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番外編 胡蝶の館と忘れじの匠 3





「うーん、結局わかんないよ……」


音楽が空気を満たしている。

セレノウ大使館のメイドは二交代制であり、ドレーシャなどはほとんど住み込みで働いている。

非番の日であっても何かと仕事をしている彼女だが、この時は珍しく街に出ていた。


ハイアードキールの街は大いなる祭りの日々を前にして、すでに浮足立っていた。あちこちで飲み屋に人が集まり、早くも夜通しの騒ぎに興じようとしている。

それは燎原の彼方から押し寄せる火の津波のごとく。やがて全てを焼き尽くさんとうねる時代の熱。クイズの熱気というものであった。


あれから三日が過ぎている。

馬車は徹底的に調べたが、何かしら簡単に解体できる仕掛けだとか、サイズを縮められるカラクリは見つからない。


王室に鳩を飛ばすなり、馬を走らせれば分かるのだろうが、ここまで来るとメイドたちにも意地があった。


「やっぱり何かのミスなのかなあ……。馬車を入れてから馬車庫の扉を作って、その時に小さく作りすぎたとか……」


手元の札に「三枚の金貨」と書いて上げる。


ミスという考えはだんだんと頭をもたげてくる。何しろ御料馬車が馬車庫を出たところを見たものがいないのだ。使われなくなって久しいとは言え、扱いがぞんざいだった印象もある。


それは馬車庫もそうだ。高価な軟玉とはいうが、見た目は石造りの素朴な建物。丁寧に漆喰が塗られているが、白一色であまりにも飾り気がない。セレノウの職人技は感じられない。


あの馬車庫だけはセレノウの技では無いのだろうか。ハイアードの適当な業者が建てたもので、あのようなミスを。


手元の札に「生クリーム」と書いて上げる。


しかしそれは、あまりにも安易というか、他者の責任だと決めつけてる風に思える。

では現実として、馬車が出ていないことをどう説明すればいいのか。


「ううー、明日にはお姫様が来ちゃうのにー! 解決しておきたかったよー」


手元の札に「ベランダ」と書いて上げる。


「はい14番のお嬢さん、5問正解一番乗り! ドリンクのサービスでーす!」


ここはハイアード市街地にあるクイズバーである。ホール中央の司会者が次々と問題を出し、それに上げ札で答えていくという余興が行われている。

茶のズボンに灰色のシャツというくつろいだ姿であるが、どうも仕事のことばかり考えてしまう。アルコールで己を軽い酩酊に置く。


「お強いのね」


ぎしり、と隣に腰掛ける人物があった。


「いえいえ、それほどでも。クイズ好きだし」


真紅のロングドレスで着飾った、濃い化粧の女性である。ウェーブをたっぷりかけた金髪に、腕周りを飾るたくさんの腕輪、そして腕時計。多少、目鼻立ちがくっきりしすぎる化粧とはいえ、夜の宝石かと思える美しさがあった。


次のラウンドが始まっている。手元の札に「ウィガン列石」と書く。


「セレノウの方かしら?」


それはセレノウのマイナーな観光地だった。ホールの中で正解したのはドレーシャだけのようだ。


「はい、田舎の生まれですけど」

「あら奇遇ね、私もそうなのよ」


セレノウで栄えている都市といえば銀弓都セレノウリフのみ。あとはいくつかの町と、農村や漁村があるのみだ。

セレノウリフにはお洒落な飲み屋や歓楽街と言えるものが乏しく、ハイアードへ飛んで夜の蝶となる者も多い。


「正解してるのに浮かない顔ね、何か悩みでもあるのかしら」

「うう、実は」


お酒の勢いもあったのか、セレノウ大使館ということは伏せたものの、どこか大きなお屋敷の話として馬車のことを語る。


「へえ……出せない馬車、面白いお話ね」

「面白くないですよ! もう最後の手段で入り口を壊そうかって話になってて」


二人はそれぞれ手元の札に答えを記し、5問目ごとにドリンクやらケーキやらが運ばれてくる。


「あれがもしミスじゃないなら、すんごいイジワルですよ! クイズにしてもヒントが無さすぎます!」

「クイズ……」


ロングドレスの女性はドレーシャの背中に手を伸ばし、その背をそっと撫でながら言う。


「確かに、セレノウの職人はひねくれ者が多いわね。国民性と言ってもいいと思う。優れた技を追い求めてるのに、それを見せびらかさない。執拗に美を極めていながら、それへの感想を求めようともしない。慎ましい美徳にも聞こえるけど、どこか二律背反。鬱屈してるようにも思える」

「あの、そこまで言ってないです」

「古い国だものね。頑迷固陋だとか、老獪だとか言う人もいる。いくら職人技が凄くても、それは特権階級だけの趣味の領域。生産力でハイアードやラウ=カンには勝てないでしょう。どこかで変わらなければ、やがて古びて朽ちるのみかも知れない。たとえセレノウの職人技が、この世のものでは無いとすら言われていても……」

「あのえっと、私、セレノウのメイドとしてはその話乗りづらいんですけど」

「あら、ごめんなさい」


女性は苦笑し、タンブラーを揺らす。


「私はね、クイズは心を映すと思っているの」

「心ですか?」

「そう……優しい人のクイズはとても楽しい気持ちになれる。意地悪な人のクイズは手応えがある。その馬車の件がクイズだとするなら、仕掛けた人の気持ちになるといいかもね」

「仕掛けた人……」


それはやはり、セレノウの職人だろうか。

8年をかけた可能性もある仕掛け。


それは何のために?


技術を見せびらかさない、しかし見てほしい。そんな二律背反の意思が働くとするなら。


これは、ある意味ではクイズではない・・・・・・・


謎掛けでも、知識を問うでもない。あるのはただ職人の技のみ。


あの不可思議な状況は手品じみた仕掛けではなく、超絶なる技にて実現されるのだとすれば。


「……もしかして」


はっと、脇を向く。

もう誰もおらず、ただ口紅の残ったタンブラーだけが。


酔いが覚めてきて、その真紅の姿が思い出されてくる。どこか気高い顔立ち、浮世離れした美しさ。


「あれ……今の、人って……」





こおん、と音が響く。


雪のように白い肌。驚くほど細い首。ガラスのような銀髪を持つメイド。銀色リボンのカル・キが馬車庫の外周を歩く。

手には二股の音叉。それを漆喰の壁に打ち付け、反響音を聞く。


彼女の専門は音楽。あらゆる楽器に通じ、伴奏はもちろん調律もこなす。聞いたものは少ないが、歌も超一流なのだとか。


「ここです」


薄い金属板をひっかくような声。妖精のささやきのように言う。


「この部分の響きがわずかに異なります」

「ありがとうカルちゃん。これで分かったよ」


背後にはメイドたちが整列している。いったいメイド長は何を見つけたのか、この馬車庫に何があるのか興味津々である。


リトフェットが進み出る。


「メイド長、仕掛けは馬車庫の方にあったのですか?」

「そう、この飾り気のない感じ、それはね、とびっきりの仕掛けがあったからなんだよ! 見えないところのオシャレってやつだね!」

「少し違う気がしますが……」


しかし木の板ならともかく石材の壁である。隠し扉など作れるわけがない。それが一般的な考えだろう。


「これはね、銀弓都セレノウリフの職人技。いえ、まさに神業なんだよ! 宝石のように磨き上げられる軟玉、カンラ岩石の馬車庫だからこそ可能な技……」


一度中に入り、天井を見上げればはりが真上を通っている。思った通りだとうなずき、また外へ。


「いくよー!」


そして踏ん張り、思い切り壁を押す。


継ぎ目など一切見えない白一色の壁。そこに満身の力を込め、脚が土をえぐり返しつつまだ押す。


そして。

壁が凹む。


「あっ」


一般メイドの声。ドレーシャはさらに押す。

壁の一部が天井にまで線を刻む。それは複雑な曲線により構成された樹木の意匠デザイン。枝を伸ばし、花をつけ、そして樹に留まるのは蝶である。大きなはねと触角を持つ蝶の意匠デザインが一筆書きの絵のように描かれている。


それは天井の梁に沿って動いていた。レールのように天井に吊られているが。それでもかなりの重量。壁との摩擦でずりずりと石片をこぼしながら押し込まれていく。そして壁から完全に外れ、まだ前進。


「とりゃあああああ!」


そしてぐいぐいと押していき、どしん、と反対側の壁まで到達。


「ふう、できたよ!」


それは樹である。


天井まで届く細身の樹。それに人の顔ほどもある大きな蝶が留まっており、よく見ればその蝶の翅は剣になっていた。


棺の蝶エイルコートですね」


リトフェットが言う。


「剣の翅を持ち、死者の眠りを守ると言われるセレノウの古い神。その意匠ですか」

「すごいのでぇす。こんな彫刻ぜんぜん見えなかったのでぇす」


上級メイドたちが中に入ってきて、採光窓からの光を受けたそれを見上げる。暗がりの中で漆喰の白さは印象を増し、細部の優美な曲線を見せつける。


「これすごいよ! 壁にこの形に穴を開けて、完璧に同じ形の彫刻をはめ込んだんだよ! そして上の梁がレールになってて、反対側の壁まで押せるの!」


壁から彫刻の形に切り出したのではこうはならない。わずかな切り屑でもはっきりと輪郭が見えるからだ。


入口の戸、その片方を強く押すと、入り口が横にスライドする。


「入り口にも仕掛けがある! 彫刻を抜くと、こうして間口が広げられるんだよ! あの彫刻はおそらく0.001リズルミーキの狂いも許されない神業! そして一度でも動かしちゃったら、もう二度と戻せないんだよ! いまこぼれた石の粉だけでも、彫刻の輪郭が見えちゃうから!」


薄紫のリボン、カヌディがおずおずと発言する。


「と、ということは、もしかして」

「そう! この彫刻は、たった一度だけ動かせるんだよ! ここに御料馬車を置いて、この彫刻を作って、いざ馬車を出す、その一度だけ驚かせてくれるんだよ!」

「あらあ、それでしたら、この彫刻を出した穴はどうするのですかあ?」

「どうにもできない!! だから補修部品に石灰と古新聞があったんだよ! おかしいと思ったの、新聞の管理はロルちゃんの仕事なのにね! 馬車庫にあったのは漆喰の材料なんだよ! この穴は漆喰で埋めて、その補修跡がまた壁を飾るんだよ!!」


おお、とメイドたちから声が上がる。


「ということは」


と、ぎらりと眼鏡を光らせるリトフェット。


「一世一代の仕掛けですよね。新聞社とか呼んで大々的にお披露目したほうがよかったのでは?」

「う……そ、そうかも……」


ふう、と副長はため息をつきつつ、手を叩いて場を締める。


「さあさあ、そうと分かれば壁の補修にかかりますよ。この彫刻は祭りのときにお客様にお見せしましょう。観覧のルートも作っておきますかね」

「うう、リトちゃんもっと驚いてよ……」





いろいろあって時間も流れ。


大使館の前庭には使用人たちが整列している。メイドたちを前面に、執事や庭師や料理人ほか諸々。セレノウが小国とはいっても50人は下らない眺め、なかなかに壮観である。


「ま、マロルちゃん、今日は第一王女さまだけだよね?」

「なのでぇす。第二王女は公務が少ないですので後から来るのでぇす」

「そこ、私語は慎みなさい」


水色リボンのメイドが歩き回り、使用人たちの身だしなみを直す。


「来られました!」


小間使いの男が駆けてきて、使用人たちがびしりと背筋を伸ばす。


それは大きく立派な馬車ではあったが、王族が使うにはやや簡素なものだった。箱型の客車が前庭に入ってきて、メイドたちの前で止まる。


そして降りてくるのは、真紅のロングドレスを着た人物。


「あ、やっぱり……」


ドレーシャがつぶやく。女性はウェーブのかかった金色の髪を揺らし、しずしずと歩を進め。


ふいに、その髪をぱちりと取り外す。


「…………え?」


眼が点になるドレーシャの前で。

リトフェットが歩み出て、同じく水色リボンでまとめた髪からぱちりと金具の音。すると中からあふれるような金髪が。


「リトフェット」


そしてリトフェットが、眼の前の人物をそう呼ぶ。


「あなたから見てメイド長はどうですか」

「少し時間がかかりすぎましたね。しかしまあ、自力で溶ける石像メルティニアにたどり着いたことは認めましょう」


ドレーシャが周囲を見る。誰もひとかけらの動揺も見せない。頭を垂れて整列を続けている。


そして御者が赤いマントを差し出し、それを羽織る。見事な金髪に燃えるような赤が合わさり、王族の気高さというものが足元から湧き立つ。


溶ける像メルティニア……セレノウにも10とは残っていない超絶技巧ですが、まさか大使館の馬車庫に作っていたとは。しかもそれを誰にも秘したまま他界してしまうとは、セレノウの職人にも困ったものです」

「メイド長のテストに使うアイデアは秀逸だったと思われます」

「死後何年も経って公開するのも妙ですからね。それに、他にもいろいろなことをテストできました……」


そして、リトフェットだった人物は。


今はセレノウ第一王女、アイルフィル・セレノウ・ティディドゥーテは、メイドたちの一人一人に視線を注ぐ。


「カヌディ、マロル。文書記録から溶ける像メルティニアを見つけ出した手腕、高く評価いたします」

「あ、ありがとうございます」

「ただの偶然なのでぇす」


「モンティーナ、ラクアニト、私とリトフェットの容姿を入れ替えた技術は見事です」

「あらあ、光栄ですわあ」

「ふ、ふふ……特別製の、ウィッグです……」


「マニーファ、浄化と風化は表裏一体とはよく言ったものですね、よくぞ馬車庫を自然に汚せたものです」

「おまかせだよお」


「モリス、ベイリコ、カル・キ、他の上級メイドたち、そしてセレノウ大使館に集まったすべての方々。よく毎日の仕事を果たしてくれていると耳にしております。あなた方ならば職人の国、歴史ある国、古き神々と妖精の国、セレノウの名に恥じぬ働きができると信じています」


物言わぬ首肯。微動だにせぬ中にも強いプロ意識と、主君に向ける崇敬の感情が流れている。


「そして、新しいメイド長、ドレーシャ・ヴォー」


歩み寄る。世界に名だたるクイズ戦士であり、歴史ある国の第一王女。

アイルフィルが玄妙な笑みにて微笑みかける。


「合格です。今後の働きを期待していますよ」

「あの、アイルフィル様」


どうしても、その一言だけは言わねばならぬとの決意で口を開く。


「昨夜、お会いしたあなたは本人だったのですか? それともリトちゃんだったんですか?」

「さあ、どちらでしょうか」


口の端に口紅の香りほどの笑みを浮かべ、そっと唇に指をあてる。


「女には、定まった姿などありませんからね」


(……ああ、やっぱり)


ドレーシャの背中を、喜びの熱が上がってくる。


この主人も、やはりセレノウの人なのだと。


謎めいていて、美しくて、卓抜なものを秘めている。愛すべきセレノウの人なのだと感じる。


一筋縄ではいかないメイドたちと、深く深淵なる胡蝶の国。


ドレーシャは大いなる期待を込めて、その手を大きく突き上げた。




「はい! ドレーシャ・ヴォー! メイド長として頑張ります!!」








(おしまい)



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