狐さんの食欲
穂香は来た道への戻り方がわからないので、シロと慎重に周囲の探索を始めた。勾玉を装備したからたと言って何か変わったところは今のところ感じられない。
木々の枝に遮られ、空をよく見ることはできないが太陽のものは見えない。しかし、どういうわけか曇りの日くらいの明るさがありどこからか微風が吹いている。巨大カマキリから逃げ回っていたときは周りに気を配る余裕がなかったが、こうしてゆっくり歩いてみると様々な植物が自生していることに気づく。見覚えのある植物が多く生えている。ここは洞窟の中と違って自然があふれていた。2月の今の時期に総合公園でよく見る植物が多く生えているため、まるでダンジョンから出られたのではないかと錯覚してしまうほどだ。
「は~~、もう少し時期が遅かったら山菜捕れたかもしれないのに……」
食べられそうな山菜は見当たらず穂香はため息を吐いた。穂香達が普段散歩している総合公園は、春になると多くの山菜が自生する。しかし、現在は芽吹くにはまだ少し早い時期だ。
穂香は総合公園付近でとれる山菜の知識には自信があった。それは穂香が小学生の時、自由研究で総合公園で採取できる山菜とその食べ方を題材に取り組んだことがあるからだ。その好奇心は夏休みに留まらず、美夜子を巻き込み一年かけて山菜の調査(味見)を行ったほどで、時期が違えばこのダンジョン内でも食べ物に困らなかったかもしれない。
探索ついでに食べれそうなものや飲み水がないかシロと探しているが今のところ成果はない。
『!』
突然流れてきた思念に穂香はビクッとした。どうやらシロが何かを見つけたらしく、念話で穂香を呼んだようだ。シロは少し離れた木の下から、穂香を呼ぶようにこちらを向いているのが見えた。
(念話、なかなか慣れないな~。念話って人とだったら会話できるのかな)
念話自体便利なものだと思っているが、シロとの念話は言葉ではなく感情みたいなものが飛んでくるのだ。それでも今までよりちゃんとしたコミュニケーションを取れるというのは飼い主にとっては嬉しいものである。穂香は微笑を浮かべつつシロの元へと向かった。
「何か見つけたのシロ」
覗き込むようにシロの背中越しに見ると、木の根元に複数のキノコが生えていた。そのキノコは10~20㎝ほどの褐色のカサと白色のひだを持っていて、しめじを大きくしたような見た目をしている。
「お~、よく見つけたね。えらいえらい」
穂香はシロを褒めて撫でるとシロは嬉しそうに尻尾を大きく振った。ダンジョン内で食べれそうなものが初めて見つかった。穂香はシロの頭を撫でながらキノコをじっくり観察する。
(これ、ヒラタケかな? ん~、でも少し違うような気もする……。もしツキヨダケだったら毒キノコだし)
ヒラタケは食用となるキノコだが、よく似たツキヨダケは毒キノコなのだ。山菜に比べると穂香にキノコの知識は少ない。穂香は自由研究の時にキノコも含もうとしたのだけれど、キノコはリスクが高いからダメだと両親から止められてしまったのだ。それでも、山菜を探すときに見つけたキノコをこれは食べれるやつなんじゃないかなと調べていたので普通の人よりは知識がある。
「そうだ! 収納に入れてみよう!」
穂香はポンと手を打った。現在収納に入っているモンスターからのドロップアイテムは名前が表示されていることを思い出したのだ。だからこのキノコも収納に入れることで、ヒラタケかどうかわかるかもしれないと考えたのだ。
早速穂香はサポートボードを開いて、収納にキノコを入れてみた。
「キノコって……、それは知ってるよ」
穂香はがっくりと肩を落とした。収納に新たに表示されたアイテム名にはただ“キノコ”と表示されるだけだったのだ。
(収納に表示されるアイテム名にもルールがあるのかな? そういえば私のカバンはショルダーバッグって表示されるだけだし)
それでもせっかくなので見つけたキノコの内、大きいものは採取して収納にしまっておくことにした。
再び探索を再開するも、なかなか成果はでない。ただ、探索中に複数のモンスターと遭遇して戦うことになった。巨大カマキリや洞窟にいたのと同じ大きなアリ、それに大きな芋虫と虫のモンスターばかりだ。何度も狐火を使用することになるので、MPの消費が気になるところだがどういうわけかMPを使用してもいつの間にか回復しているため今のところ問題は出ていない。
適度に休憩を入れてはいるが、歩きどおしで体は疲れてきている。むしろよくこのぐらいの疲労感で住んでるものだと不思議に思う。穂香は体力には自信があるほうだがそれでも普段ならここまで動けないはずだ。それにシロはまだまだ元気なようで、穂香から離れすぎないように位置取りながら今も周囲を歩き回っている。
(とはいえ、闇雲に探すのは体力の消費がつらいよ。もっと何かいい探し方無いかな?)
シロに目を向けると、辺りの匂いを入念に嗅いでいる姿が目に入る。
(匂い……か。シロは確か嗅覚強化のスキルを持ってるんだよね。キノコを見つけたのもそれのおかげなのかな?)
「スキル……そうだ。私には聴覚強化があった」
穂香は自分の狐耳を触ってみると、柔らかな毛並みと温かい温度が手に返ってくる。不思議なものでいつの間にか違和感を感じなくなっていた。
穂香は目を閉じて、狐耳をピンと立てて集中して水の音が聴こえないか耳を澄ませてみる。『聴覚強化』と念じると、遠くの音が聴こえてきた。とはいえ、少しクリアに聞こえるだけだった。
何度も狐火を使用したからか、穂香はスキルを使用するたびに胸の中心あたりが熱くなり、何かが使われるような感覚がわかるようになっていた。そして胸の中心あたりの熱量によって、狐火の強さが変わることも。聴覚強化のスキルも同様にその何かが消費されているのが分かった。
(もっと!)
穂香は意識的に、胸の中心が熱くなるよう様に集中する。すると音がどんどん鮮明に聴こえてきた。草が風に揺れる音、シロの足音。穂香の狐耳がピクピクと動く。
そして、ぴちゃんという水滴が落ちる音が聴こえた。
穂香はカッと目を開いて、音が聴こえた方角を見た。
(今の音! もしかして)
「シロ!」と呼びかけると、すぐさまシロは穂香の元に駆け寄ってきた。
「あっちにお水があるかもしれない。行ってみよう」
穂香は先ほどの方角を目掛けて、シロを伴ってずんずんと進んでいく。集中が途切れた瞬間にスキル効果が弱まって水の音が聴こえなくなってしまったが、穂香は確信を持っていた。今も狐耳を動かしながら水の音を探しながら進んでいる。
『止まって!』
穂香はシロに念話でそう伝え、足を止めた。不意にその狐耳が音を拾ったのだ。それは水の音とは異なるガサガサと草を掻き分けるような大きな音だ。シロも何かの匂いを嗅ぎつけたようで鼻にしわを寄せ警戒するように音のした方向を睨みつけている。
穂香とシロは慎重に音のした方に近づいていく。するとそこには今まで遭遇したことのないモンスターが遠目に見えた。
『『お肉だ!』』
穂香とシロの念話が一致した。そこには一匹の猪がいたのだ。他のモンスターと同じく通常より大きな体をしている。何よりその大きな体に見合った鋭く立派な牙を持っていた。今は穂香達に気づかず木の根に顔を向けている。どうやら食事中のようで咀嚼している音が聴こえる。きっと正常な思考をしていたのであれば、これ幸いと逃げるのが普通であろう。
穂香とシロは顔を見合わせて、頷いた。
『『狩ろう』』
一人と一匹の犬には巨大な猪はもうただのお肉にしか見えていなかった。
読んでいただきありがとうございました。




