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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:03「猿の王:前編」
45/130

03-15


「……じゃあな、兄ちゃん。

 元気で、やれよ?」


「……ああ。

 爺さんも、盗賊には、気を付けるん、だな」


 宴会の翌日。

 街を出た(オレ)と行商の爺さんは、そんな言葉を交わしてお互い別の道へと歩いていく。

 爺さんは聖都へ……この街で仕入れるだけ仕入れた薪を持って行商に戻り。

 己は森の方へ……狂った猿共を送り込んでくる猿の王を討つために。

 そんな二人の声が途切れ途切れなのは、お互いに二日酔いで調子が出ないという締まらない理由ではあるが。


(やはり、あの酒はダメだ)


 己は頭痛と共に、消毒用のアルコールを薬草と香草の煮汁で埋めた最悪最低の酒へと呪詛を送る。

 そんなことをしても意味がないと知りつつも、そうしなければならないという義務感に駆られてのことだった。

 呑み過ぎた過去の自分を恨みもするが、普通の日本酒ならここまで酷い二日酔いにはならなかった筈であり……やはりあの変な酒が悪かったのだろう。


「おいおい、神官(セリカ)さん。

 そんなザマで大丈夫かよ」


「……あ、ああ。

 敵が来れば、多分、もうちょい、まともには、なるだろう、さ」


 門を護る兵士の一人……昨日の酒宴に参加した話好きの大男が放つ心配そうなその声に、己はそう笑って答える。

 その言葉を信用したのか、それとも処置なしと諦めたのか、門番は己にそれ以上の言葉を投げかけようとはしなかった。


「……ああ、気持ち悪い」


 街の周囲をぐるっと回り……南側の森と接している門は完全に封鎖されていて、出入りすら出来なくなっているためだが、そうして大回りをした己はようやく森へと足を踏み入れる。

 ……一歩を踏み出す度に後頭部から頭頂部へと抜けるような痛みと、逆流しそうな胃の中身を必死に堪えながら。


「しかし、木がデカいな。

 ……樹齢何年だ、こりゃ」


 森に入ってすぐに己が抱いた感想は、そんなものだった。

 己が知っているのは日本の、植林されて杉だけしか生えない山が多かった所為か、雑草が生い茂り様々な木々が生える山自体、珍しかったのだが……

 それを差し引いても、この周囲に生えている木々は縮尺が少しばかりおかしかった。

 全てが全てという訳ではないが、木々の中には一本切り倒すのにも一苦労……いや、むしろ一本切るだけで何軒の家が建つことやらという木が幾つかそびえ立っている。


「……徐々に、道が悪くなってきたな」


 己が辟易しながらそう呟いたのは、森へ踏み入れてから五分も経たない内に道が荒れ始め……その挙句、道の左右から雑草が道へと侵入してきていて歩くのにもただ一苦労という状況になり始めた所為だった。

 日ごろから鍛えているつもりではあるが、昨夜のアルコールが己から体力を著しく奪っているためか身体は非常に重く……そもそも雑草まみれの山道なんざ歩く機会すらなかったので、藪を突っ切ることにも慣れてやしない。

 仕方なしに己は愛刀「村柾」を引き抜くと、雑草を刈り払いながら歩みを進めることとなった。


(ったく。

 草薙の剣とでも名前を変えてやろうか)


 予期せぬ愛刀の目的外使用に己はそうぼやきながらも、次々に草葉を払いながら過去道だったらしき跡を前へ前へと進んでいく。

 猿の胴程度なら両断出来る己の愛刀の切れ味は抜群で、その辺りの雑草程度なら蜘蛛の糸を払う程度の感触で切り払っていけるのだが……


「……鉈くらい貰うんだったな」


 幾ら楽に草が刈れるとは言え、自らの行いにそんな愚痴を零してしまうのは剣士としての性だろう。

 やはり刀は人を……生き物を両断して命を奪うための兵器であり、草木を狩り払って歩くための道具などではないのだ。

 そうしてぼやきつつも草を刈り払いながら小一時間ほど歩いた頃、だろうか。


「どんどん、酷くなってきやがるな」


 ようやく頭痛が収まった代わりに汗が噴き出始めた頃、己は前に横たわる倒木を眺めて小さくそう零していた。

 山道を塞いでいるそれらの倒木は、文字通り根こそぎ引き倒されたモノや、砕かれて横たわっているモノもあり……歩くのに凄まじい体力を費やさせるために配置されているようで。

 周囲の木々と比べるとさほど大きくはないだろうその倒木は、それでも直径五十センチほどはあり……軽く跳び越えられるほどには小さくない。


(……面倒、だな)


 己は添え木と包帯によって動かせない左腕へと視線を向け、そんな溜息を一つ吐き出すと……草木の汁で汚れた愛刀を神官服の袖で拭って鞘へと納めて腰へ差し、自由になった右手を使ってその倒木へと身体を乗り上げる。


「……うぉぅっ!」


 その瞬間だった。

 顔面目掛けて飛んできた矢に気付いた己は、必死に身体を仰け反らせてその矢を躱す。

 その矢による被害が前髪の数本だけだったのは、ただ運が良かっただけ……特に意識することないまま、矢の風切り音に意識が向いただけに過ぎなかった。

 慌てた己は右手で愛刀を鞘走らすと、数メートルほど倒木から離れて近くの立木を背にし、周囲を必死に窺う。


(……完全に油断していたっ!

 何処から、来るっ?)

 

 常在戦場が聞いて呆れるような自分の油断に、己は歯ぎしりを抑えられない。

 言い訳をするならば、この森の中の敵は猿擬きや森の主のような巨大な化け物であって、待ち伏せするような知性のある敵が現れることなど予測もしていなかったのだが。


(……まて。

 待ち伏せ、だと?)


 つまり、先ほどの矢の一撃は、狂気に冒されてない相手がこの森に棲んでいるということに他ならない。

 そう結論付けた己は、小さく溜息を吐くと……何とか交渉の余地を探すべく、僅かに警戒を解き、愛刀の刀身を下げる。

 その瞬間だった。

 不意に落ち葉がふわっと眼前を横切り……


「うぉおおおおおおおっ!」


 上からの攻撃だと気付いた己が身を逸らすのと、己の頭があったところに石器の斧が振り下されたのは、コンマ一秒以内の差だったと思う。

 斧によって耳の上端の皮膚が僅かに裂けたのを感じつつ、己はほぼ反射的に愛刀を振り上げ、その木の上から落下してきた物体の胴を横薙ぎに抉る。


「……猿、だと?」


 武器を持って頭上から襲ってきたのは猿で……胴を薙がれはみ出した臓物に苦痛の悲鳴を上げてのたうち回っているその生き物に、己は混乱を隠せない。


(猿が、何故、道具を?)


 ともあれ、その疑問は的外れ以外の何物でもなかっただろう。

 何しろあの狂気に冒された猿共でさえ、何処からか拾ってきた武器を拾って己に襲い掛かって来ていたのだから。

 その事実に気付いた時には、周囲を猿擬き共に囲まれていた。


「……話は通じそうに、ない、な」


 猿共の目は狂気に血走ってはいないものの、己への敵意を剥き出しにしていて説得も懐柔も不可能だと一目で分かる。

 と言うか、そもそも会話が通じる目途すらないのだが。


(……猿人、という奴か。

 先住民族ってコイツらのこと、か?)


 昨日の宴席で誰かがホラー調に語っていた内容がふと脳裏を過る。

 尤も、酒があれだけ入った中での話をいちいち覚えていられる訳もなく……己はすぐさまその記憶を忘却の河へと流したのだが。


「……ま、狂ってる連中よりは楽しめそうか」


 連中が何故己を敵視してくるかは兎も角、この猿共は野生の身のこなしと筋力がある上に武器を使いこなし、人の頭上から襲い掛かってくる立体的な戦術に加え、連携を取る知性までもを持ち合わせている。

 しかも今の己は左手を骨折している上に、周囲は草木が生い茂り視界が効かず、倒木や枝葉などで機動力も削がれるだろう。

 確かにコイツらは人とは多少違うが……敵として見たならば、この戦場と言い、その多少の違いと言い、それなりに楽しめそうではある。


「……さぁ。

 誰からでもかかってきやがれ」


 その言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、まず戦いの火蓋を切ったのは、後方頭上の猿擬きからの投石だった。

 それを頭部を傾けるだけで逸らした己は、奇声を上げて石槍を手に飛びかかってきた猿擬きの咽喉へと愛刀を突き立てる。

 体格の差で槍よりも早く相手に刃を突き刺した己は、咽喉から血を噴き出すその猿擬きの身体を蹴飛ばし、右手から襲い掛かってきた猿擬きへの牽制とする。


「所詮は、猿かっ!」


 猿擬き共は左右からの同時攻撃を目論んでいたのだろうが、仲間の身体によって右側の一匹を足止めした今、左側から襲い掛かってくる一匹だけが己の前に突出してくるばかりとなる。


「遅いっ!」


 己の眼前に立った時点で、自分が孤立したことに気付いたのだろう、その猿擬きは己に背を向けて逃げ出そうとしたものの……人様の射程圏内に入っていて背を向けるなんてただの愚行に過ぎない。

 己は右手一本で猿の背に刃を突き立てると同時にその小さな身体へと蹴りを叩き込み、愛刀を死体に変わりつつある猿の身体から引き抜いていた。


「……足癖、悪くなっちまったか」


 ほぼ無意識下で蹴りを繰り出した自分にそう自嘲しつつも、左腕が使えない現状では仕方ないだろうとも思う。

 要するに正中線を保ち、常に何処からの攻撃にでも対処できる状況さえ保っていれば、腕を使おうが頭を使おうが足を使おうが……敵を斃せれば問題ないのだから。


「っとぉっ?」


 そんなことを考えていた所為……ではなく、単純に森の中という戦場に慣れてない所為だろう。

 頭上から投げられた投石を躱した直後、雑草に足を取られた己は体勢を崩し、地べたに倒れ込んでしまう。

 それを好機と見たのか、周囲からは襲い掛かって来ているのだろう、猿が茂みをかき分ける音が聞こえてきて……


「……ちぃっ」


 慌てて起き上がるべく、その場で愛刀を握りしめたままの右手を大地へと当て、立ち上がるべく顔を上げた己の眼前……少し遠くの木の上には、弓矢を構えこちらを射ようとしている猿擬きの姿が見える。


「……やべぇ」


 愛刀を握る片手を大地に付けている現状では、その矢を防げない。

 その場に寝転がれば躱すことは出来るだろうが……今それを仕出かすと、周囲から襲い掛かって来ている猿擬きの攻撃に対応できない。

 脳裏に「詰み」という単語が過ったその時……


「ぐごぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 大地ごと身体中に振動が響くような大声が周囲を満たし……それを聞いた猿擬き共が武器を捨ててその場を逃げ出し始める。


「……おいおい。

 まだ、いるのかよ」


 最悪の予感に顔を上げた己の目に入って来たのは……昨日命を奪った筈の、体長五メートルほどにもなる、完全に狂気に冒された血走った眼で己を見下ろす、巨大な森の主(エル・シュンネイ)の姿だった。


2017/11/23 07:07投稿時


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