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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
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02-07


 旅は順調すぎるほど順調だった。

 ひと眠りして眠気が抜けた所為か、(オレ)の身体は快調極まりなく……虫刺されは多少痒いが、そこまで気にするほどもない。

 順調、なのだろう。

 この牛車……六本脚の鱗が生えた牛のような生き物が牽く車を牛車と呼ぶのであればだが、ソレの速度が非常に遅いことと、後は同乗している女たちの化粧やら香水やらがかなり匂ってくることを除けば、だが。


(ま、どうでも良いか)


 この国が危機に瀕していると言っても、今日明日でどうにかなるほど追いつめられている訳もなく。

 今のところ、まだ庶民の……しかも路地裏に暮らす貧民層の生活が脅かされ始めている、という状況でしかない。

 そもそも……この国の軍が全力をつぎ込んでもどうしようもない類の危機である場合、己が愛刀だけを使ってどうにかなるようなものでもないだろう。

 勿論、ソレを刀一本で覆すつもりではいるのだが……男子に生まれ落ちた故か英雄譚に憧れはしても、生憎とそれを自分が出来るなんて自惚れている訳ではない。

 自分に出来るのは、刀一本が届く範囲でしかない現実を忘れるほど愚かではないつもりである。

 そうして旅路が順調なのを良いことに、寝転んだまま体力回復に徹していたのだが……流石に目が覚めたことはバレたらしい。


「ねぇ、あんた。

 起きたんだったら、話でもしない?」


 暇を飽かしたらしき女性の一人が、己に向けてそう問いかけてきた。

 確かにこの牛車での旅は退屈極まりなく……何しろ己が目覚めてから小一時間ほど経つが、すれ違ったのは大きな樽を運んだ牛車一台のみ。

 空を何やら翼の数がおかしい鳥っぽいのが飛ぶのは見えるが、野生動物が襲い掛かってくることもなく、本当にこの国が危機に瀕しているのかさえ疑わしいほど呑気な旅路だったのだ。


「……ああ、まぁ、良いが」


 そして、退屈を持て余すという気持ちは分からなくはない。

 己はこんな自分へ……返り血塗れの服を着て刃物を持った男へと話しかけたその度胸に敬意を表し、身体を起こして頷いて見せる。

 話しかけてきた女の方を良く見ると、二十代中盤で己と同じくらいの年齢だろうか。

 薄い褐色の肌に、こげ茶めいた髪の毛を白い布で隠していて、赤やら茶色やらの糸で蝶らしき生き物が刺繍された、薄手の服を身にまとっていた。


「で、あんた……えっと、ジョンだったけか。

 何をしている人なんだい?

 あんなところをうろうろと……」


 その女性……確かマイリメアとか名乗った女性は、至極真っ当な疑問を己に向けて叩き付けてきた。

 事実を……「日本から神によって送られたので、六王を倒す旅をしている」などと素直に答えるのは簡単ではあるが、どう考えても信じてもらえないだろう。

 だからこそ己は、嘘にはならない本当のことを告げることにする。


「あ~、武者修行中……で通じるか?」


「……物好きな。

 こんなご時世になってまで……」


 あの幾何学的存在に与えられた翻訳機能頼みの説明だったが、どうやら武者修行らしきことをする連中ってのはこの国にも存在していたようだった。

 尤も、日本で己が見られていたのと同じ……変わり者への視線を頂くことになってはしまったが。


「しかし、変わった服だねぇ、西の遊牧民のでもなければ、東側の農民のでも南に住む森の民とも違う」


 まず彼女がこの服のデザインを話題にしたのは、女性らしい着眼点からだろうか。

 己であれば……いや、男であればまずこの珍しいデザインと形状の武器へと視線が向かうと思うのだが。

 とは言え、彼女がその疑問を抱いた理由は分からなくもないが……日本の伝統的な服装に近いデザインと言って、伝わるとは思えず。


「……そうか?

 動きやすかったんだが……流石にそろそろ新しくしないとなぁ」


 結局、上手い返し方が思いつかなかった己はそう韜晦することにした。

 そのアルメリアという名の女性は、答えを口に出せないことを理解したらしく、肩を軽く竦めてみせた。

 しかし……


(あまり色々と問われても拙いな)


 出身地も服の出所も、今までの経歴も刀の出所も喋れない。

 話くらい、と思ったのだが……生憎と己が話せることは、己自身が思っているよりも遥かに少なく、彼女の話し相手になるというのも意外と労力が必要らしい。


「しかし、アルメリアだったか?

 あんたたちは何をやってんたんだ?

 ……姓がない、ようだが?」


 そう考えた己はこれ以上の問いを向けられないよう、こちら側から何かを問おうと適当な話題を探し……


「……まぁ、色々あって夫に家を追い出されたんでね。

 お蔭さまで、姓を名乗れないんだわ、あたしは」


 ……恐らく最速で地雷を踏み抜いた。

 同じ牛車に乗っている二人の女性が苦虫を噛み潰したような表情でこちらを向いていて……まぁ、その咎めるような視線がなくても、自分が迂闊な問いを放ったということくらい、己にでも理解出来たが。


「……離婚、とかは?」


「全知にして万能の(アー)の前で結婚の誓いをしたんだ。

 覆すなんて認められないのさ、ジョン。

 幾ら相手が若い後妻にのめり込んで、あたしを追い出したアホな夫だとしても、ね」


 肩を竦めながらもアルメリアが告げたその言葉は、何処となく子供を諭すような感じで……何とも居心地悪いこと、この上ない。

 だがまぁ、「知るは一時の恥、知らぬは一生の恥」とも言うのだ。

 知らなかった以上、恥をかくのは当然だろう。


「じゃあジョン、次の質問はこちらから。

 あんたは東の砦へ何を?」


「武者修行と言ったろ?

 炎の王とやらに挑んでみようと思ってな」


 いつの間にか出来ていた交互に問うシステムに従い、彼女の問いに己は軽くそう答える。

 実際のところ、炎の王とやらがどんな存在かすら知ってないのだからこそ、己はそう返したのだが……


「……あんた、死ぬ気?

 命が惜しいなら辞めた方が良いわよ」


 己の答えに返ってきたのは、そんな心底冷たい一言だった。

 己は、今から自分が挑もうとする相手がそこまで凄まじい相手なのだと気付かされ……唇の端が吊り上っていくのを止められない。

 絶望的な戦いの果てにこそ、己の求める極みがあるのだから……己が笑みを浮かべたのも仕方のないことだろう。

 だけど……同乗している女性たちは、そうは考えなかったらしい。


「私は戦士(ダヌグ)の連中を客に取ることが多いから言うけどさ。

 牙の王と猿の王はまだ、眷属たちが相手ではあるけれど、まだ戦いにはなってる。

 勿論、ただ防ぐのが精いっぱいで……反撃どころじゃないらしいけど、さ。

 でも、屍の王と炎の王は本当にもうどうしようもない、って聞くわ」


「私の夫も、炎の王の眷属に殺されたわ。

 ……本当にアレだけは、どうしようもないって」


 アルメリア以外の二人の女性……リノリ=何某とアディナ=何某が己を説得しようと口を揃えてそう告げてくるものの、生憎とそれは逆効果でしかない。

 それが分かったのだろう。


「まぁ、覚悟が決まってるのなら、止めないけどさ」


「……一匹でも多くの敵の刺し違えてよね」


 二人の女性は憎まれ口を叩くとそのまま黙り込んでしまう。

 そんな対応も……自分の望みを誰にも理解されず、狂人を見るような視線を向けられることも、剣術バカを貫き通して命を落とした(ジョン=ドゥ)にとっては遥か昔からの日常茶飯事でしかない。

 いつも通り返す言葉も言い訳もない己は、ただ軽く笑って誤魔化すだけである。


「じゃあ、次は己の番か。

 ……あんたらは、東の砦へ何を?」


「気付いているだろうから言うけどさ。

 あたしたちは神の妻(アー・ミィリア)で、東の砦へ出稼ぎに行くのさ」


「……神の妻?」


 アルメリアの口にした聞き慣れない言葉に、己は首を傾げる。

 巫女の類であるならば……だが、確かあの鑑定眼(アー・ファルビリア)を持つ少女は普通に(アー)(ハルセリカ)と呼ばれていたような。

 もしかして、アレは男女関係なく天賜(アー・レクトネリヒ)を持った者の呼び方なのかもしれないが……

 そんな己の疑問に気付いたのだろう。


「あ~、知らないのかい?

 ったく、男を相手にする世界最古の商売ってやつさ。

 一応、神殿じゃ許されてないから、一夜の妻(プクラ・ミィリア)とか神の妻(アー・ミィリア)とか隠語を使ってるのさ」


 アルメリアが何処となく忌々しそうな表情を浮かべつつ、そう種明かしをしてくれた。


(……娼婦、か)


 確かに、軍人が詰める砦で女性が必要とされる仕事と言えば、そうなるのは当然なのかもしれない。

 そして、滅びが徐々に迫っているこんな世界で、家を追い出され離縁も再婚も許されない女性や夫に先立たれた寡婦にとって、就ける仕事が他にないのも事実なのだろう。


「ちなみに、リノリは夫が戦場から逃げ出した所為で生活に困って……アディナは戦死した夫に身寄りがなくて、再婚も出来ずって口さ」


「なる、ほど?」


 別に二人の身の上話なんて聞く気はなかったのだが……しかし、彼女の話が正しいのであれば、この国はどうやら男性側が妻を養っていく風習が強いようだった。

 

(あのヌグァ屋でも、娘の結婚を店主が決めるみたいな話をしていたっけか)


 とは言え、己はこちらの国に骨を埋める気などなく……そんな風習を聞かされても「ああ、そうか」程度の感慨しか浮かばないのだが。


「で、あんたは一体、どこのお偉いさんだい?

 今夜はあんたの妻になってあげるから、さ。

 ちょっとばかり「持参金」を弾んでもらいたいと思ってるんだけど?」


 恐らくはこの国で娼婦が客を取るための暗喩に満ちているのだろう、(アー)から貰った翻訳機能に頼っていて意味が今一つ理解しづらい……そんな会話をしている間にも、アルメリアという女性は己へとじりじりと距離を詰めてきていたらしい。

 何しろ気付けば、あとちょっとで手が触れそうな距離にまで近づかれているのだから。

 

(……気付かな、かった)


 幾ら速度が出ない牛車とは言え、この手の修練を積んでいなければ、そんなことは不可能だろう。

 もし彼女が暗殺者ならば、接近に気付かなかった己は凄まじく不利な状況に立たされていたに違いないのだ。


(……己もまだまだ未熟だな)


 自分の不甲斐なさに自嘲した己は、アルメリアの接近を手で制し、そのまま立ち上がる。


「ちょ、ちょっと。

 あたしみたいなのは御免だってのかい?」


 袖にされたと思ったのだろう、アルメリアが不機嫌な声でそう抗議するものの……今は彼女に構っていられる暇はない。

 そのまま己は愛刀を左手に掴むと牛車を飛び降り、御者をしている爺さんのところへと駆け上がる。

 見渡すと牛車の周囲にはまばらの木々が並び、背の高い草があちこちに群生していて……射線は通るけれど隠れる場所はあちこちにある。

 そんな襲撃には格好のポイントなのだ。


「ど、どうしたんじゃ、若いの?

 あの娘たちが……」


「良いから爺さん、車を止めろ。

 ……お客さんだ」


 御者の爺さんが驚きを隠せない様子で己に問いかけてくるものの……今は問答している暇などない。

 まるで狙い澄ましたかのように、己の言葉とほぼ時を同じくして。


「……ははっ」


 己たちの乗っていた牛車目がけて、拳大の石が凄まじい勢いで飛んできたのだった。


2017/09/15 07:17投稿時


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