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狐さん、もふもふする

 穂香は手鏡にに映しだされた自分の姿に驚いた。そして、背後からの母親の呼び声を振り切って、洗面台の方へパタパタと駆け出す。


(これはきっと夢! 早く目を覚まさないと!)


 顔を洗えば眠気が飛んで、ちゃんとした現実に戻れるはず。そんな思いから洗面台の蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗う。


(うひぃ~! 冷たいよ! でもこれできっと目も覚めたはず!)


 水道から出てきた水はとても冷たく、手はかじかみ顔は肌がヒリヒリするような感じがした。それでもそのお陰でしっかりと意識がはっきりしたと穂香は濡れた顔のまま、洗面台の鏡を見る。しかし、現実は非情なものだった。いや、非常識なものだった。二等辺三角形の耳は色素の薄い茶色の毛をベースに、耳の先端部分はやや黒くなっている。


「耳が……、動物の耳が~~」


 冷たい水で顔を洗っても変わることのない現実。穂香の頭には、ふさふさと毛の生えた二等辺三角形の獣の耳みたいなものが生えていた。穂香が確かめるように自分の髪を掻き分けてみると、髪で隠れた人間の耳が出てきた。それを見て「よかった」とほっと息をつく。音の聞こえ方は今までと変わらず、違和感などはなかったとはいえちゃんと確信することでやっと安心できたのだ。


 そして、次に穂香は自分のお尻付近を見てみる。するとお尻と腰の間ぐらいの位置に見慣れないものが、パジャマのズボンを突き破って出てきていた。尻尾だ。それは60㎝くらいの長さをしており、犬とは異なるふさふさとしていた。ケモミミと同じように薄い茶色の毛をしているが、尻尾の先端は白色になっていた。


「狐……なのかな?」


 穂香は自分の身体に突如出現したケモミミと尻尾の特徴が狐のそれに近いと感じた。

 そして、観念したように穂香は自分の頭に生えたそれを手で触れてみる。それはサラッとした手触り、それでいてもふっとした感触を手に与えた。そしてなにより手で触れられたことによるどこかくすぐったい様な感覚を穂香自身が感じていた。それはまるで自分の身体の一部であることを穂香に伝えるかのように。


「ふぉ~」


 今までなかったはずのケモミミから確かに感覚があることに驚きの声を上げた。なんだかむず痒いような気持になりながらも、次は尻尾を両手でにぎにぎと握ってみる。


「わ〜、モフモフだ〜!」


 手に返ってくる感触に思わず穂香は目を輝かせた。ふさふさの毛がふわっふわっに膨らんだ尻尾は、手で握ると心地よい。穂香はもともと動物の毛並みを触るのが好きだ。家で飼っているシロを撫でるのも好きだし、散歩中出会う他所の子を撫でたりするのも好きだ。そんな穂香が今までで一番さわり心地がいいと思ってしまうほど、自分の尻尾の毛並みやモフモフ感は至高のものだった。


「って、違う!」


 自分の尻尾の魅惑的感触に再び夢見心地になってしまっていた穂香だが、その魅惑を振り払うように手に持った尻尾を投げ下ろすように離した。


「どうしてこんなことになってるの? それにどうしようこの髪。髪の毛の色が変わっちゃってる。先生に怒られるかな~。でも高校は茶髪くらいなら大丈夫だよね?」


 ケモミミや尻尾に比べれば大した変化ではないかもしれないが、穂香の髪や眉毛、まつ毛などの毛色もケモミミや尻尾と同じ薄い茶色になってしまっているのだ。それどころではないはずだが、受験生でもある穂香は学校への影響が気になってしまった。


「寒い」


 寒さで顔が濡れたままであることに気づいた穂香はタオルで顔を拭いた。一通り驚いたことで少し冷静になった穂香は、母親がいたリビングに戻る。

 するとリビングには母親だけでなく、起きてきた父親もいた。


「お父さんおはよう」


「うん、おはよう穂香」


「お父さんは、……いつも通りなんだね」


 穂香は父親の頭のてっぺんから下まで見た後そう言った。母親や穂香と違って、父親にはケモミミも尻尾も生えておらず、いつも通りの見た目をしていた。


「ああ、僕は変わりないんだけど。びっくりしたよ。母さんも穂香も大変なことになってるね。テレビやネットニュースで同じようなことになった人がいるって話題になってるよ」


 そう言って父親はリビングにあるテレビを指さした。穂香は指さされたテレビ画面に目を向けると、ニュースではアナウンサーの女性が報道している様子が表示されていた。


「ふぉ~」


 そのアナウンサーの頭には穂香たちとは違い猫耳が生えていた。おかしな現象が起きているのが我が家だけではないことに安心していいのかどうかわからず、穂香は首をひねる。


「どうしたらいいんだろう?」


 その穂香の問いに、父親も母親も困った顔をして言う。


「僕も流石にこんな状況じゃどうしたらいいかわからないな。しばらく、様子見るしかないよね」


「そうね。私もどうしたらいいのかわからないわ」


 母親は穂香の髪を少しつまんで言う。


「う~ん、色が同じになっちゃったのかしら?」


「あ、そうなんだよ。髪の色とかも変わっちゃってるんだよね。お母さんは、……どっちかわからないね」


 穂香の母親はケモミミと尻尾の毛の色と髪の色が違っていた。ケモミミと尻尾の毛の色は穂香と同じ薄茶色だが、髪の毛の色はこげ茶色をしていた。その髪色は前日と同じだったのだ。母は穂香の髪から手を放し、自分の髪を摘まむ。


「私の地毛の色も変わってるんだとしたら、もう髪の毛の色染める必要がなくなって助かるけど……」


 どうやら髪を染めている部分に関しては変化していないようだ。その地毛がどうなっているかはまだわからい。髪の毛が伸びてくれば、変化があるかどうか分かるはずだ。


「でも、本当にどうしましょう。着れる服もないし、こんな耳と尻尾が生えてきちゃって……」


 母はあれやこれや考え出して、混乱が深くなってしまっているようだった。穂香としても気持ちがわかるので、焦りの気持ちがわいてきてしまった。しかし、それを遮るように父が言葉を発した。


「まぁまぁ、落ち着いて。その耳も尻尾も、母さんにすっごい似合っているよ。いつもの母さんも綺麗だけど、正直惚れ直しちゃったよ」


「あ……あら、やだわあなたったら。そんな揶揄うようなこと言って……」


 母は父の言葉に照れたように髪を指でねじり始めた。父は母に近づき両肩を掴んで、正面に立った。


「そんなことないよ。これは僕の本心だ」


「あなた……」


 見つめ合う父と母。


「あ~、うん」


 それを見て冷静になった穂香は頬を指でかく。


「……シロの散歩に行こう」


 とりあえず日課をこなすことにするのだった。

読んでいただきありがとうございました。

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