みみみみみみみ
閑静な住宅街のとある一軒家。その家のとある部屋で、ピピピッと鳴り響くスマートフォンのアラームが夜の終わりを告げる。
「うぅ……」
穂香は鳴り続けるアラームの音に耐え切れず薄目を開けた。
(眠い……)
布団の中からサイドテーブルの上にあるスマートフォンに手を伸ばし、アラームを止めた。そしてスマートフォンを持ったまま、布団の中に手を戻した。
しばらくすると布団の中でスマートフォンのアラームが再び鳴り出し、また穂香がアラームを止める。
そんなことを何度か繰り返した後、やっと穂香は上半身を起こし目を覚ました。穂香は朝に弱いため、一度のアラームで自分が起きれないことを知っている。だからその対策として、5分起きにアラームが鳴るよう設定しているのだ。
スマートフォンの画面には5:15と表示されている。今日は4回目のアラームで何とか起きれたようだ。
穂香はベッドに腰掛け、「ふわぁ〜」と欠伸をしながら両手を上げて伸びをした。そして、ブルっと震えて自分の身体を両手で抱きしめるようにした。
「……寒い」
2月の朝はまだまだ寒い。室温は低く、空気がヒンヤリとしていた。カーテンを少しめくって外を見てみるも、外は暗くまだよく見えなかった。
そんな早朝に起きるのが彼女の習慣だ。
部活の朝練のためではない。中学3年ということもあって部活はすでに引退しているし、もともと穂香が所属していたバレー部に朝練はなかった。
「……シロのお散歩……行かないと」
シロというのは彼女の家で飼っている犬の名前である。そのシロの朝の散歩は穂香の担当なのだ。毎朝の散歩を楽しみにしている愛犬のために、穂香は寒さを我慢して立ち上がる。
カーディガンを羽織って、もこもこのスリッパを履き防寒装備を整えた穂香は決意を胸に部屋を後にした。
彼女は顔を洗って目を覚まそうと、眠い目をこすりながら階段を降り洗面所へと向かった。
一階にたどり着くと、リビングの扉から明かりが漏れていて既に明かりがついているのが分かった。そして何やら慌てたような母親の声が聞こえる。
「あれ? お母さん、もう起きてるんだ。……今日何かあったかな?」
穂香は首を傾げた。穂香の受験は昨日終わり、今日は学校もない。穂香の父親も会社に行くのは7時半くらいなので、両親はいつも6時半くらいに起きているはずだった。
「……どうしたんだろ?」
リビングからはドタドタと騒がしい音がする。様子を確認するために、穂香はリビングの扉を開けた。
「おはよう、お母さん。どうしたの? 朝から騒がしくして、ご近所さんの迷惑になっちゃう……よ?」
穂香は自分の目にした光景が信じられず、フリーズした。それも仕方がないだろう。
リビングには手鏡を手にした母親がにいた。ここまではおかしいものはない。しかし、ここからがおかしい。母親の頭とおしりの部分に見慣れぬものが付いた。それは明らかに不自然なものだったのだ。
「あら穂香。おはよう」
母の返事に再起動した穂香は目を瞬き、こすってもう一度母を見る。しかし、先ほどと変わらぬ光景が目に映った。自分の母親の頭に三角の獣の耳、おしりの付近からはゆらゆら揺れる尻尾のようなものが付いていた。
「おっ、お母さん!? その格好どうしたの? コスプレ?」
「違うわよ~。確かに一度くらいこういうコスプレしてみたいとは思ってたけど」
(思ってはいたんだ!?)
「ほら、ちょっと見てて」
そう言って母親は自分の頭に付いている獣耳を指さした。穂香は何があるのだろうかとそれを見つめる。するとその獣耳がピクピクと動きだした。その動作はどう見ても作り物には見えなかった。
「えっ? えっ? どうなってるのそれ?」
穂香が驚きの声を上げる。
「ほらこっちも。こんなことができるのよ」
そう言って母親が自分のおしり付近に付いている尻尾を指さすと、その尻尾が動いて母親の体に巻き付いた。
「……!?」
穂香は驚き過ぎてうまく声を出すことができなかった。
「ね〜? 不思議よね?」
頬に手を当て、小首をかしげる母親の姿に穂香は頭を抱えた。
(お母さん、前から天然だとは思ってたけど不思議じゃすまないよこれは!? どどどどうなってるの?)
「だ、大丈夫なの身体は? そんなのついて痛かったしないの?」
穂香の質問に母親は目をぱちくりさせた後言った。
「あら? あなたもよ?」
「え?」
穂香は母親の言葉の意味が理解できなかった。
(私も同じ? それって……)
「ほら」
そう言って母が持っていた手鏡を穂香の姿が映るように向けた。
「な、ななな……」
鏡に映る自分の姿を見て、穂香がワナワナと震える。
「なにこれ〜〜〜〜〜!?」
穂香の頭にも母の頭にある耳によく似た、三角形の獣耳がついていたのだ。
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