狐さん、愛犬との再会
シロは「グルルゥ」と低くうなり声を上げると、近づいてきていたもう1匹の蟻の正面から横に駆け抜け、横合いから首元に嚙みついた。
そしてシロは自分の身体ごと回す様に捻ると、先ほどと同じ『バキッ』という鈍い音を立て蟻の首をへし折った。
「すごい」
穂香はシロの勇敢な姿を驚きの目で見ていた。ボールやフリスビーで遊ぶ際に、すごい身体能力をしているなとは思っていたが、今の蟻を仕留める動きはその比ではないくらい俊敏でアグレッシブな動きをしていた。明らかに今までより切れのある動きをしており、圧倒されてしまった。
そのせいで、穂香の背後から寄ってくる最後の1匹の蟻への反応が遅れてしまった。穂香が忍び寄る気配に気づいて、振り向いた時には既に蟻は至近距離にいた。
「ウォ~ン!」
シロが吠えた。その咆哮は音だけでなく、威圧するような何を感じさせるものだった。穂香は驚き、狐耳ぺたんと閉じ身をすくめる。そして、同じように蟻もビクッと委縮し、動作を止めて硬直した。
その隙を逃さず、シロは颯爽と駆けぬけて3匹目の蟻の首を同じようにへし折ってしまった。
「ウォン!」
シロは勝ち誇るように吠えたあと、褒めて褒めてと尻尾を左右に振りながら穂香の元にやってきた。穂香は、そのギャップに戸惑いつつもが撫でる。シロは穂香に撫でられると甘え声を出しながら、自分の鼻を押し付けてくる。そのシロのいつも通り様子に、穂香はだんだんとリラックスしてきた。
「助けてくれて、ありがとうシロ」
そう言って穂香は、ぎゅっとシロを抱きしめた。シロは「ワン」と答えるように返事をした後、しばらくはおとなし穂香に抱きしめられていた。しかし、鼻をクンクン鳴らしながら穂香のカバンに押し当てる動作をし始めた。
「ふふふ、ごめんね。ご褒美ほしいよね? 待ってて」
穂香は蟻の死骸から少し離れて、通路の端へと移動した。そしてカバンの中から、シロ用のおやつであるジャーキーを取り出し、手のひらに乗せシロに差し出した。
「はい、どうぞ~シロ」
シロは嬉しそうにジャーキーを口に入れ、食べ始める。とてもおいしそうに尻尾を振り振り振っている。
その様子を見ていたら、穂香のお腹がグゥと鳴ってしまった。スマートフォンを見るともう時刻は7時を過ぎていた。普段なら家で朝ごはんを食べる時間だ。
シロのおやつの入った袋を見て、ごくりと唾を飲む。
(犬用のジャーキーって、人が食べても大丈夫なのかな? いや、ダメダメ。これはシロのおやつだよ!)
穂香は空腹による葛藤を振り切って、カバンにおやつをしまい、空腹をごまかすためにペットボトルから水を飲んだ。そして、シロにも水をあげる。
「このあとどうしよっか? シロと再会できたけど、なんか変なの多いしどうしたらいいのかな?」
穂香がシロに問いかけるように言うものの、シロは水を飲むのに夢中になっており答えない。穂香は座ったまま、ぼうっと一番近くにある大きな蟻の死骸を見ていると不意に蟻の死骸は、泥沼に沈んでいくかのように吞まれていった。
「え? 何? 何なの?」
穂香は立ち上がって周りを見てみると、他の2匹の死体も同じように地面に沈んでいくところだった。自分とシロの足元を見てみるも、変化はなく、地面を何度か踏みつけてみても硬い感触が帰ってくるだけだった。
「どうなってるのこれ?」
穂香は近くに落ちていた石を拾って、蟻が呑まれていった場所の地面に向かって投げてみる。しかし、石は普通に地面に当たって何回かバウンドしたあと転がっていった。
「え? え~?」
穂香の戸惑いは大きくなっていった。
「まるでみゃーちゃんが言ってたファンタジーの世界みたい」
頭を抱えながら穂香は言う。以前、美夜子から聞いたライトノベルの話を思い出す。美夜子はゲームやアニメといったサブカルチャーが好きで、穂香は前に美夜子からおすすめされたアニメやライトノベルをいくつか見たことがあった。そして、穂香は「あ、そうだ」と手を叩く。
「こういうときはあれだよ。ステータス! なんちゃって……え?」
思い出した作品のキャラの行動を真似して言ってみると、本当に不思議なボードが出てきた。
「え? 本当に?」
そう呟いて不思議なボードを見てみると、そこには日本語で『ダンジョンへようこそ』と記されていた。
ありがとうございました。




