04-27
「しかし、コイツら、何処から来やがったんだ?」
周囲の草原に散らばっている、愛刀「村柾」によって屠った牙獣十数匹ほどの死骸を見つめながら、己は思わずそう呟いていた。
事実、己が所属するこの軍勢は現在最前線の城塞都市である草原の盾へと向かっていたのだ。
そして、その城塞都市が見えてきたところ……つまりが最前線である筈の城塞都市よりも安全な筈の「聖都側」で襲撃を受けたということになる。
即ち……
「草原の盾は機能してない、と言いたいんだろ?
だが、この場合、その仮定は意味がないかもしれないぞ?」
「……ガイレウ」
己の内心の疑問を悟ったのか、それとも顔色から察したのか……そんな結論を口にしたのは己と同じ班である、痩せこけたガイレウだった。
ずっと病床に就いていたコイツは軍事方面の知識などはない筈だが、それでも地形と状況から判断したのだろう。
己が言い辛かった言葉を代弁するばかりか、己の判断に対して異を唱えてくる辺り……剣術や体力は兎も角、知力という分野においては己よりも遥かに優れていると言えるだろう。
まぁ、元々剣術バカとしか言いようのない思考回路をしている上に異邦人でもある己は、この国の知識や軍略方面については子供以下と言っても過言ではなく……己はあまり比較対象として適切でないという自覚はあるが。
「そもそも軍事拠点という考え方自体、鈍足の大軍は前進するのに時間がかかり過ぎる上に食料や燃料を大量に使うものだから、物資を集積しておくついでに防御施設を造って安全地帯を作り出すためのもの、だろう?
牙獣は飢えに強く、人よりも長距離を走破出来るし、食料に至っては現地調達だ。
……敵の軍勢が攻め込んでくるだろう道や、それに対抗するために造られた砦の防衛圏なんて概念自体、アイツら相手には全く意味を為さないんじゃないか?」
ガイレウが告げたその言葉を聞いて、己は周囲を見渡してみる。
事実、この煉瓦敷きの街道はあくまで人間の軍隊が通るための道であり、しかも大軍が一丸となって歩けないように幅も制限された造りになっている……まぁ、予算が原因かもしれないが。
周囲には膝から腰辺りまでの高さの草原が広がっていて、歩き辛いことこの上なく……だからこそ己たちは長蛇の列となって街道を歩いてきた。
そもそも、大軍を維持するための水場や食料運搬の関係、移動にかかる労力を少なくするため、加えて敵からの奇襲に対抗するため、更には脱走兵を出さないためにも、その辺の茂みを歩く訳にはいかないのが人間の軍隊である。
そして敵軍がその道を通ることを想定しているが故に、無視して奥地へ攻めいれられない絶妙な場所に砦が作られていて……だからこそ人間の軍隊の場合、進軍すればまず砦を攻めることで敵の反撃の拠点を潰し、更に自らの橋頭堡を確保しつつ敵の陣地を切り分けていくのだが。
そういう軍隊を運用する場合に考える定石が、牙獣相手だと全く通用しないと……この痩せぎすの男は己に語ってくれた訳だ。
(なるほど、な)
ガイレウの言葉に納得しつつも己は視線を街道へと向ける。
視線の先……街道をまっすぐに進んだ先には土壁やら木柵やらで造られた検問があり、少し山側へと離れた辺りに城塞都市が作られているのが見える。
それらの土壁や木柵も数百メートルという単位で造られているものの、それらの施設はガイレウが言うとおり「あくまでも対人、対軍のための設備」に過ぎず……街道周辺は兎も角、街道から離れれば離れるほど、人一人も見逃さないような厳重な防御ではなく「大軍を移動させるには厳しい」程度の雑な造りになってくる。
事実……牙の王の軍勢が翼の王の縄張りである北側を、もしくは街道より遥かに南側の草原を横切って突き進んだ場合、草原の盾は何の機能も果たすことなく、聖都への侵攻を許してしまうことになるだろう。
(……いや、流石にソレはない、か)
そもそも、聖都自体が巨大な城塞都市なのだ。
攻城兵器も持たず兵站の概念もない牙獣が幾ら群れたところで、聖都を落すのはそう容易い仕事ではなく……聖都を攻めている間にこの砦の兵士が背後から襲い掛かり、牙獣は挟み撃ちに遭って無駄な損害を出すこととなるだろう。
そして、城塞都市草原の盾に攻め入るのが困難だからこそ、牙の王の眷属たちは城塞都市を落すことなく、迂回してまで平地を無防備に歩いていた己たちの軍勢へと奇襲をかけて来たのだから。
「これからオレたちはどうするべきだと思う、ジョン?」
そこまで考えがまとまった己へと、不意にガイレウが問いかけて来る。
「どういう意味だ?
己たちはあくまでも徴兵された一平卒で……」
ガイレウの発したその不可解な問いにそこまで答えたところで、己は自分へと向けられている縋るような無数の視線にようやく気付く。
その視線の発生源は周囲にいた百余りの人々……天賜を使う主力部隊を奪われた、徴兵されて武器を手にしただけの街の人々の視線だった。
(放っておく、訳にはいかないよなぁ)
彼らの視線は己と、己の腰に差してある愛刀「村柾」へと……あの牙獣に対する対抗手段へと向けられている。
徴兵によって突如としてこんな場所まで連れて来られた挙句、命令をする騎士や神の力を操る頼るべき仲間を失った彼らには他に縋る対象がないのだろう。
とは言え……
「己に、指揮なんて出来る訳がないぞ?
腕に多少の覚えはあるが、この剣一本で全員を護るなんて出来る訳もない」
「……そんなの、儂にも分かっておる。
だけど、それでも何か言ってやってくれんか?」
己の答えにそんな言葉を返したのは、さっきまで口を噤んでいたフィリエプの爺さんだった。
他の有象無象に頼られてもあまり気にするものでもないが……同じ釜の飯を喰い、一時は背負って歩いたこの爺さんにそう言われると拒否もし辛い。
そう思い、己が答えを探すために視線を周囲に向け……そして気付いてしまう。
「おい、ガイレウ。
……あっちを見てくれ」
南西側……城塞都市から延々と続く土壁と木柵の端の、ただ騎兵と荷馬車とが容易く超えられないようにと設置された、恐らくはこの平原に暮らしていた遊牧民たちへの備え。
「おいおい。
冗談じゃないぞ、畜生がっ!」
もはや見張りすらいない、そんな南端の木柵が何十匹の……いや、何百どころか千を超えるほどの牙獣によって齧り砕かれている。
自分の目を疑うようなその光景は、悲鳴を上げるガイレウの声によって現実であると証明された訳だ。
そして、その千を超えるだろう牙獣の群れは此処から見える限り、まっすぐにこちら側へと……己たちの方へと向かってきている。
(……どうすれば良いんだ、あんなの)
己は愛刀「村柾」の柄を握りしめることで手のひらの震えを抑え込み、歯を食いしばることで歯の震えを強引に噛み潰す。
この愛刀を手に戦えるのであれば、剣技を心行くまで振るえるのであれば、死者だろうと虫だろうと猿だろうと獣だろうと、そして盗賊だろうと騎士だろうと……難敵を相手に殺し殺される死地へと赴くのも厭わないし、力及ばず討たれることも覚悟はしている。
どうせ一度は死んだ身であり……所詮己は剣の道を極めるために奇跡に縋り生き返っただけの身元不明の死体でしかないのだから。
……だけど。
こうして同じ釜の飯を喰った戦友たちが、絶望の中で助けを求めてこちらを見つめる……彼らを見捨てるなんてこと、流石の己でも出来る訳がない。
何しろ、己が力及ばずに討たれるということは、戦う術すらろくに知らない街から徴兵されただけの彼らが、無惨にも「牙獣の餌になる」ことを意味している。
(……殺し殺される覚悟はある。
何度も死線を超えて来たし、既に四度も負け命を失った。
だけど……「死ねない」戦いなんて初めて、だ)
その事実こそ、今まで死地に笑いながら赴いていた己が恐怖に震えるなんて無様を晒している理由、だったのだ。
2019/01/10 22:19投稿時
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