04-15
「……さぁ、どう、した?
まだ、己はやれる、ぜ?」
……何人をぶん殴ったことだろう。
既に戦うこと以外に向ける余力もなく、人数を数えるすらも怠っていた己だったが……それでも人間相手に思いっきり技を振るえることがただただ楽しくて、眼前に立つ男たち相手にそう笑う。
と言っても、一対百七十という圧倒的な数の暴力は、未だに完成しない己の技術で一方的に押し返せるほど甘くなく……今の己は疲労困憊に加えて満身創痍という有様だったが。
思い返せば、その契機となったのは七十人目くらいを小突いて気絶させた辺りだろうか?
身体中がスタミナを使い果たしたかのように急激に重くなり始めたのだ。
(食った分のスタミナが尽きた、か。
もしくは……酒の影響か)
そもそも、己の身体は聖都から森の入り口までのマラソンに加え、猿の王相手の戦闘で身体中のグリコーゲンだったかカロリーだったか、動くためのエネルギー源を使い果たし、皮下脂肪もろくにないほどに追い詰められていたのだ。
今回の戦闘だって、さっき無理矢理詰め込んだ栄養で何とか動いていたに過ぎない。
そのカロリーを使い果たしガス欠を迎えたところで、アルコールの影響もあって急激に速度が落ちた己は、連中の攻撃を避けづらくなり始め……そこから更に三十人余りを叩きのめしたものの、今こうして満身創痍となっている訳である。
「く、くそっ。
もうボロボロじゃねぇかっ!
何故、倒れねぇっ!」
「のらりくらりと躱しやがるっ。
まるで霧か何かみてぇだっ!」
そんな中でも己が戦い続けられているのは、達人の領域にある集中力と……そして、師の師によって見せつけられ、いつぞやの焚き火が消えた時に実感した「膂力と速度を使わない戦い方」である。
相手が突進してきたところに、武器を「置く」ことで消耗を最小限に抑えて戦う……省エネ戦法だ。
尤も、この戦法を試すために紙一重の回避を続けたこともあり、さっきから皮一枚程度を斬り刻まれ、身体中から出血をしているのだが。
(……だが、まだ戦える)
息は荒く、身体は思うように動かず、腕を持ち上げるだけでも億劫で……更にこの戦いは勝っても負けても構わないという戦いの所為もあって戦意が湧き上がることもない。
「……この程度じゃ、まだ、負けられんっ」
それでも己の身体が動くのは、窮地でこそ自らの技量が磨かれていく……その実感がある所為だ。
一撃を躱す度に、一撃を放つ度に、足運びや柄の握りに意識を向ける度に、酸素を吸い込み吐き出す度に、めきめきと自分が強くなっていく実感がある。
しかも、日本では完全に限界にぶち当たり、幾ら鍛えても足掻き続けても全く成長を実感できず、どうしようもなかったこの己が、だ。
勿論、それはただの錯覚に過ぎないかもしれないのだが、その実感が楽しくて嬉しくて……幾ら苦しくても辛くても、この絶望的な戦いに背を向けようとは思えない。
その感覚を再確認して笑みを一つ浮かべた己は、力の入らない右手で柄を握り直すと……まだ戦えるのを示すように、前へと一歩を踏み出す。
……その時だった。
「……万策、尽きた。
我らは、もう勝てない」
連中の指揮を執っていた筈のボーラス=アダシュンネイが突如としてそう呟く。
その言葉を誰よりも実感していたのか、まだ傷一つなく残されていた七十人近い男たちがその声に不安げな表情を浮かべ、脅威である筈の己から視線を逸らすと背後を……ボーラスの方へと振り返る。
「お、おいおい。
お前たちはまだ……」
そんな男たちの態度に不安を覚えた己は、もっと剣術を磨きたい一心で慌てて彼らを奮起させようと口を開く。
大体、こちらは疲労困憊に加えて満身創痍の己が一人きりなのに対し、彼らにはまだ無傷で元気いっぱいの兵士が七十人余り残っているのだ。
その事実を指摘してやれば、まだまだこの楽しい訓練を続けることが出来るだろうという一心で、己は言葉を続けようと息を吸いこむ。
……だけど。
「だがっ!」
だけど、己が口を出すまでもなく、ボーラスはまだ戦意を捨ててはいなかった。
敗戦を覚悟した将のように俯きはしているものの……その声はまだ死んではいない。
……まだ激戦を、死闘を期待できる。
「だがっ、虐げられた我らの憤怒は収まらぬっ!
神への不敬だろうと、納得が出来ぬものは出来る訳がないっ!
あの神聖帝国を、不浄の獣をっ!
我らは許すことなど出来やしないっ!」
ボーラス=アダシュンネイはそう叫ぶ。
指揮官ではなく、一人の男として……ただの一人の滅ぼされた国の人間として、行き先を無くした憤怒と憎悪を叩き付ける先を探しているのかもしれない。
「全員に付き合えとは言わんっ!
もう勝てるとも思わんっ!
だが、心に一片の憤怒がある者は、神殿へと……
コイツへと、叩き付けろぉおおおっ!」
そして、その憎悪を叩き付ける先が眼前に立っている。
連中にはそれだけで十分なのだろう。
(……ああ、それで構わない)
彼らはもともと全てを捨てるつもりだったのだ。
そんな彼らを拾ってやるにしろ、己が負けるにしろ……一度は鬱憤を吐き出さないとどうしようもないという気持ちは分かる。
そもそも己にとっては彼らの理由なんてどうでも良くて、ただ愛刀を振るえる……その場さえあれば構わないのだ。
「かかって、きやがれぇええええええっ!」
己はそう大きく叫ぶと……統率も捨て規律も捨て、遠慮までもを捨て去った男たちへと愛刀を手に向かっていったのだった。
戦いは熾烈を極めた。
だが、統率を取った状況ですら圧倒していた己に、統率を失った連中が叶う筈もない。
そして、遮二無二襲い掛かってくる連中は、己の目指す省エネカウンター戦法……師の師が言うところの流水と退歩の二つと相性が良かったのだ。
襲ってくる相手の攻撃を紙一重で回避し、勢いを利用して急所に愛刀を置くだけならば体力はさほど必要ない。
達人の領域へと達した己とは時間軸が違う所為もあり……己はかすり傷こそ数え切れないほど負ったものの、戦闘不能に陥るような重傷は一つも負うことなく、六十人近い男たちを一方的に下すことに成功したのだった。
「……我らの、負けだ。
我らの全て、持って行け、ジョン=ドゥ」
「そう、か。
なら、お前たちは、己のモノだ。
悪いようには、しない、さ」
最後の最後に叩きのめしたボーラス=アダシュンネイが大の字で寝転びながら覚悟を決めたようにそう呟き、己は男の覚悟に答えるかのようにその言葉を口にする。
当然のことながら全員が全員戦闘不能に陥った訳ではなく、ボーラスが勝利を諦めた時点で戦いを放棄し、鬱憤晴らしのような己への攻撃を由としなかった十数名は傷一つない状態でこちらを見つめているし、一度は己の剣を身体で味わった連中であっても骨の一本や二本程度の怪我でしかないのだから、まだ戦おうと思えば戦えただろう。
だが……無傷の男たちも、己の一撃を喰らって一度は倒れた連中でさえも、全てを放棄したとも取れるボーラス=アダシュンネイのその言葉に対し、誰一人として異を唱えようとはしなかった。
城壁の上でこちらを見つめている奥様方も、己の身がかかっている筈のレティア=アダシュンネイもだ。
己が、真正面から、堂々と叩きのめしたからだ。
この森の入り口の戦力の、ほぼ全てを。
「……勝った」
勿論、己のやったことは大して軍事教練すらしていない、素人民兵を百数十人ばかり叩きのめしただけであり、宮本武蔵が吉岡一門……つまりが剣術をしっかりと修めている剣士百人を相手にしたのとは訳が違う。
だが、それでも百人を超える相手に斬った張ったをやらかして勝利を収めたのだ。
真の達人である宮本武蔵には未だに敵わないにしろ、その頂きに一歩くらいは近づけたのではないだろうか?
(……己は、成長、している)
勝利の美酒に酔いしれると同時に、その達成感が己の身体を包み込み……直後に、電池が切れたかのように身体が動かなくなった。
理由なんて考えるまでもなく……完全なエネルギー切れである。
体力なんぞとうの昔に使い果たし気力だけで動いていた己は、勝利を確信したところでその最後の燃料である気力を失い、体幹すらも保てなくなったのだろう。
「お、おいっ?」
「腹、減った……」
倒れた己はボーラスの心配そうな声に、気力を振り絞って己の窮状をそう訴え……その答えに気が抜けたのだろう、周囲の連中に思いっきり笑われる羽目になる。
まぁ、多少は締まらない結末であったが……己は、特に恨みを買うこともなく、誰一人として殺すこともなく、自らの剣の力だけでこの小さな街を従えたのだった。
2018/11/25 09:30投稿時
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