狐さん・イン・ ワンダーランド
「キャッ!」
穂香は眩しさを感じて目を閉じるとともに、手で握っていたはずのリードがなくなり、勢いのまま転んでしまった。
そして転んだ痛みとは別に、心全身の細胞がざわつくような不思議な感覚を覚えた。狐耳はピーンと立ち、尻尾の毛は逆立ってぼわっと膨らむ。
「ふぁっ、何これ?」
少しするとその不思議な感覚は波のように徐々に引いき、収まってきた。それでも、何か違和感が残る。そして、穂香は辺りを見回した。
「どこ? ここ?」
先ほどまでの風景と変わっていたのだ。放感ある自然環境から、どこか閉塞感のある洞窟の中のような景色へと。立ち上がろうとして触れた地面は先ほどまでの柔らかい土の感触ではなく、どこか硬質で乾いた土の感触がする。
「ここどこだろ? どうなってるの?」
閉ざされた洞窟の空間だが、薄明かりがあって周りを見渡すことができた。どうやら洞窟の壁に埋まっている無数の石が柔らかな光を発しているようだ。その不思議な光景は自分が今までどこで何をやっていたのかを一瞬忘れさせるほど神秘的なものだった。
穂香はふと自分の手を見て思い出す。
(シロのリードがない!)
穂香はシロを探して、周りを見回しながら声を出す。
「お~い! シロ~!」
返事はなく、声が洞窟の壁に反射されて返ってくるだけだった。
「どうしよう……」
知らない場所にいきなり一人にされた穂香は、心細くなって洞窟の壁にもたれて座った。
「そうだ! スマフォ!」
そう言って穂香はダウンジャケットのポケットから自分のスマートフォンを取り出した。ボタンを押して電源をつけてみる。
「……だめだ。圏外になってる」
ますます心細くなってしまった。不安を断ち切るように穂香は自分の頬を両手で軽くたたいて、くよくよする自分を叱咤した。
「しっかりしなきゃ。シロを探さないと。そのためにも状況確認をしよう」
穂香は自分の現状確認から始めることにした。
「えっと……洞窟のような場所に飛ばされて、シロとはぐれちゃった。洞窟の中だけど周りは見えるからスマフォのライトはつけなくても大丈夫そう」
そして、肩からカバンを下ろして中身を確認する。
「水のペットボトルとシロ用の飲み水が入った水筒、シロのおやつ、スコップ、ウェットティッシュとゴミ袋、ボールか。ん~、あんまり役に立ちそうなものは無いな~」
穂香は落ち着くためにペットボトルから水を少し飲んだ。そして、自分の尻尾を持って指で毛並みを梳かしていく。
「ふぁ~、落ち着く~」
穂香の顔はみるみる内に緩んでいた。どうやら自分の尻尾が安定剤代わりになったようだ。
「迷ったときはその場で待つっていうのがいいらしいけど、こんな場所は誰も来ないよね……」
穂香はため息を吐いた後、立ち上がる。
「よしっ、シロをまず見つけよう! まずはそこからだ!」
拳を握って決意を決めて、恐る恐る歩き出した。
(怖い怖い怖い)
決意を決めたものの、穂香は不思議な場所をいきなり一人で探索するのは怖かった。それでも、シロを探すため、一歩一歩確実に歩いていく。何かあったらすぐ逃げないとと考えながら、精一杯周りを警戒していると不思議なことにいつもより、鮮明に音が拾えるような気がした。そしてその音はいつもとは別の場所から聴こえるようで穂香はビクッと肩をこわばらせた。
「え?」
穂香は確かめるように昨日まではなかった頭に生えているものを触る。狐耳だ。どうやら、これが音を拾っているようだ。
「何だろう? よくわからないけどこの耳からも音が聴こえるみたい」
不思議に思っていると、何かの足音のような音をその耳が拾った。
「もしかして!」
穂香は自分の身体に起きている不思議な現象より、シロを探すことを優先し、狐耳で拾える音のする方へと駆け出した。
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