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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
121/130

05-45


「さぁっ、来てやったぞ、霧の王っ!」


 翌朝、その環礁へと降り立った(オレ)は、大声でそう叫ぶ。

 昨夜と、そして己たちが乗る霧を切り裂く剣ハルセルフ・ルト・シャール号がこの島へと辿り着くまでの間、霧の王からの襲撃は一切なく……その事実こそが、霧の王が此処で待ち構えていることを意味していた。

 そんな己の前方には、円弧を描くような環礁の外周部が広がっておりその直径は五百メートルほど、だろうか。

 円弧を描く環礁の中心部には小さな島があり……その島と環礁との間は膝までもないほどの浅瀬で、真っ白な砂が敷き詰められてるのが見える。

 だから正確にはこの周辺は環礁と言わなかったような記憶があるが、生憎と己は、この手の島の名前を覚えていなかった。

 己の頭上に広がる空は一面の霧に覆われている癖に、何故かその島の周囲だけは霧が薄っすらとしかかかってないこの状況こそが、霧の王がこの己を……(アー)(ハルセルフ)との対決を望んでいる証、なのだろう。


「お、おい、ジョン。

 幾らなんでも……」


 傍から見れば、そんな己の行動は大胆不敵を通り越して無謀極まりなく思えるのだろう。

 昨日はあれだけの入れ込んでいたゲッスルが、若干引いた様子でそう己に訪ねてくる。

 とは言え、常人には分からずとも【心眼擬き】を獲得している己には良く分かる。

 ……霧の王が放つ殺気が、この環礁全体から発せられていることに。


「……来る、な」


 その殺意が高まった事実に、己がそう呟くのとほぼ同時だった。

 眼前の環礁内部の浅瀬から骸骨の兵士たちが凡そ百数十……手に錆びた剣や槍を構えたまま、立ち上がるのが見える。


「……全員、霧を切り裂く剣ハルセルフ・ルト・シャール号へ戻れっ!

 この数を一度に相手は出来んっ!

 おい、ジョンっ、聞いているのかっ!」


 背後でゲッスルが何やら叫んでいるものの……己は首を左右に鳴らすと、愛刀「村柾」を鞘から引き抜き、鍔を鳴らして正眼に構える。

 どうやら一戦目はこちらを立てて己の流儀に合わしてくれるのだから、付き合ってやるのが礼儀というものだ。


「退けっ、早くっ!

 船上から矢と投石で応戦しろっ!」


「あの馬鹿はどうするんだっ、ゲッスル?」


「知るかっ、不浄の(ダウゼ)(ジァ)がっ!

 アイツは死なないと信じるしかないっ!

 とっとと歩けよ、デカブツっ!

 俺はこの脚なんだぞ、畜生っ!」


 背後で黒真珠の連中が船に上り下りするための渡り板で何やら騒いでいるのが聞こえるものの、己はそれを気にすることもなく、ただ足元を確認するために三度ほど周囲の珊瑚岩を踏みしめる。

 ゴツゴツとした数十センチから数メートルの岩が転がった挙句、海藻やらフジツボやらがくっついた非常に不安定な岩場、少しでも踏み外せば浅いとは言え踝から脛辺りまでが浸かりそうな浅瀬となっており……付け加えるならば、背後は海で逃げ場がない。


「敵地に寡兵で背水の陣か。

 ……いっそ笑えるな」


 昨日、偉そうに戦術を説いた己が、ここまで救いようのない状況で逃げ出しもせずに戦おうとしているのだから、これほど馬鹿なことはないだろう。


「だけど、まぁ。

 こういうのが楽しいんだけど……なっ!」


 骸骨だから脳みそがないのか、それとも霧の王は細かい操作が苦手なのか……真正面から無防備に突っ込んできた骸骨兵の一体を大上段から斬り裂く。

 肩口から肋骨、そして骨盤までを、愛刀「村柾」は抵抗一つも感じさせることなく切り裂き、身体の支えを失った骨の集合体は四肢を動かしながらも浅瀬の中へと倒れ込む。


「……っ、二つっ!」


 直後に右前方から骸骨兵が放った槍の一撃を避けようと足を動かし……即座に足場が悪いことに気付いた己は柄頭で槍の切っ先を逸らすと同時に放つ逆さ袈裟の斬撃によってその敵兵を叩き斬る。


「は、ははっ。

 そう、こなくっちゃなぁっ!」


 正直、昨晩はゆっくり休んだ所為か、それとも気合が充実している所為か、己の身体は絶好調であり……動きの遅い骸骨兵なんざ幾ら雁首揃えようとも脅威とすら感じないほど、身体のキレが凄まじい。

 それでも、この足場が悪いという状況では僅かなミスが命取りになりかねないのだが……一手が死に繋がる緊張感のお陰か、早くも己は「達人の領域」へと到達してしまっているらしく、敵の一挙一刀足どころか突き出して来る槍の切っ先の錆びの形までも見えている(・・・・・)のだ。

 その事実に唇を釣り上げた己は、手斧を振りかぶっていた骸骨兵の右上腕を断ち斬り、返す刀で骨盤上の脊椎を叩き斬る。

 そうして十数体の木偶を切り裂いた時のことだった。


「撃て、撃てぇっ!

 ただし、ジョンに当てるなよっ!

 遠くの連中から一体ずつだっ!」


「狙いは適当で構わんっ!

 取りあえず数を放てっ!」


 霧を切り裂く剣ハルセルフ・ルト・シャール号の上からそんな黒真珠の連中……船首近くからゲッスルの叫びと、船尾方向からはグデフの声が聞こえてくる。

 直後に頭上を何かが飛んでいく音と共に、遠くの骨共が砕け散り浅瀬に倒れ込む音が次から次へと響いてきた。


「……やり過ぎだ、畜生」


 己は自分の取り分が減ることにそう舌打ちをしつつ、眼前から放たれた錆びた剣を半歩だけの動きで躱すと、横薙ぎにその両腕を叩き斬り……蹴りを放って両腕を失った骸骨兵を蹴り剥がす。

 たったのそれだけで眼前の骨格標本擬きは砕け散り……蟲らしき生き物がぴちぴちと死体から離れて逃げていくのが見える。


「まだ固まってねぇのか。

 ……即席兵で己が止められるかっ!」


 蹴りを放ち体勢が崩れたのを狙ってきたのか、曲剣を振りかぶってきた骸骨兵の振り下しの斬撃よりも早く、横薙ぎに愛刀を振るい……その一撃を受けた寄生虫を宿し動いている人骨は胸骨の中心辺りから上下に分割させる。

 幾ら足場が悪かろうと、そもそも動きの速度域が違い過ぎるのだから意識さえしてしまえば問題などある筈もない。

 己が以前、(アー)のご褒美で宮本武蔵と思われる人物と戦った時のように……相手が動いたのを見てからの後出しで、こちらの斬撃が一方的に届くのだ。


「……くそったれ。

 己とあの剣豪とじゃ、これくらいの差があるってことかよっ!」


 嫌なことを思い出した己は、そう舌打ちをしながらも、蟲が操る人骨を……恐らくは蟲が巣食っている辺りを的確に叩き斬っていく。

 実際のところ、敵の動きが悪いのと己が絶好調なのに加え、愛刀の斬れ味が何故か凄まじいこともあり、足場の悪さなど気にするほどのこともなく次から次へと敵兵が刀の錆びにすらならずに散らばっていく。

 そうして気が付いた時には、百数十はいた筈の骸骨兵は全て原型を留めることなく砕け散り……足元は寄生虫共の死体が変貌した塩の塊で埋もれてしまっていた。


「やったっ。

 楽勝だなっ!」


「これで、海の切っ先(レテ=シェールテス)も救われる」


 背後の船から黒真珠の連中がそんな歓声を上げているものの、霧の王が……六王がこれで終わるならこの国は滅びに瀕してはいなかった筈だ。


「騒ぐなっ。

 これで終わる訳、ないだろうっ!」


 己と同じようにそれを理解しているのだろう。

 ゲッスルがそんな叫びを上げて部下たちの手綱を握り直す中、己は愛刀を鞘へと納め……不意に気付く。

 蟲たちの死骸と骨の残骸とが、いつの間にか環礁の中心部にある島へと繋がる道のように散らばっていることに。

 恐らく霧の王の眷属であるあの珊瑚蟲たちが気付かれないよう浅瀬の下で細工をしたのだろうが……なかなか愉快な招待状を送りつけてくる。


「……ははっ。

 誘ってやがる」


 その道を見た瞬間……そして、その意図を汲んだ瞬間、己は罠を疑うこともなくその新たに造られた道へと足を踏み入れていた。

 どうやら海賊を率いていた霧の王というヤツは、こういうもったいぶった演出が好きな男だったらしい。


「お、おいっ、ジョン。

 一人で勝手に行くなっ!

 畜生っ、俺たちも……」


 背後で何やらそんな叫びが聞こえていたものの……己は振り返ることもなく真っ直ぐにその道を歩んでいく。

 ここまで熱烈に誘われているのだ。

 ……こんな美味しそうな据え膳に手を出さないヤツは、男じゃないだろう。


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