05-15
「お、おいおいジョン。
いきなり何を言ってるんだ?」
振り返った次の瞬間、処刑を止めた男が己だと判断したらしきガイレウは、瞬時に周囲へと視線を走らせて状況を把握し……即座に右手を横に伸ばすことで周囲の連中を宥めながらも、己に向けて周囲の怒号に負けない大声でそう問いかける。
恐らく、頭の良いコイツはその一瞬で己と周囲の連中との相互の戦略的価値の差を判断し……リスクを冒してでも自身が交渉することで、何とか場を繋ごうとしたのだと思われる。
事実、この連中が血迷って己に襲い掛かってきたところでたかが三十人程度、しかもろくに戦闘訓練を受けてない草原の盾のただの住民。
勿論、己はこんな連中の言うがままに素直に袋叩きに遭うほど奇特な人間でない上に……流石に一般市民を斬り捨てる趣味はないものの、「五人くらい手足をへし折ってやれば大人しくなるに違いない」と考えている類の物騒な人間である。
事実、周囲の殺意が向けられた時に、誰にも気付かれぬように愛刀の鯉口を静かに切っている。
そういう彼我の戦力差を考えたガイレウは、住民を己に嗾けることも出来ず、だけど放置も出来ず……だからと言って脳みそに血が回った連中を押さえつけることも難しいだろうことを理解した上で、己の真意を問うため全員に聞こえるような大声でそう話しかけてきたのだろう。
「率直に言う。
ソイツの身柄を引き渡してくれ」
そんなガイレウのヤツの心境を理解しつつも……説明が面倒だった己は特に言葉を飾ることなくそう言い放つ。
実際のところ、最近は牙獣ばかりを相手にしていて、対人戦から離れたのを実感しているからこそ……その素っ気ない態度に「周囲の連中と手合せくらいしたい」という己の欲求が混ざっていることは否定できないのだが。
「てめぇっ!
いきなり出てきて何を言ってやがるっ!」
「てめぇも袋叩きに合いたいかっ!
神殿兵だからって調子に乗ってんじゃねぇっ!」
「そんなヤツ、とっととぶっ殺せっ!」
当然のことながら、頭ごなしにそう告げられた暴徒たちは己に向けて殺意を飛ばしてくるものの……己が堂々と立っている所為か、それとも周囲の殺意に釣られて己も若干殺気立っている所為だろうか。
非常に残念なことに、血の気に逸っている筈の武器を手にした若い連中でさえ、己に対して実力行使はしてこなかった。
もしかすると己が着ているこの神官衣に怯えているのかもしれないし、城壁の上で牙獣たちを叩き斬りまくった姿を誰かが覚えていただけかもしれない。
少しだけ対人戦を期待していた己としては肩透かしを食らった気分である。
「ジョン=ドゥ。
それは、神兵としての要求か?」
宥めるように手を動かすことでそんな殺気立った連中を押さえつけながら、ガイレウは己に向けて堂々とそう問いかける。
少なくともその一言で周囲から漂う殺気が若干和らいでいて……それは機転を利かせたガイレウのヤツが大声で己がただの神殿兵ではなく神兵だと周囲に告げたお蔭なのだろう。
個人的にその両者の違いについてそこまで詳しくないので分からないのだが、これほど頭に血が上った連中でさえ静まりかけるのだから、それなりに大きく違うらしい。
「ああ、そうだ。
正確に言うと、牙の王の正体を突き止めるためにソイツに協力して貰いたいだけだが」
空気が変わり、待望の切った張ったがなくなったことを理解した己は、さり気なく鯉口を切っていた左手を愛刀「村柾」から離すと、周囲に聞こえるような大声でそう言い放つ。
ここで神の教えや人道主義などを説いていれば……周囲の連中が考える「帝都の神官らしい行動」を取っていれば、周囲の連中は確実に暴徒と化して己に襲い掛かってきたに違いない。
だけど、己は宗教を広めるつもりもなければこの神聖エリムグラウト帝国とやらの勢力拡大に協力するつもりもなく……何よりも暴徒が襲い掛かってくる自衛のためなら仕方ないにしても、連中を無駄に刺激してまで対人戦の稽古をしたい訳ではなく……そのことが連中にも理解出来たのだろう。
「……そ、そういう、こと、なら、なぁ」
「あ、ああ。
この戦いに勝つため、なら……」
一瞬前まで殺気立っていた筈の男たちは威勢を弱め、あっさりと己にこの罪人を譲ってくれるような雰囲気になっていた。
己の説得が良かったのか、それとも我が身を危険に晒してまで私刑を実行するほどの情熱がなかったのかは分からないものの……そんな些細な理由など、己にとっては何の意味も持たない。
「ジョン。
こんな無茶は止してくれ。
オレも殺されるかと思ったぞ」
ただ、この説得が平穏無事の範疇だったかと言うと、当然の如くそんな筈もなく……周囲の連中に譲られた道を歩く途中で、ガイレウからはそんな小言を呟かれてしまったが。
「……悪い。
一刻も早く確かめたかったんでな」
尤も、面倒くさい言い訳に労力を裂きたいとすら思えなかった己は、適当にそう言い訳をするばかりだった。
「……ありがてぇ、ありがてぇ。
今日から俺は、神の忠実なる僕だ」
そして、暴徒たちの群れを抜けた己がたどり着いた先では、縛り首か串刺しか火炙りかの三択を突き付けられていた強姦魔の男が、安堵の涙を流しながらそんな改宗したかのような呟きを零していた。
変な勘違いをするのを是正するつもりはないが……己は別に法の正義を語るつもりもなければ、神の布教をしたい訳でもなく、ましてやコイツを助けるつもりなんざ欠片もない。
ただ……「死んでも構わない実験体」が、たまたま眼前に居たから助けただけに過ぎないのだから。
とは言え己は、別に犯罪者に希望を持たせておいて絶望のどん底へと叩き落すことが趣味という訳ではないので、ソイツの縄を解くこともなくとっとと実験を開始することとする。
「……そうか。
ならコレでも喰ってくれ」
「なっ、てめぇ、これは……
うぐぐぐぐぅ」
実際のところ、強姦魔の改宗ってのは口先だけのものだったらしく、神兵である己が口の中に寄生虫だらけの生の脳みそを放り込んだ時点で、こちらに怒気混じりの反発を見せる。
当然のことながら、己としてもそうなるのが当然だと理解していたので、有無を言わすことなくソレを口の中へと強引に放り込んでいたが。
「畜生、何だコレはっ!
呑みこんでしまったじゃねぇかっ!
口の中が気色悪ぃっ!」
生のままの脳みそなんて喰ったことがないので分からないが、あまり美味しいモノではなかったらしく、強姦魔の男は縄に縛られたままぎゃーぎゃーと叫び……周囲の連中はその悪態を目の当たりにして改めて殺意を抱き始めている。
尤も、そんなことに気付く知能がないからこそ短絡的に未亡人を強姦するような真似を仕出かしたのだろうが。
「……これが、ジョン。
お前がやりたかったことか?」
「いや、多分、そろそろ……」
そんな周囲の殺意を感じ取ったのか、ガイレウが近くへと寄ってきてそう囁くように訪ねて来るものの……己としても今やっているのはあくまでも実験であって、必ずそうなるという確証がある訳ではない。
だけど、何となく肌に触れるような……男の全身からじわじわと這い上がってくるような不快感から察するに、そろそろ何かの変化がある頃だろう。
「……うごっ、おごっ、いぎっ?」
そして、己とガイレウ、三十人余りの集団が見守る中……縛られたままだった強姦魔はそんな奇声を上げながら突如として全身を痙攣させ始めたのだった。
2020/06/23 17:53 投稿時
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