77品目・予定外の修理状況と、盗まれた番茶ポット(ホットウイスキーと、蜂蜜レモン、焼きチーズ)
隊商交易馬車便の乗合馬車の一台が故障し、隊商は停車場へと一時避難。
乗客の病気やケガによる遅延とは異なり、今回は馬車の車軸が折れてしまい、その修理のために移動行程に変更が生じたらしい。
話によると、特に急いで運ばなくてはならないような積荷などはなく、移動行程上必要な食料についてもそれなりに多く見積もって持って来ているらしく。
この停車場で3日程の滞在なら、特に問題は無いらしい。
「とはいえ、馬車の車軸修理っていうのは、そんなに時間がかかるものなのですか?」
「俺は鍛冶師なので、馬車などを作っている職人とは分野が違うのでなんともいえんが。まあ、馬車全体を支える軸の一つがボッキリと折れたんだ、予備の車軸ぐらいは積んでいるとは思うが、交換と調整やらでそこそこ時間はかかるんじゃないのか?」
「成程ねぇ。そういう事なら、ゆっくりと待つことにしますか」
少なくとも、修理のために走っていった職人たちが戻ってくるまでは様子見でしかない。
それならば今の内にと、焚火から火を分けて貰い、石組みで作った簡易的な釜を用意すると、薬缶でお湯を沸かすことにした。
「んんん、またユウヤが何か作っているにゃ?」
「番茶の追加分を作っているだけだよ。ほら、移動中にみんなで飲んでいただろう? さすがに予備を用意しておかないと、そろそろ空になりそうなのでね」
ちなみに番茶を淹れてある保温ポットは全部で10台。
うちの店でも、寒くなってくると『焼酎の番茶割り』や『焼酎お湯割り』といった暖かいメニューに注文が集中することもあってね。
それに、焼酎のボトルを入れているお客さんたちにも出す必要があるので、予備を含めてもそこそこの量のポットが倉庫に置いてある。
「そういうものなのかにゃ」
「このポット一本だと、湯飲みでも7杯から8杯分ぐらいしか取れないからな。乗合の全員で一杯ずつ飲んだら、一本空になるっていう感じだからさ」
うちの湯飲みは大体150mlサイズだが、一度にそんなに注ぐと溢れるか零してしまうので、ちょうどいい100mlぐらいずつ注いでいる。
まあ、焼酎お湯割りとして使っているのは280ml入りの耐熱ガラス製、持ち手もついていてやけどしないタイプだから、この手のポットなどすぐに飲み切られてしまうんだよなぁ。
「ふぅん。だから沸かしているんだにゃ」
「そういうこと……と、さて、沸いたから次の分だな」
空になったポットに茶こしを使って番茶を注ぐ。
今使っている薬缶は大容量の5リットルサイズ、これの8分目までお湯を沸かしているので、ポット4本分の番茶を作ることができる。
一つ一つ注いでいくと、ちょうどマリアンがひょこっと顔を出した。
「ユウヤ店長、馬車に乗っている人達がお茶を分けて欲しいそうですけれど、一本、持って行って構いませんか?」
「ああ、二本ぐらい持って行って構わないぞ」
「ありがとうございます」
そう告げてから、マリアンが淹れたてのポットを持って馬車に向かっていく。
日も暮れてしまったので、気温も結構下がって来たからなぁ。
「さて、あと一回沸かして移して終わりだな」
「こういう寒い日は、熱燗が欲しいってグレンなら交渉にくるところだにゃ」
「ん、今、儂の事を呼んでいたか?」
そんな話をしているから、グレンさんまでやって来た。
ちなみにマリアンも一緒について来たから、馬車にポットを持って行ってすぐに戻って来たっていうところか。
「いえ、シャットがね、グレンさんなら熱燗が飲みたいって話をするんじゃないかって言っていたのですよ」
「その通りだにゃ」
「まあ、それについては認めるが。だが、ユウヤ店長なら、ほかにも暖かい飲み物が作れるんじゃないか? 番茶とやら以外で」
「まあ、グリューワイン(ホットワイン)やホットウイスキー程度なら、すぐに作れますがね。あと、酒ではないですけれど、甘酒なんていうのもありますが。酒粕って、ストックしていたかなぁ……」
傍らに置いてあるバッグを手に取り、そこに手を突っ込むふりをして厨房倉庫を確認。だが、酒粕は丁度切らしていた。
うちのは酒屋に頼んでもってきて貰っているので、時期的にも今は入手が難しいだろう。
そもそも、日本とこの世界の時差についても、俺はよく理解していない。
鮮魚店から仕入れている魚介類に季節感を感じない理由も、そこにある。
初春が旬の肴と秋が旬の魚が一緒にトロ箱(海産物を入れる箱)に入ってくるものだから、最初のうちは訳が分からなかったよ。
「ああ、酒粕はなかったか。発注もここじゃあできないので、グリューワインとホットウイスキーなら作れますよ?」
「では、ホットワインを一つ貰えるか?」
「あたいはホットサワーがいいにゃ」
「いや、流石に炭酸入りの焼酎をホットでというのは無理だなぁ」
まあ、今は焼酎の番茶割りで我慢して貰うしかないか……と、ああ、そういうばあれもあったか。
まずは耐熱グラスを取り出して、ここにお湯を入れてグラスを温めておく。
ホットウイスキーに使うウイスキーだが、定番ならサントリーオールドと行くところだが、酒にうるさいグレンさんを驚かすという意味で、ちょいと奮発するか。
使うのはジャックダニエルの中でも、最もホットウイスキーに合うと言われている『 ジェントルマンジャック』。
先ほど温めておいた耐熱グラスのお湯を新しい薬缶に移し、そこにジェントルマンジャックをツーフィンガーほど注ぐ。
そこにウイスキーの倍量のお湯を注ぎ、軽くかき混ぜて出来上がり。
好みで、レモンを入れたりシナモンスティックで軽く混ぜたりできるが、グレンさんの好みならこれでまずは味見をしてもらうかね。
「お待たせしました。ホットウイスキーです。使ったウイスキーはジャックダニエルのジェントルマンジャックといいます」
「ほう、これはまた、なんというか……甘い香りがするのう」
「ええ、このウイスキーの特徴ですね。ロックでもいい香りがしますけれど、お湯で割るとさらに香りも味も強まるのですよ」
そう説明していると、グレンさんが軽く口をつけてグイッと飲む。
「ンップッハァ!! おお、これは体の芯から温まって来るぞ。何か摘まむものはないか?」
「それでは、こいつなど。マリアン、ちょいとこいつを皿に盛り付けて出しておいてくれるか? 今、シャットたちの飲み物も用意するから」
旅に出る前に、予めチーズなどもカットしてタッパに詰めておいた。
それを皿に取り分けて貰い、竹串をつけてつまみは完成。
さて、シャットとマリアンの分を作るとしますかねぇ。
「こいつの作り方は簡単。まず半分にカットしたレモンを絞る。一杯分の量はレモン半個分ってところか」
まずは耐熱グラスにレモンを絞る。
その次に蜂蜜を加える、二人の好みで考えると大さじ一つ分ってところだな。
そこに焼酎とお湯を注ぐだけ。これは好みの加減で作って貰うとしますか。
「ほい、二人にはこいつだな。蜂蜜レモンのお湯割りだ……って、ああ、何をしているかと思ったら、チーズを焼いているのか」
「にゃはは」
チーズを竹串に刺し、焚火で炙って溶けて来たあたりでクラコットに載せて食べている。
まったく、色々と考えるものだねぇ。
「それではいただきます……んぶっは!!これはまた、甘くてさわやかで、それでいて美味しいですわ」
「うにゅ……キラービーの蜂蜜の味がするにゃ、ユウヤはキラービーを倒したのかにゃ?」
「そんな筈ないな。それは業務用の奴だ、蜂蜜は高い奴はとんでもなく高いからな」
「それならいいにゃ……うん、美味いにゃ」
どうやらシャットは、キラービーとやらには嫌な思い出があるようだが。
まあ、今は飲んで、体を温めることにしよう。
「そういえば、馬車の中に持って行った番茶だが、あれで足りたのか?」
うちの馬車には定員8名だけじゃなく、壊れた馬車から避難して来た4名も載っているからな。
量的には足りるとは思っているが。
「え、番茶って、なんのことですか?」
「んんん? ついさっき、馬車の人たちが番茶を欲しがっているって、ここから二本持った言ったじゃないか?」
「え? 私、そんなことしていませんよ。さっきまでは、グレンさんと一緒に、この隊商の護衛の人たちと話をしていたところでしたから」
「はぁ?」
いや、さっき、俺とシャットの前からポットを持って行ったよなぁ……って考えた瞬間、グレンさんが血相を変えて馬車まで走っていった!!
「ユウヤ店長たちはそこで待っておれ!!」
「あいにゃ」
「えええ、何がどうなっているのですか?」
まったく事態が読めないのだけれど。
今の説明を聞いていると、マリアンの偽者がポットを持って行ったっていうことなのか?
一体どうして?
「シャット、ちょっと状況をもう一度説明してください」
「わかったにゃ、実はさっきにゃ……」
マリアンの質問にシャットが説明を行っているのだが、聞いているマリアンの様子から察するに、本当に彼女の偽者がポットを持って行ったようだ。
そして暫くしてグレンさんも戻って来たのだが、頭をぼりぼりと掻いて困ったような顔をしている。
「う~む。これは参ったな」
「グレンさん、何かわかりましたか?」
「いや、馬車に向かったら、中で乗客がお茶を飲んで寛いでいたのだが。いや、それは別に構わん、ついさっき、マリアンが番茶のポットを二つ持って来てくれたと話していたのでな。そして空になったポットも回収して、新しく詰め替えて貰ってきますって話をして馬車から出て行ったそうだが……わしとマリアンはずっと一緒に行動していたので、そんなことはあり得なくてなぁ」
「つまり、馬車から回収した空のポットが無くなったということですか……」
グレンさんの説明を聞いて、マリアンも困った顔になっているが。
そもそも、本物のマリアンはグレンさんと一緒に馬車の護衛たちと話をしていたらしいので、それは問題ない。
ただ、誰がなんの目的でマリアンの姿に変装して空になったポットを盗んでいったのかということ。それも、これだけの衆人環視の中で。
「……いや、本当に分からないな。なんで空のポットなんだ?」
「まあ、それについてはなんとなくわかる気もするにゃ。このポットは魔法のポットにゃ。中に入れてあった熱いお茶が冷めないのにゃ」
「いや、時間が経過したら冷めるんだけれどねぇ。そういう魔導具って、マリアンたちでも作れるだろう?」
そう問いかけると、マリアンが頭を傾げて考えている。
「作れないことはありませんけれど……でも、一定の温度を長時間保つだけの魔導具って魔法回路が複雑なのですよ。それが出来たとしても、大体……以前造ったタオルウォーマーほどの大きさになります」
「電子レンジ大の保温機っていうところか。そりやあ、持ち運びに不便だわ」
「お湯を沸かすだけとか、冷たくするだけなら簡単なのですよ、一定に保つというのが難しいのですから」
「あ~納得だわ」
そうなると、確かに希少価値が高い。
でも、それなら中身の入っているポットを盗んだ方が時間がかからないし効率的じゃないのか? よそでは飲めない、温かいお茶も入っているんだぞ?
「……まさかとは思うが……盗んだのはファントムかもしれぬな」
「うにゃ!! なんでこんな所に出てくるにゃ!!」
「いや、考え方次第だが。そもそも、スペイサイド商会からご神体が盗まれたと言っていただろう? あれは確か、シャットがいつも欲しがっていたラッキーなんとやらのことじゃろ? だが、盗み出したご神体を拝んだところで、ご利益などあるはずがない。むしろ天罰が下ってもおかしくはないとみた」
「それじゃあ、新しいご神体を盗んでも同じですよ?」
「だから、変装して堂々と譲り受けるとか、それ以上の価値のあるものを探しているとか……いずれにしても、ここから先は十分に注意した方がよい」
なるほどな。
ファントムのことについては他人事のように考えていた部分もあったが、俺の持っているものが狙われている可能性があるとなると話は別だな。
これからは気を付けた方がいいだろう。
「う~にゅ。ご神体狙いというよりも、完全にユウヤが狙われた可能性も否定出来ないにゃ」
「まあ、もしそうだとしても、うちには優秀な護衛がいるから大丈夫だ」
「お任せください、そんな偽者なんて、必ず見つけ出して見せます!!」
「問題は、相手が変装の達人っていう事にや。さっきもあたいやユウヤが気付かなかったからにゃあ」
そうなんだよなぁ。
まあ、そんなことを考えていても埒が開かないので、今日のところは全員纏めて雑魚寝で大丈夫だろうさ。疑われて警戒されて、すぐに行動するような考え無しとも思えないからね。




