04-17
「……それで、怒りのままに、猿の王を、撃破された、と?」
「ああ。
証明するモノは何も持ってないが、取りあえず嘘は言ってない」
丸一日をかけてジョギングほどの速度で走って聖都へと帰還し、寺院だか神殿だかへと向かった己を待っていたのは、いつもの頭髪やら髭やらを剃毛しているエリフシャルフトの爺さんだった。
流石にあの森の入り口での出来事を言わない訳にはいかず……それら全てを包み隠さずに告げたのだが。
「疑うなどある筈もありません。
それよりも、あの街を手に入れられたと。
……分かりました。
皇帝陛下には私の方から伝えておきましょう」
爺さんの反応は全く驚きもなければ焦りも怒りも不快感すらもない……この国の人間でもない己に神聖帝国領土の一つが己に乗っ取られた形であるというのに、眉一つ動かすこともなくそれを受け入れたのだ。
(いや、この爺さんに眉はないんだが)
それでも眉だった部位の筋肉はちゃんと動いていて表情は読み取れるのだが、その筋肉すら……いや、そういう問題ではなく。
正直に言ってしまうと、己が森の入り口全員を剣力によって服従させた件では、利権やら徴税権、所属など色々とややこしい問題もあり、神殿との間で必ず一悶着あると思っていたのだ。
神殿兵たちを相手に愛刀を振るうところまで……下手を打てばこの神殿全てを敵に回すことまでも覚悟を決めていた。
なのに当の爺さんがこのザマである。
己が思わず脱力してしまったのも無理はないだろう。
「そんなっ!
幾らお爺様だとしても、帝国の領土をそんな簡単にっ!」
むしろ己としては、こうして驚いてくれるエーデリナレ……鑑定眼を持つ少女の方が正常な反応だと思ってしまう。
「エーデリナレ。
お前はまだまだ未熟なようだ。
このお方は神の剣なのだぞ?」
「……ぇ?」
エリフシャルフトの爺さんが告げた理由は、たったのそれだけだった。
それだけで十分と言わんばかりの態度に、孫娘であるエーデリナレは勿論、当の己自身でさえもその意味を理解出来ず、ただ固まることしか出来ない。
そんな己たち二人の態度に気付いたのだろう。
この神殿で最高の地位にいるらしき爺さんは溜息を一つ吐くと、足りなかった説明を産めるかのように言葉を連ねる。
「崇高にして偉大な創造神が選ばれたのだ。
間違いなどある筈がない。
故に、神兵の為されることに間違いはなく。
全てに意味があり、その全ては神の意思に他ならない」
それこそが世界の真理であると断言する……自分の言葉に微塵の疑問すらも抱いていない爺さんのその声に、宗教観というものをあまり持たない己は絶句していた。
恐らくはまだ年端もいかぬエーデリナレも己と同じように、そこまでの信仰を持てていないらしく、慌てた様子で疑問を口から吐き出す。
「で、ではっ。
神兵のお方が血に飢えた殺人鬼でっ、ただ楽しむがために無辜の民を殺害し続けたとしたらっ!」
「それこそが神の御意志です。
神兵が殺すべきだと思われたのならば、我々はただ目を瞑り、静かに殺されるのを待てば良いのです。
いえ、そうあるべきなのです」
行き過ぎた信仰に対して抗うように発せられたエーデリナレのその問いに対しても、エリフシャルフトの爺さんは表情一つ変えることなく……いや、むしろ孫娘に対して善意と愛情を詰め込んで優しく諭すように、その狂気に満ちた答えを告げたのだ。
(……狂信)
その言葉を聞いた己の感想は、ただそれだけだった。
人の上に立つ……少なくともこのエリフシャルフトの爺さんは、神聖帝国の中で唯一教というべき神殿の頂点に立つような人間だから、真っ当な人格者だと信じていたのだが。
(いや、前々からその予兆はあったか)
思い返せば、以前……屍の王の配下によって己が殺され、復活した時のことだ。
生き返ったばかりで苦痛と恐怖から逃れるためだけに己が振るった愛刀を、エリフシャルフトの爺さんは避けようとしなかったことがあった。
いや、避けるどころか驚きすらしなかった。
あの出来事を己は「自分の振るった斬撃が早過ぎて見ることすら出来なかった」のだと勘違いしていたが……もしかしたら、爺さんとしては神兵によって殺されるならば、それこそが神の意志だという覚悟が決まっていたからこそ「驚くにも値しなかった」だけなのかもしれない。
(ま、それはそれで有難い、か)
この爺さんがどれほど壊れた狂信者であろうとも……いや、狂信者であればあるほど、己が支配下とした森の入り口の安全は確保される。
であるならば、爺さんの壊れ具合はむしろ歓迎すべきなのだ。
あの街の平穏と安全を護るためとは言え、ボーラス=アダシュンネイには幼い娘を嫁がせるような心にもない真似をさせた以上……どんな形であれ、その約束を果たせるのならばその過程に意を挟むべきではないのだから。
「しかし、それでは……」
「無理に頭で理解する必要はないぞ、エーデリナレ。
我らはただ神によって創られ、神によって生かされている。
その事実をありのままに受け入れるだけで良いのだから」
己がそんなことを考えている間にも、祖父による孫娘への英才教育が始まっていた。
正直に言ってしまえば、宗教観の薄い己にしてみれば宗教系のテロリスト養成講座としか思えないのだが……まぁ、他国の宗教について余所様が口を出す筋合いではないだろう。
エリフシャルフトの爺さんと話を終えた頃にはもう日が暮れ始めていて、結局己は神殿でまた一泊させて貰うこととなった。
正直な感想を口にすると、寝床は固くて寝辛く、食事もそれほど美味しくはないのだが……それでも風雨は防げるし食事もただで貰えるのだから利用しない手はない。
そうして神殿に泊まったところで、やることなどそう多くもなく……寝る以外にすることのない己としては、取ったばかりの一番弟子擬きの様子を見に来た訳だが。
「……ぃぇぁああああああああっ!」
一番弟子擬き……戦士の名を持つ少年が放ったその一撃を目の当たりにした瞬間、己は思わず目を見開いていた。
己があの稽古法を伝授してから、まだ七日しか経ってない。
たったの一週間しか経ってないにもかかわらず……少年の一撃はもう一端の大人の斬撃に勝るとも劣らない代物へと化していたのだから。
(勿論、まだ遅いし、弱い。
そこらの盗賊より少しはマシ、程度でしかないが……)
それでもさっきの蜻蛉からの袈裟斬りは、剣を振るったこともない素人以下……弱々しかった男娼がたった七日程度の稽古で放てるような一撃じゃない。
少なくとも己が剣を習い始めた頃、あの域に達するのに一年は必要だったものだ。
それを考えると……
「師匠、自分は強くなれましたか?」
当の本人は自分の上達に気付いているのかいないのか、無邪気な声でそう尋ねてくるものだから始末が悪い。
己は少し考えると、自分の感想を素直に告げることとした。
「ああ、マシにはなっている。
街の周辺にいる盗賊並ってところだ」
「……それは、強くなった、んでしょうか?」
だが生憎と、己は誰かに教えた経験もなければ、口が上手い訳でもない。
そして当然のことながら、そんな己が告げた強さの基準は生憎と少年には伝わらなかったようである。
結局、己は上達の位階として、女子供・一般人・盗賊・兵士・剣士・妙手・達人と七段階を説明してやる。
「……あ、あの、師匠。
その、兵士と剣士の違いは?」
「兵士ってのは一般人が軍事教練を受け、身体の使い方を知った程度。
剣士ってのは剣術を学び、その理を一定身に着けた、という感じだな」
ダヌグ少年の口にした問いに対し、己は出来る限り懇切丁寧に説明をしてやる。
尤も、それはあくまでも適当な指標でしかなく、自分の中の指標でしかないのだが。
実際、少年が口にした以外でも分かり辛いところと言えば、盗賊と兵士との差、だろうか。
当然のことながらコレも己の主観的なモノでしかないが……兵士崩れが身を窶し盗賊に成り果てることが多いため、兵士レベルと盗賊レベルはそう大差ないものの、基本的に盗賊は真面目に訓練をすることはなく鈍っていることが多く、兵士より若干弱いところに位置している訳だ。
剣士と妙手も、妙手と達人も明確な差異がある訳でもないので、感覚的にしかその辺りは説明できない。
と言うか、今回は少年に分かりやすく説明してやっただけで……本来ならば「眼前にいる相手を段階で区切り、戦う際の指標とする」なんてこと自体、剣士としては『言語道断の行為』である。
何しろ、女子供が握った短刀だったとしても、寝込みを襲われる、病床を狙われる等、不意を打たれれば達人だろうと簡単に死ぬし……もし妙手レベルに至っていたとしても兵士レベルの敵が放った捨て身の斬撃や、意識の外からの一撃を完全に防ぎ切れるかどうかなんて分からないのだから。
「……まだ先は長い、ということですね」
そんな己の自戒に気付くことなく、ダヌグ少年はそう呟くと稽古に戻るべく立ち上がる。
己は少年を少しだけ呼び止め……踏み込みのタイミングと打ちこむ時の握り、そして背筋の使い方について教えるという、ちょっとだけ師匠っぽいことをしてみたのだった。
2019/01/01 06:52投稿時
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