04-07
「っ、ぐぁあああああああああああああっ!」
突如、肩口の痛みと連動するように始まり、腹の奥底が噴火するように燃え上がったその憤怒に、気付けば己はそう絶叫すると……近くで己の様子を覗き込んでいた猿擬きへと愛刀「村柾」を叩き付け、両断していた。
……激怒、と言うべきなのだろう。
全く制御できない、周囲にいる全ての存在が憎くて堪らないこの最悪の気分は、確かに一度味わったことがあった。
勿論、二度目だからと言って耐えられる訳もなく……
「ごぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
思考が、憎悪のみに染まっていくのを自覚する。
周囲にいる全ての存在が、憎くて憎くて堪らない。
生きているだけで苛立ち、殺さなくてはならないという義務感で覆われる。
そして、その身体の奥底から湧き上がる衝動を押し殺せる筈もなく……気付けば己は近くにいた猿擬きに対し、蜻蛉の構えから大上段の唐竹を叩き込んで頭蓋どころか脊椎を半ばまで断つという剛の太刀を叩き込んでいた。
「きゃぁあああああああああぁ、ぎぁああああっ!」
同胞を殺されたから、だろうか。
猿擬きが己に抗議するかのようにそんな叫びを上げるものの……今の己は、その耳障りな音さえもが憎悪の対象でしかない。
そのまま渾身の突きを叩き込んで、やかましい猿擬きを黙らせる。
「ぎぁあああああああああああっ!」
その一幕で己のことを完全に敵と認識したのらしく、周囲の猿擬きたちが一斉に己へと襲い掛かってくるが……別に特筆すべきものでもなく、さっきまでとそう大差ない。
己は愛刀を鞘へと納めると、次の瞬間には天賜の【鉱物作成】で金属を生み出し、【金属操作】によってソレを人間の膂力では持てないだろう、身の丈を超えるサイズの大鉈へと造り上げ……
「ははははははっ!
何もかもを、ぶっ殺してやるぁあああああああっ!」
身体の奥底から湧き上がる殺意と激怒によって、いつしか嗤い始めていた己は、人の膂力では振り回せないような大鉈の形をしただけの金属塊を、【剛力】を用いて難なく持ち上げると横薙ぎに振り回し……更にソレに【加速】を使うことで切っ先の速度を二割増し程度に強化する。
それだけで、猿擬きにとっては十分だった。
たったのその一振りで周囲にあった数本の大木と、その影隠れていた十匹以上の猿擬きが、とてつもない質量の物体が高速でぶつかったことによって木片と肉塊とに姿を変え……近い将来生えて来るだろう新たな植生のための肥料へと生まれ変わったのだから。
(……痛ぇ)
勿論、そんな無茶をして凡人である己の身体がもつ訳もなく。
たったの一振りで、右上腕部と右肩……だけではなく、右手首、左腕、左手首と腰椎周囲、右太もも、右ふくらはぎ、右足首辺りという、大太刀を振り回す全ての筋肉において靭帯と筋繊維を断絶する大怪我を負っていた。
尤も……そんな常人であれば完全復帰まで数ヵ月はかかりそうな大怪我であったとしても。
(ほい、【再生】っと)
この天賜を用いるだけで僅か数秒で怪我なんて治ってしまうのだが。
ついでに怪我の所為か酷使の所為か筋繊維が酷い熱を持っていたので、サロンパス代わりに【冷却】を用いて筋肉の熱を取り去ってやる。
「きぃゃあああああああああああああっ!」
そうして己の意識が腕に向いたことを隙と見たのか、左右から槍と剣を手にした猿擬きが同時に突っ込んでくる。
「くくっ、ははははっ!」
その二匹を視界の縁で捉えた己はそう笑い、【金属操作】でさっき振り回した大鉈を二つに分かつと同時に形を整え、二本の剣鉈……マチェットとかいう中南米でブッシュの中で使われている大型のナイフへと変えると、それらを両手で構え。
右から襲い掛かってきた猿擬きの槍を肩で受け流し、左の猿擬きが突き出した錆びた剣を太腿で逸らし……直後に二匹の猿擬きの頭蓋をそれぞれの手に持ったマチェットで叩き割る。
「……軽い、な。
所詮は猿か」
筋肉で弾いたとは言え、そんな無茶をすれば肩や太ももが無事で済む筈もなく、その部位からは血が流れていた。
皮膚一枚、筋繊維数ミリという軽傷ではあるが、それでも痛みは感じるものだ。
尤も……
「命賭けの徒労、ご苦労だったな」
そんな二つの傷など、【再生】の天賜を使えば瞬き一つも経たずに元に戻っているのだが。
「きぃゃぁあああっ!」
「いい加減っ、邪魔だっ!」
そんな棒立ちの己を隙だらけだと見たらしき、後方にいた猿擬きが槍や石を投げつけてくるものの……この連中に苛立っていたのは己も同じである。
槍が肩口に突き立ち、石が額を割るのを承知の上で己は回避行動すら行わず、手に持っていた両のマチェットをそいつらへと投擲する。
狙いは違わず、両の剣鉈は見事に猿擬きの腹を捉え……
「ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ?」
直後、狂気で痛みすら感じない筈の猿の王の眷属は、腹を抱えてじたばたとのたうち回り始める。
(意外と、効果があったか)
仕掛けは単純で……投げつける寸前にマチェットに【加熱】の天賜を用い、鉄が真紅に染まるほどの温度にする小細工を使っただけである。
植物でしかない猿の王の毒は、もしかすると熱に弱いという弱点を持っているのかもしれない。
だからこそ毒を失い正気に返った猿擬きは、赤熱化した鉈剣で腹を抉られる激痛によってのた打ち回る羽目に陥ったと推測できる。
(こんな分かりやすい弱点があるんだから、この森ごと……
いや、だから難しい、のか)
生物の身体なんてほとんどが水で構成されている所為で、ちょっとやそっとの火では身体の中の毒にダメージを与える熱なんざ与えられる訳もなく、幾ら猿の王の毒が熱に弱かったとしても……森深くに座しているだろう森の王を討つためには、森全体を焼き払う覚悟を持たなければならない。
そして……幾ら生命の危機に陥っているとは言え、木材で財を成したあの森の入り口の人たちでは、森全てを焼き払うような火攻めなんかは決断出来なかったことだろう。
「ま、それも今更か」
自分の中の冷静な部分がそんな要らぬ考えを巡らせていたものの……燃え上がるような憎悪は一向に消える気配を見せない。
実際、そんなことを考えつつも己は【鉱物作成】と【金属操作】を用いてマチェットを再び創り出し、人様の思考の邪魔をする、飛びかかってきた鬱陶しい猿擬きを次から次へと切り払う。
(……ああ、やっぱり。
ぶっ殺すなら、焼き殺すより斬り殺すべき、だよなぁ)
剣術ではなくただの膂力任せの叩き付けではあるが、その分、肉を切り裂き骨を断つ感触が感じられ……そうして憎悪を叩き付ける度に、身体から憎悪が僅かに消え去り、不快感が抜けていく。
(こんな、力任せの不格好な技……
まぁ、コイツらを殺せればどうでも良いか)
そうして冷静になった一瞬で、己は自らの行いに疑問を抱くものの……すぐさま激怒によって思考回路が塗り潰される。
実際問題、己は疲労も腕の怪我も【再生】を使えば容易く治るのを知っていて……である以上、こうやって力任せに剣鉈を叩き付ける戦い方が一番効率良い。
そうして己が振るう剣鉈によって猿擬き共は骨ごと叩き斬られ、肉を抉られ、身体を上下左右に別けられ、その命を終えていく。
ついでに手の届かない場所は【剛力】を使って強化した足で蹴り砕き、肩を使って吹っ飛ばし……正直に言うと、それは剣技どころか戦いですらなく、身体の奥底から噴き上がる憤怒に任せて暴れ回っている、ただの憂さ晴らしに等しかった。
「ははっ、はははははははっ」
憎悪と憤怒を生き物目掛けて叩き付ける楽しさに……己の口はいつしか大きく開かれそんな笑い声を発していた。
一度など猿擬きと一緒に木を切り倒した所為で、上から蔦が降ってきて……己はその赤茶けた蔦の棘に巻き疲れ、全身から血が噴き出るほどの怪我を負ったものだ。
……だけど。
「クソ野郎っ!
痛ぇだろうがっ!」
その痛みすら激怒に火をつける刺激程度にしかならなかった己は、手が傷だらけ血まみれになるのも意に介さず、棘の生えた蔦を腕力任せに引き千切る。
手に突き刺さった棘が、身体中に回る狂気の毒が……己の破壊衝動をますます強化させるのが分かる。
いや、自分がおかしくなっているのを、生き物を殺した直後、一瞬だけ冷静に返った自分の何処かが必死に訴えかける。
……だけど。
「ここに、いたかぁあああああああああっ!」
だけど、止まれない。
噴き上がる憤怒が周囲にいる全ての存在を……特に大木の根本に磔にされている猿の王を殺せと叫ぶ。
蔦を適当にマチェットで斬り払い、猿擬きを蹴り砕き薙ぎ払い叩き斬り、蔦が身体に絡まるのを力任せに強引に振りほどき、血も痛みも意に介さずただただ真っ直ぐに猿の王の下へと早足で歩み寄る。
そして。
「……これで終わりだ、猿の王」
動かないままの猿の王……磔にされた死体の胸の中心部へと、己は両手のマチェットを力任せに突き立てたのだった。
2018/10/04 20:37投稿時
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