02-03
……鑑定眼。
神の見透かす瞳という意味のその能力を持っていたのは、小学生高学年としか思えない女の子だった。
いや、「女の子だと思われる」というのが正しいだろう。
髪も眉も全てをそり落とし、祖父と同じような体型の分からない聖職者の服に身を包んだその人物の性別を判断するのは、顔以外にはあり得ず……
そして、男女の性差があまり出てない十代前半では、髪の毛と眉毛までない顔の男女をはっきりと区別するのは難しかったのだ。
(そういう文化、か)
聖職者は髪と眉を全て剃り落とす……恐らくはあの死の淵で出会った神とやらの、要らぬものが一切ない球形の頭部に近づけるための行為なのだろうが、異邦人でしかない己には今一つその習慣の意義を理解出来ない。
……だがまぁ、それはそれ。
理解出来ぬものは理解出来ぬなりに「そういうものだ」とその文化を容認した己は、エリフシャルフトという名の爺さんの言うがまま、彼が申告するところの少女とやらの眼前に座り込んで睨めっこをしている最中だった。
「どうだ、エーデリナレ。
読み取れたか?」
「ええ、お爺様。
ですが、コレは……こんなのって……」
エリフシャルフトの爺さんの問いに、孫娘であるエーデリナレは何処となく戸惑った様子でそう歯切れの悪い呟きを零す。
己としては、天賜と呼ばれる超能力に「手品が出来るようになる」程度の期待はすれど、それが戦うため絶対に必要という訳でもない。
事実、己が抱いている期待とは、ただ子供の頃に憧れた「超能力や魔法とかを一度くらいは使ってみたい」……その程度の単なる好奇心でしかないのだから。
「どんな能力でも構わぬ。
正直に告げるが良い」
当事者である己を置いてけぼりにしたまま、爺さんは凄まじく気合の入った声で孫娘であるエーデリナレへとそう命じる。
爺さんとしては祖国の危機に直結するからだろうが……正直に言って、第三者の方が必死になっているのを目の当たりにすると、当事者としては何処となく期待が冷めていくのが道理であって。
正直この頃にはもう、己は超能力への期待は失せ……代わりに「この茶番をさっさと抜け出して愛刀を手に鍛練へと向かいたい」という気分になっていた。
「読み取れる部分だけです、が……
まず【加速】【剛力】【加熱】【冷却】【再生】……」
「……馬鹿なっ!
天賜は一人一種……帝国の領土を最も広げた七代皇帝レセムトハンド=レクトハルト=エリムグラウトですら四つが限度っ!
この儂ですら、五つしか使えぬのだぞっ!」
孫娘が恐らくは正直に答えたのだろう返答を、爺さんは前言を翻して怒鳴り声でかき消してしまう。
その光景をぼんやりと眺めていた己は、何となく嫌々ながらにバイトしていた頃を思い出し、「こういう上司っているよなぁ」なんて、眼前の二人と温度差の激しい感想を抱いていた。
「まだ、あります。
【金属操作】【繊維操作】【水作成】【鉱物作成】【雷操作】、それから……」
「……ほ、ほぼ万能、ではないか。
さ、流石は、神自らが召喚せし……神兵。
神も、己の全てを、授けられたの、だろう」
爺さんとその孫娘がそんな言葉を交わしているのを、己は他人事のように聞いていた。
事実、そんな万能の力が授かっていると聞いたところで、実感などなく……だからこそ何の感慨も湧きやしない。
爺さんが何やら矜持を砕かれたのか、平静を保っているようで実は声が震えまくっているのが気の毒極まりなかったが……実際のところ、こんな茶番にはもういい加減付き合い切れないというのが己の正直な感想である。
(……まずは【加速】、だったか?)
ただ己自身を放って話を続ける二人には悪いが、こんな下らないことを話し合う暇があるなら愛刀を振るう方がマシ、というものだ。
そう考えた己は何やら言い争っている二人から少し離れると、周囲に何もない空間にて愛刀を抜き放ち正眼へと構え……『加速』とやらを念じながら大きく踏込み、上段からの振り下ろしを放つ。
「……っ!」
自分が放った一撃に己自身が絶句してしまうほど……ソレは凄まじい一撃だった。
踏み込んだ自分の脚が大地を蹴った瞬間、身体が前へと進み過ぎて戸惑いを隠せない上に、振り下ろした愛刀の切っ先どころか肘から先が見えず……刃が空を切り裂く音もいつもの音とは明らかに違う。
とは言え、当然のことながら利点ばかりでもなく……踏み込みと愛刀を振り上げるタイミング、そして振り下ろしたところで柄を手の内に握りこむタイミング、そんな一連の動作が何もかも狂ってしまっている。
流石に刃の位置は身体が覚えていたらしく、切っ先が床に突き刺さるようなことはなかったものの……下手すれば自分の足を斬り落としていたかもしれない。
そうして次は慎重に、二度三度と【加速】による斬撃を試みた己は、溜息を一つ吐くと、あまり嬉しくない決断を下す。
「……使えねぇな、コレは」
斬撃が早くなったことを一瞬だけは単純に喜んだのだが……やはりそんなに簡単に強くなれるような話など、世の中には転がっていないらしい。
「な、何故ですかっ!
神兵に相応しき、凄まじい一撃で御座いましたっ!」
己の零した小さな呟きを聞きつけたのだろう。
いつの間にか……恐らく己の放った素振りの音を聞きつけてだろうが、孫娘との言い争いを止めていたエリフシャルフトの爺さんが、さっき孫娘相手に見せた権幕をこちらへ向け、そう怒鳴り込んでくる。
だけど……
「放つまでに意が現れ過ぎて、放つタイミングが丸分かりだ。
コレだと出だしを潰されて終わる」
そう言うと己は【加速】を使わない斬撃を放つ。
確かに斬撃の速度は落ちるものの、事前に斬撃を悟らせない……予備動作のないいつもの動きになっている。
尤も、達人となればこの無拍子の斬撃を、命のやり取りをしている実戦の最中に何気なく放てるのだが……生憎と己は練習の時にのみ十回に一度ほどの成功率で、この見様見真似の無拍子を放つのが精いっぱいという程度の技量しかないのだが。
「……何を、おっしゃって?」
とは言え、そんな機微など武人でもない爺さんには分からないのだろう。
その暗灰色の瞳は、明らかに己の言うことを理解していない、不審げな色を宿していた。
「ついでに……コレは、自分じゃとても制御できない速さだ。
機をズラされただけで刃筋は曲がるし、何より上手く引き斬ることが出来ない」
練習すればその辺りも何とかなるのかもしれないが……オン/オフの差が激し過ぎて、よほど練習を積み、しっかりと使いこなさないと自分が怪我をするだけだろう。
(意識しなきゃ放てないってのが致命的なんだよな)
斬撃を放つ瞬間に【加速】と念じなければ放てないのだが……それほど意を込めれば、どんな馬鹿にでも攻撃のタイミングを悟られる。
ついでに言うと、その意識しなきゃならないという条件の所為で、不意打ちを食らった時に対処できなくなる可能性が高い。
(……理由は、それだけじゃないんだが)
その挙句……天賜とやらを万能と信じ込んでいるらしき爺さんには告げるつもりはないのだが、さっきから肩から下腕部にかけて鈍痛が走っている。
恐らく、【加速】によって通常の倍ほどの速度で刀を振るった所為で、刀を止めようと握りを絞めた時に筋肉へと尋常ではない負荷がかかったのだろう。
重量と筋力で相手を叩き潰す西洋剣などを使うなら、それなりに使えるのかもしれないが……生憎とこの超能力は、己が今まで鍛え上げてきた剣術とは少しばかり相性が悪いらしい。
「そんな、神から授かりし天賜を、そんな簡単に……」
「……簡単な訳でもないのだが。
ま、己には向いてないってことだな」
まさに絶望したという様子のエリフシャルフトの爺さんに、己は弁解するかのようにそう告げる。
これは推測に過ぎないが……己が授かったというこれら大量の天賜とやらは、この爺さんが咽喉から手が出るほどに欲しがっているモノなのだろう。
だが、それらは爺さんではなく己のところへと授けられていて……実際のところ、神から与えられる贈り物……才能なんてのはそんなものだ。
欲しい人の元へは訪れず、特に価値も感じてない人のところへ舞い降りたりする。
(……天才、か)
その単語を聞いた己は、昔、弟弟子に凄まじい天才がいたことを思い出していた。
ソイツは、己が十年間かけて築き上げてきたものを僅か一年で追い越し……受験勉強だからという訳の分からない理由で剣を置いた。
あの時には、天才というものの理不尽さに涙したものだ。
結局、この剣の道しか知らない己は、天から授かった才能もないのに、それを何度も思い知らされたというのに……未だにこうして剣の道にしがみついている。
(馬鹿は死んでも治らないというが……)
二度も命を落として治らないのだから、己の馬鹿は筋金入りなのだろう。
己がそんな自嘲めいた笑みを浮かべているのを意に介すことなく、頭髪も眉もない爺さんは唾を飛ばしながら声を荒げる。
「では、【剛力】はっ!
アレならば、如何なる敵も両断出来る筈っ!」
「……ダメだな。
力み過ぎて太刀筋が乱れる。
無用の長物だな」
爺さんの声に従い、【剛力】の天賜とやらを試した己だったが、結論は同じだった。
腕力が増強する分、バランスが失われ……むしろ斬撃を放つ意が見え見えになる挙句、斬撃の速度も変な力みで遅くなったのだから、さっきの【加速】よりも性質が悪い。
使えるとすれば鍔迫り合いの時くらい、だろう。
いや、それよりも……
(……こんな手品に頼りたくはない、な)
天賜とかいう超能力を二つほど試してみた己だったが、いつの間にか……恐らくは天賜とやらが使えると聞いた時からそんな感想を抱いていたらしいということを、今ようやく自覚していた。
事実、己はこの愛刀一本で全てに打ち勝つつもりであの神の誘いに乗ったのだ。
ちょっとばかり使える手品が出来るようになったところで、そんな不意に手に入れた贈り物なんぞに頼るようになってしまったならば……そんなのでは己が強くなったとは言えないだろう。
そんな力など得たところで……己にとっては何の意味もない。
そんな手品で相手に打ち勝ったところで、鍛練も積まずに相手に勝ったことで、それはただ勝っただけでしかなく……己はそんな勝ち方をして自分が強くなったと悦に浸れるような恥知らずではないのだから。
(実際の話……強くなりたいんだったら、剣など習わずに銃を使えば良いんだし、な)
……そう。
一度撃たれて死ぬまで……己が身元不明の死体となるまで必死に剣術を学んだのは、それ以外の道に興味など持てなかったからだ。
本当に強くなりたければ徒党を組めば良いし、そもそも剣では重火器に敵う筈もない。
それでも己が剣の道に固執して、才能もないのに人生を捨ててまで剣に固執したのは、単にソレが好きだったから……それ以外の道を選べなかったからに過ぎない。
今さら、急に手にした超能力などに頼るようでは、己の今までの二十数年間の人生が何の意味もなかったことになる。
「では、【加熱】はっ?
これで炎を生み出せば、如何なる敵も屠ることがっ!」
「……愛刀を極める己には不要。
いや、野営の役には立ちそうだな」
「では、【雷操作】はっ!
これならば、敵の動きを封じることがっ!」
「……犯罪者の捕獲には使えそうだな。
大軍を相手に使えるほどの能力はなさそうだが」
だからこそ……必死になっている爺さんには悪いと思うが、己は自分が使えると言われた天賜の全てを、使いもせず否定し尽くすことになった。
「そんな、我らが神の御心が……」
そうして教皇という地位にいるだろう爺さんを一方的に追い詰めることになった己は、溜息を一つ吐き出すと、とっととこの神殿を去ろうと立ち上がる。
爺さんには悪いが……己の目的はあくまで剣の道を極めること。
超能力者になることでもなければ、大道芸を極めることでもなく……ましてや説教を聞くことなどではないのだから。
「何処へ、行かれるのですか?」
爺さんを打ち砕いて安心した己にそう声をかけたのは、さっきまで全く喋ろうとしなかった鑑定眼の持ち主、エーデリナレだった。
その頭髪のない少女は、あまり感情を見せない瞳で己をじっと見上げてきて……欠片の悪意も宿していないその暗灰色の瞳を前に、己は素直に自分の目的を告げることとする。
「ああ、もう一度、北へ。
負けっぱなしじゃ、気が収まらないからな」
「ダメ、です。
先に、炎の王を討たないと……真の戦士さま。
屍の王が、そう言っていた、筈、です」
再戦に闘志を燃やす己の呟きを聞いたエーデリナレは、静かな、だけどしっかりとした意思を宿した声で、己しか知らない筈の、あの屍の王の伝言を口にしたのだった。
2017/09/11 19:17投稿時
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