんの定位置は、私より左側のFL――そのネット際。そこからはるちゃんは、サーブが打たれたのを見て、FCの速攻ができる位置まで移動する。
このとき、相手コートの対角から斜めに打ち出された市川さんのサーブの軌跡と、はるちゃんの移動する道筋は、どこかで必ず交わる。
市川さんと私を結ぶ線上をはるちゃんが通る――南五で私に次ぐ長身を誇るはるちゃんの姿が、ほんの一瞬だけど、どこかで必ず私の視界に入るのだ。
「ボールしか見てねえからそういうことになんだよ。経験が足りてねえ証拠だ」
「あぅぅ……すいません」
「気にすんな。次であたしがなんとかする」
こつっ、と親指で胸の中心を叩く可那さん。なんて頼もしいお言葉! さすが可那さん! かっこいい!
でも、また市川さんが私を狙ってきたらどうするつもりなんだろう。いくら可那さんでもBRからFLのフォローは無理だろうし……。
そう思って可那さんを見ていると、可那さんは相手コートの市川さんに向き直って叫び始めた。
「おらあ! 市川ああ! 弱い者イジメで点取って嬉しいのかコラ! ビビってねえであたしに打ってこいやああ! この根性なし! ヘタレ! しなびたもやし! ふやけたわかめ! 出涸らしティーバッグ! ばーか!」
…………か、かっこいい(困惑)! 言ってることはただの悪口だけど! 市川さんが目に見えて凹んでいるけど! 月美さんや雫ちゃんばかりかはるちゃんまで若干呆れてるけど! 私は可那さんのそういうとこ素敵だと思いますっ!!
「はーい、可那ちゃん。それくらいにしておこうねー」
最終的に小夜子さんがぺこぺこ城上女に謝りながら可那さんを守備位置に押し戻して収拾をつけた。
スコアは、24―22。
自分のミスは、自分で取り返す。
ケジメ……つけてやるっ!




