第141話・フォーティファイド国王の頼みとなれば(まずは鹿児島産、地鶏の刺身ということで)
朝一番で、王城に呼び出しを受けたんだが。
まあ、昨晩の顛末を知りたいと思っていた所で国王陛下からの呼び出しという事は、大方予想は付くのですけれどねぇ。
それに気が付いているらしく、アイリッシュ王女殿下はウキウキした気分で迎えの馬車に乗り込んでいます。
俺とシャット、マリアンの三人も別の馬車に乗ろうとしたのですが、私と一緒の方が『なにかと都合がいい』という王女殿下の言葉で、止むを得ず相乗りする事になりました。
そして馬車に揺られる事30分、更に王城の控室に通されて30分。
ようやく謁見の準備が出来たらしく、俺達は部屋まで迎えに来た宰相の後ろに付いて謁見の間へと案内されました。
「これはハントリー・テイラー・フォーティファイド国王陛下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺達が口を出す事など許される筈もなく。
そして椅子に座っている少しだけやつれた顔をしているこの国の国王陛下に、アイリッシュ王女殿下が先制で話を始めましたよ。ほんと、この方には怖い物はないのでしょうかねぇ。
それにしても、フォーティファイド王国の国王の名前って、初めて聞いたような気がするなぁ。
「ああ、アイリッシュ王女殿下、そしてユウヤ・ウドウ伯爵、よくぞ参られた。実は困った事が起こってな」
「まあ、まさかとは思いますが昨晩の晩餐会で、またしても臣下の方が無礼を働いたとか?」
「そう責めるな。昨晩の晩餐会では、しっかりと謝罪は行った。そのうえで問題を起こした貴族は降爵処分並びに今後3年間の貴族援助を打ち切りとした。その事を先方様に伝えたところ、妥当な判断という事で決着は付いたのだが」
そう告げた後、フォーティファイド国王は俺の方をチラッと見たのだが。
嫌な予感しかしないねぇ。
「宮廷料理人達が作った、ウルス・バルト王国の郷土料理だが、それが先方の口には合わなかったらしくてな。まあ、そのことについて苦言を告げられる事もなかったのだが、料理人達から見た感じでは、満足がいくどころかほんの一口、二口食べただけでそれ以降は口にする事はなかったという」
「まあ、他国の郷土料理など、レシピでもなければ作る事が出来ませんから仕方がない事ではないでしょうか。それに、食べた物について文句を言われたのでもなく、食べられなかったという事もないのでしたらそれはそれで仕方がなかったと思いますが」
淡々と告げるアイリッシュ王女殿下だが、それに対してフォーティファイド国王はハァ、とため息を一つ付いている。
「まったくその通り。これについては事前に調べておくようにと再三説明していたのだが、それを怠っていた詩吟編纂者にも問題はあったと思う。ただ、外交使節団の方に誰かが告げ口というか、とんでもないことを伝えたらしくてな。精霊の加護を持つ料理人なら、作れる筈だったのに……と」
「それを聞いた外交使節団の方が、興味を持ってしまったと?」
「ええ。それで今朝がた、外交使節団の代表からこう問い掛けられたのだよ。我が国の郷土料理のようなものを作れる方がいるのでしたら、是非とも食べてみたいと」
そこからの説明では、どうやらこの国に来るまではずっと可食可能な生肉が手に入ることがなかったとか。そして晩餐会で食べられるかもというわずかな希望を抱いていたのだが、思ったものとは異なるものが出て来てしまって残念であったということらしい。
それで、もしも作れる料理人という方がいるのなら、是非とも作って欲しいという要望があったので、こうして相談を持ち掛けられたという事らしいのだが。
「つまり、この国の貴族がやらかした事はもう解決している、その上で作ってはくれないかという事かにゃ?」
「そのようですわ」
「つまり、またユウヤは巻き込まれたにゃ」
「ええ、そのようですわ」
俺の斜め後ろでボソッと話しているシャットとマリアン。
まあ、こっちの世界に来てからというもの、俺が厄介事に巻き込まれる確率は意外と高い。
とはいえ、外交とは関係なしに食べてみたいと頼まれたという事から察するに、その外交使節団も我慢の限界なのだろう。
「……という事なのだが。アイリッシュ王女殿下、貴殿の国のウドウ伯爵に頼み込んで料理を作ってはもらえないだろうか? もちろん謝礼はしっかりと行わせてもらうが」
「ということですけれど、ウドウ伯爵、どうでしょうか?」
ちらっとこちらに視線を送り、そう尋ねてくるアイリッシュ王女殿下。
それはつまり、作ってくれないかという事ですよね。
ここでこの国に対して貸しを作っておきたい、そんな感じ……じゃないなぁ。
あのニヤニヤとした顔は、自分も食べたいんだろうなぁ。
「そうですね。今日すぐにという事はできませんが、二日ほどお時間を頂ければご用意する事は出来るかもしれません。ただ、私はウルス・バルト王国の郷土料理というものを知りません。ですから、私の知る生肉を使った料理ならば、という事でよろしければ」
ここが落としどころだろう。
まあ、俺としても久しぶりに作ってみたいという事もある。
あの厄介な病気さえ蔓延しなかったら、新鮮な牛レバーの刺身という手段もあったのだけれど。
ここは合法的に生肉を食べられるメニューをご用意してみますか。
「フォーティファイド国王陛下。それでは、二日後の晩餐会にて、わが国の料理人が料理を数品、ご用意するという事でよろしいでしょうか」
「すまないが、よろしく頼む」
「かしこまりました。では、準備をする関係上、本日はこれで失礼します。それでは二日後に」
立ち上がり挨拶を行ったのち、アイリッシュ王女殿下は退室する。
当然ながら俺達も挨拶をして立ち去るとすぐさまアイリッシュ王女殿下の近くに駆け寄って。
「こうなる事は計算済みだったのですか?」
「まさか。ただ、かの国の食文化とこの国の食文化を考えると、どうしても問題は起こるでしょうとは思っていました。片や肉食を、それも生肉すら食べる文化を持つ北方の王国、片や菜食主義に近い風習を持つエルフの王国。ここまで両極端な国の外交なのですから、食べ物で問題が起こるかもと思っていただけですわ」
「なるほど。では、この後、俺たちは宿に戻って料理の研究をしますので。出来れば、俺達の部屋については人払いをお願いします」
そう告げただけで、王女殿下は俺が部屋に『越境庵』の入り口を召喚すると理解してくれた。
「そうですね、部屋の外に二人、騎士を配置しておきましょう。それで、私は、料理を作るところは見せて頂けるのでしょうか?」
「まあ、暖簾は出しっぱなしにしておきますので、ご自由にどうぞ。飲み物についてはセルフ……とはいきませんか。シャット、頼まれてくれるか?」
「いつものラムネを用意するにゃ」
「ええ、それは楽しみですわ……では、急ぎ戻りましょうか」
やれやれ。
まあ、たまに凝ったものを作っておかないと、腕が鈍ってしまうので丁度いいタイミングかもねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
――越境庵
宿に戻った俺達は、二日程部屋に籠る事にした。
まあ、生肉料理については心当たりはいくつもあるのでね。
という事で、物は試しに一品作ってみることにした。
これは日替わりメニューに使用しているもので、真空パックで冷凍されている『地鶏のたたき』と、同じく『馬肉の刺身』を取りだす。
この地鶏のたたきは鹿児島の業者から直接仕入れたもので、安全性についてもしっかりと基準を満たしている。そして馬肉の刺身の方は青森の『食用馬肉専門の牧場』から仕入れたもので、こちらも安全基準を満たしている。
「まずは、この真空パックの地鶏を取り出して……」
地鶏のたたきに使われているのはもも肉の部位。
表面を炭で炙ったもので、冷凍をきれいに解凍するにはちょっとしたコツがある。
まあ、そのコツについては内緒ということで。
「ユウヤぁ、その薄っぺらい金属の皿と、サラシは何に使うにゃ?」
「まあ、色々とね……」
という事で、きれいに解凍出来たら、後は表面の水気をキッチンペーパーで吸い取り、刺身を引く要領で綺麗に切りつけていく。
厚さについては好みの問題、歯ごたえを楽しむのならやや厚めで8ミリ程度。
俺は肉のうまみを楽しんでもらいたいので、厚さ6ミリぐらいで薄く引いていく。
それを刺身を盛り付ける要領で皿に盛り込むのだが、俺は大根の妻ではなく水に晒した玉ねぎと大葉を使用。そこに形よく盛り付けていく。
「薬味はニンニクとショウガを下ろしたものと、後は柚子胡椒は欠かせないよなぁ」
チョイチョイと皿の隅に薬味を添えて、さらに猪口には九州の甘い醤油を入れて完成。
「うにゃ、まさか、もう出来たにゃ?」
「ユウヤ店長、これって……鶏肉ですよね、普段焼き鳥とかに使っている奴。まさか、生で食べられるのですか?」
「いやいや、あれは加熱用の肉で生だと食べられない。まあ、鮮度については保証できるが、生肉はちょいと厄介な病気になりかねないからな。こいつは、生食用に育てられた地鶏で、処理についてもしっかりとしているものだから大丈夫。まあ、抵抗はあると思うが」
「うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
まあ、シャットは獣人だから食べるのに抵抗ないのかなぁ。
俺がマリアンとアイリッシュ王女殿下に説明している横で、ひょいひょいと箸を巧みに操って地鶏のたたきと晒し玉ねぎをおいしそうに食べている。
その様子を見て、マリアンとアイリッシュ王女殿下も恐る恐る箸で鶏肉を掴むと、薬味を溶かした甘醤油をチョンとつけて。
――パクッ!!
「んんん?」
「ん……っはぁ。甘いですわぁ」
ああ、マリアンは驚いた顔をしているし、王女殿下はしっかりと味わったのちニマァと笑っているし。
「これが生肉だなんて、信じられませんわ。ユウヤ店長、これはうちのお店では出さないのですか?」
「ちょいと仕入れが厄介でねぇ。中々メニューに使えるだけの数を揃えられないっていうのが正直なところだ」
「そ、そうでしたの。残念ですわ」
マリアンの問いに答えたのだが、何故かアイリッシュ王女殿下ががっかりとしている。
とはいえ、まだまだ在庫はあるので、残りは二日後にでも使いますか。
さて、それじゃあ次は、馬刺しのオンパレードと行きますかねぇ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




