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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
51/130

04-05


 切り裂き断ち切り叩き斬り、一歩踏み出しまた同じ動作を繰り返すという……もはや自分が幾度愛刀「村柾」を振るったのかを数えるどころか、自分が今何をしているのかすら分からなくなってきた頃。


(……太陽?

 真上から?)


 (オレ)は真上から照りつけてきた日差しに目を細め、ようやく我に返る。

 今の季節がどの辺りかは知らないが、日の出が六時と仮定すると……大雑把に計算して森に入ってから二時間ほどは歩き続けた筈だから、ざっと四時間余り愛刀を振るい続けていた計算となる。


(ま、この(アー)が管理する世界が一日二十四時間かどうかも知らないんだが)


 そもそもこちらに送られて体感時間では八日ほどが経過しているのだが……その八日の間で、酒も飲まず死にもせず一日を過ごせたのは数えるくらいしかなく。

 第一、スマホや時計すら持ち込めなかったのだから、一日が何時間だと数える手段すらないのが実情である。

 

(まぁ、コイツさえあれば構わないんだがっと)


 そんな要らぬことを考えつつも刀を振るう手は止まらない。

 ただ蔦を切り払い、断ち切り、奥へ奥へと歩き続ける。

 周囲の木々は蔦によって絞め殺されたのか枯れ果てていて、頭上から日差しが差し込んだのはそれが理由らしかった。

 同じように蔦によるものか、それとも棘が放つ毒によるものか……地表周辺にある筈の草木も腐っていて、この辺り一帯が不毛の地となっている。


(コレは……国どころか大陸全てを滅ぼしかねないぞ)


 所詮、蔦は蔦に過ぎず……成長速度は大したことがない。

 だが、幾ら慣れない山道で蔦を切り払いながらとは言え、もう一キロくらいは歩き続けているのだ。

 蔦を断ち切り滅ぼせる筈の人や猿は、棘に刺されただけで狂気に陥り周囲の動くモノ全てに憎悪をまき散らすので、大規模な伐採は不可能だろう。

 つまりこの猿の王というヤツは……ほぼ無敵状態で成長を続け、他の動植物の一切を滅ぼすという悪夢が具現化したような存在なのだ。


(名前負けはしているけどな)


 その名はあくまでもこの周辺に巣食っていたあの猿擬きが毒にやられ、人里を襲い続けたことから森の入り口(バウダ・シュンネイ)の人々がつけた名前でしかない。

 そもそもこの蔦自身が名乗る筈もなく……もし蔦が何かを考えていたとしても、滅ぼされる人間如きが自らのことをどう呼ぼうとどうでも構わないと言うような気がする。

 己はそんなことを考えつつも愛刀を振るって周囲の蔦を薙ぎ払い続け……休み休みの作業ながらも酷使し過ぎたのか腕が腫れ上った感覚があり、息も若干荒くなってきた頃。


「っと、やっと見つけた。

 コレが、本体か」


 己はようやく、この蔦の中心部らしき……明らかに異様なソレを発見する。

 ソレを言葉で言い表すならば、血だまりに沈む干からびた死体、だろうか。

 凄まじく大きな木で構成されたこの巨木ばかりの森の中でも、更に凄まじく大きな木の幹に磔にされた、小さな十歳ほどの子供の死体。

 周囲を乾いた血で染め上げ、既に男女の判別もつかないほど干からびているものの……それでもその死体がろくでもない目に遭ったことだけは理解出来る。

 何故ならば……


(……両腕両足を木に打ちつけられて。

 更に、腹を、引き裂かれている、のか)


 恐らく、この小柄な死体は嬲り殺しにあったのだろう。

 四肢を鉄杭で木に打ちつけられ、更に腹を切り裂かれて……その腹腔から跳び出している臓腑らしき赤茶けたモノこそが、周囲を埋め尽くしている棘のある蔦に繋がっているのだから。


(自分でも不思議だが……何故か、コレこそが猿の王だと分かる)


 蔦の生え具合、切り裂いた後の枯れ具合、そして目に触れるだけで理解出来るその死体の冒涜的な汚らしさと、何よりも身体中の皮膚が感じる吐き気を催すような不快感……それら全てがコレこそが諸悪の根源だと、狂気の元凶だと語っていた。

 尤も……


(……酷い、な)


 戦えない猿擬き共を戦場に送った最悪最低の存在だというのに、己自身を一度は殺した仇だと言うのに……己はその打ちつけられた死体を、木の周辺を見たところで、寸前まで抱いていた怒りや憎悪を忘れ去っていた。

 何故ならば、その死体はあまりにも暗澹たる有様であり……

 更に言うならば、その死体の周囲には棘のある蔦に護られているかのように、子供と思しき小さな白骨死体が散らばっているのだ。

 しかもそれら全ての死体が、四肢の骨が断ち切られていたり、身体に杭が打ちつけられていたりと……真っ当な死に方をしていないのが一目で分かる。

 

「……虐殺跡、か」


 炎の王の口から聞かされた……この神聖エリムグラウト帝国による悪逆非道を知らなければ、ただ彼ら・彼女らがこの場所で死んだだけだと思ったかもしれない。

 だけど……己はもう知っている。

 だからこそ、猿の王と呼ばれる彼、もしくは彼女……恐らくは森の民(チェフ・シュンネイ)と呼ばれていた森で暮らしていた先住民族たちが、この場所でどういう風に殺されて。

 そして、磔になっているこの子供こそが、復讐のために猿を手足として使い、森の入り口(バウダ・シュンネイ)を……いや、帝国全てを滅ぼそうとしていたのだと、容易に想像が出来た。

 何しろ、殺されているのはほとんど子供と思しき骨格をしている。

 その中でもこの木に打ちつけられた死体は一回り大きく……子供たちを護るべき年長者だったのだろう。

 そして、その年長者の殺され方が四肢を磔とされた挙句、腹腔を抉って放っておいた……苦しみながらなかなか死ねない殺され方をしていて、周囲には嬲り殺されただろう子供たちの死体が散らばっていることから、猿の王がどんな思いで最期を遂げたかも……己には、想像出来てしまうのだ。

 ……それでも。


「……悪いな。

 お前の願いは、果たされない」


 己は、猿の王の願いを認められない……帝国を滅ぼされる訳にはいかないのだ。

 まだそれほど交流はないが、幾人かの顔見知りが出来ている。

 もし彼らの祖先が非道を行っていたとしても……彼ら全てが死に絶えても良いとは思えない程度には、彼らと知り合い、話し合い、同じ杯で酒を飲み、共に笑い合っている。

 此処で虐殺された子供たちの無念は想像出来ても、それを苦痛の中で見せつけられた無念は理解出来ても……だからと言って彼ら全てを見捨てることなど、己には出来やしない。


「……」


 己の声に返答はない。

 猿の王は、ただの屍に過ぎず……もしかしたら、その声と動けない四肢を、その無念を、(アー)曰く「異世界の邪神」とやらに捧げた結果、猿の王は指一本動かせないままに神聖帝国を滅ぼす能力を得たのかもしれない。

 だが、全ては想像に過ぎず……何しろ眼前の猿の王は動き一つ見せず、ただ木に打ちつけられたままの死体でしかないのだから。

 己はそうして問いかけている間にも、周囲を窺っている間にも愛刀を振るって辺り一面に広がる蔦を切り裂き、一歩また一歩をその死体へと歩み寄っていく。

 

「……できれば、抵抗してくれ。

 武器一つ持たないヤツを斬るのは、趣味じゃない」


 そんな中に己がそう呟いたのは……剣士としての矜持から、だろうか。

 単純に腕を磨けずに六王を倒してしまうのが勿体ないからか……もしくは、この森の中で過去にあっただろう虐殺跡を目の当たりにしたことから、自分自身もそういう無抵抗の相手を斬ることを躊躇ってしまったのかもしれない。

 余裕を見せつけるような、その声が良くなかったのだろうか。

 もしくは、単純に猿の王が展開している絶対防御圏内に己が足を踏み入れただけか。


「……っ?」


 己が一歩を踏み出したその瞬間に、周囲に群がっていた赤茶けた蔦が動き出したかと思うと、己目がけて一斉に襲い掛かってきたのだ。


「ぅぉおおおおおおおおおおおおっ?」


 唐竹袈裟切り横薙ぎ逆さ袈裟逆風……触れただけで狂気に陥る毒を有する、凄まじい速度の鞭が数多の角度から一斉に襲ってくる非常事態に、己の口からは思わずそんな叫び声が零れ出ていた。


2018/10/01 21:33投稿時


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