04-23
「よぉ、ジョン、眠れたか?」
翌朝。
全員より少しだけ早い時間に起きて、厠……と言うか、その辺の草むらに穴を掘っただけの便所に出すものを出し終えた己に、病弱で今にも死にそうな体型のガイレウがそう話しかけてきた。
これでも一応健康体で、うちの班の中では二番目に役立ちそうなのだから、本当にうちの班は大丈夫なのか心配になる。
「……最悪だった。
お前はどうだ、ガイレウ」
「同じく最悪だぜ、ジョン。
何とかならないのか、アイツ」
ガイレウも己と同じ感想を抱いたらしく……己の答えに肩を竦めることで同意してみせた。
「言ってやるな。
……炎の王の眷属と戦った己は、アイツの気持ちが良く分かる」
正直に言って……昨晩は最悪だった。
それほど大きくもないテントの中で五人が寝転がり、寝返りを打つスペースもない野郎臭い最悪の寝床に押し込められて、ただ雨風と寒さを防ぎ疲労を回復させるためだけの睡眠……は、まだ己としても許容範囲内だった。
だけど……その睡眠中に、突如悲鳴が上がったのだ。
「テント内に百足が入って来た」という理由によって、班長であるべスバスが突如として半狂乱になって悲鳴を上げながら暴れ始めたのである。
その声によって叩き起こされたのだろう隻腕のダムダナも、班長と同じようなこの世の終わりのような泣き叫びながら蹲り……
(神よ、救いたまえ。
……あの死なぬ化け物共から、か)
その二人の悲鳴によって、己は彼らがどんな戦場に出向いていたのかを嫌でも理解してしまう。
べスバスは東の農地へと向かい、炎の王の眷属である百足によって腹に牙を突き立てられた所為で内臓が腐れ果て。
ダムダナは北の霊廟に攻め込み不死者の軍勢と戦い……片腕を失ったのだ。
己はどちらとも命懸けの戦いを挑んだことで良く分かる。
あの紅の百足の牙によって毒を流し込まれる激痛も、不死者の軍勢によって刃を突き立てられる感触も……尤も、己の場合は単騎で突っ込んだが故に真の戦士として認められ、愛刀「村柾」によって不死者の英霊たちを屠ることが出来たこともあり、『不死者の軍勢と戦う』という恐怖を本当の意味で理解している訳ではないのだが。
(……これが、真っ当な人が抱く死の恐怖、か)
毒によって内臓が腐れ果てる、四肢が敵の刃によって奪われる……そんなのを一度でも経験した人間は、激痛と恐怖からなる精神的外傷によって、『こうなってしまう』のが当然なのだろう。
一度でも死を身近に感じてしまった者は自らの身に起こった悲劇に怯え震え嘆き、もう二度と戦場に出られないどころか日々恐怖に震えながら過ごすこととなる。
それほどまでに死に至る苦痛や恐怖は耐え難く……己も確かにそんな話を、フィクションの中では何度か耳にした覚えがあった。
(……真っ当な精神を持っていれば、だけどな)
そして……だからこそ己がこの世界に召喚されたのだろう。
鉛弾を体内に突き立てられる激痛、身体中を斬り刻まれ内臓破裂の挙句自らの血で溺死する苦痛、気が狂うほどの激痛を齎す毒への恐怖、狂気の中で己に刃を突き立て果てる悪夢、それら全てに伴った死という名の絶望……そんなものを前にしても剣術を極めたいという渇望を捨てきれない、一度どころか四度も死んだのに全く治らない、救いようのない剣術馬鹿。
そのお蔭で己はこうして死んだ後も剣術を極める夢を捨てずに生きていられるのだから、あの創造神には感謝しかない訳であるが。
「アイツらは、まぁ、分かるさ。
酷い目にあったんだろう、ってな。
俺が言っているのはフィリエプの爺さんの方だ。
ようやくあの二人が寝静まったってのに、あの鼾……たまったもんじゃねぇぜ」
「……あ~、そっちか。
ま、言ってやるな。
爺さんのお蔭で美味い飯にありつけるんだからな」
誰にでも欠点はある一方で長所もあるのが世の中というものである。
ガイレウの愚痴を聞いた己は、肩を竦めることで宥めてやる。
尤も、一度寝付くとなかなか目覚めない己は、あのこの世の終わりのような悲鳴には飛び起きたものの、鼾程度で目が覚めることなどなく深刻な寝不足には至っていないのだが……奇襲に夜襲なんて当然という戦場に出る身としては、そこまで深く眠るのはいかがなものかと自省している次第である。
以前牙獣に襲撃された時でさえも食いつかれる直前まで目覚めなかったくらいだから、己の眠りの深さは折り紙付きであり、その眠りの深さがスタミナや気力などの回復力に直結している以上、悪いことではないのだが……それも安全な場所でなら、という前提があってのことだ。
(……剣客なら、殺気で目覚めなければならないんだがなぁ)
未だに剣術は鍛練できても、その辺りはどう鍛練して良いか分からない己は、自分にとっての最悪の弱点だと分かっていつつも放置しているのが現状である。
幸いにして、今まで戦ってきた六王という連中は真正面から押し潰す戦い方ばかりを好んでいるようで、夜襲を受ける心配がなく、不都合は生じていないのだが。
「大体、何故あのおっさんが班長なんだよ。
俺は兎も角、ジョン、お前が一番腕が立つんだ。
お前がやるのが本当だろうがよ?
ダムダナの野郎でも良かったんだ、アイツにも従軍経験があって隻腕になるくらいだ。
だからと言って、槍を構えるのがやっとのあんな奴に命を預けるのもどうかと思ってな……そりゃ、あのおっさんだろうと」
(寝起き、か。
……その辺りは今後の課題だろうなぁ)
己は内心でそう結論付けつつも、ガイレウの繰り言を聞き流しながら野営地の方へと戻っていくのだった。
基本、軍隊というものの動きは遅い……特に練度の低い軍というものは。
己は槍を持ってのんびりと立ち尽くしながら、その事実を嫌と言うほど噛み締めていた。
(たかが整列にどれだけ時間かけてんだ、コイツら)
一応、大人になって社会不適合者まっしぐらとは言え、己は小学校の頃から整列の訓練……今考えるとアレは完全に軍事教練だと思うが、兎も角その訓練を受けている身である。
そんな己からすると、たかが集合して並ぶのに三十分以上かかるこの連中が信じられないとしか言いようがない。
(まだ飯食ってテント畳んだだけだぜ?)
銅鑼の音で起床させられた後はテントを折り畳んで一式を牛擬きが引く荷車に預ける。
その後で別の荷車……補給班へと歩いていき、班全員の食料品と水を受け取る。
とっとと飯を喰えば……保存食を齧って水で流し込むその作業を食事と言えばだが、後は装備を整えて整列するだけ。
現代日本でてきぱきと学校行事を行う訓練を受けた己からしてみれば、たったそれだけの作業にもう三時間近くも要しているこの現状に溜息を隠し切れなかった。
「全員が並び終わったら言ってくれ」
「あ~、俺もそうするわ。
もう少し寝る」
「……お前ら、なぁ」
あまりにも揃わない周囲の連中に痺れを切らせたのか、班長である筈のべスバスが真っ先にその場に寝転び……ガイレウまでもその場に横たわる始末である。
「……儂も、流石にちと立ちっぱなしはキツいんでな」
そうなれば当然のことながらフィリエプの爺さんもその場に座り込むことになり……ソレを見て馬鹿馬鹿しくなったのか、隻腕のダムダナも担いでいた荷物をその辺りに放り出して座り込み始める。
……恐らくは、この軍の全員がそんな集団心理に引っ張られているのだろう。
誰もが並ぼうとしないから、自分も……という精神でいつまで経っても整列一つ出来やしない。
(一昨日と昨日はもう少しマシだったんだが)
ある意味、サボタージュと言えなくはないその行動は……ただやる気がなくて怠けるサボりではなく、無茶苦茶な徴兵と行軍スケジュールへの抗議だと信じたい。
どっちにしろ、この軍を率いるお偉いさんは連中の怠惰っぷりに苛立っているらしく、銅鑼の音が何度も何度も鳴り響いているが、誰も言うことを聞きやしないまま時間だけが経過していく。
「もう、この場で牙獣でも襲い掛かって来てくれねぇかな」
そんな中、あまりにも暇で仕方ない己はそんな言葉を呟きつつ、雲一つなく晴れ渡った青空へと視線を向けてみる。
その緑の中、羽が四枚もある肉食の鳥が死体を狙うかのように己たちの上で弧を描くように飛んでいるのが妙に印象的だった。
そうして、己たちがちゃんと整列するまで更に三十分ほどを要し……太陽が随分と昇った辺りでようやく軍はちんたらと歩き始めたのである。
2019/01/06 21:03投稿時
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