02-02
「……なんだ、ソレは?」
眼前でスキンヘッドを輝かせる爺さん……エリフシャルフトという名の爺さんが見せた、一瞬で折れた腕を治してみせたその奇跡に、己は呆然とそう呟いていた。
「天賜。
我らが神より賜りし、奇跡の業に御座います」
己の問いを聞いた爺さんは胸を張って両手を左右に広げ、まるで神とやらがその背後にいるかのようにそう告げる。
自らの技量と刃の切れ味のみを信じ、神や仏など信じようともしなかった己だったが……爺さんのその姿は「まるで後光が差している」としか表現のしようがないほど、神聖で触れ得ざるべきものにも見える。
恐らくは太陽光の反射が爺さんの白い衣装と毛髪一つないその頭とを反射した所為でそう見えるだけだとは思うが……
「ほら、こんなことも出来ますよ」
己が眩しさに目を細めて沈黙しているのをどう思ったのか、爺さんは近くに転がってあった木剣を持つと、そのままソレをゆっくり大地へと突き刺していた。
特に鋭い訳でも中に鉄芯を埋め込んでいる訳でもない、自分がさっきまで打ち合った相手が使っていた何の変哲もないその木剣をもって、さっきまで己が何度も踏みしめていた何の小細工もしていないだろう砂利敷きの大地を、まるで豆腐か何かの如く貫いていく。
そのあり得ない光景を目の当たりにした己は、真っ先に手品を疑うものの……さっきまで自分が触れ自分が踏んだそれらの場所に、何もおかしいところなどある筈もなく……
しかも次の瞬間に、突如としてその木剣が燃え始めたの見せつけられては、ソレが小細工や手品なんて言い訳はもう通用しない。
この爺さんは……話の流れや周囲の連中からの態度から察するに、この神殿で最高の地位にいる、恐らくは教皇とやらだろうこのエリフシャルフトという名の爺さんは、文字通り「奇跡の業」とやらを体現できるのだ。
「……いや、まて。
それは、誰にでも使えるのか?」
不意に。
奇跡が存在すると認めざるを得なかった己の脳裏へと一つの疑問が生じたのは、己がこうして爺さんと話し、後光に目を細め奇跡の業とやらに驚いていながらも、それらの奇跡を起こす連中を相手にどうやって斬り合うこかを考えていた故だろう。
気付けば己は、奇跡に感動するよりも早く、奇跡を疑うよりも早く、奇跡を欲するよりも早く……そんな疑問を口にしていた。
「誰にでも、とは言いませぬし、このように色々な奇跡がありますが……そうですな、百人に一人ほどは。
名のある騎士や、神殿兵の一部、聖職者の一部は使える者が多く……そして過去に存在した神兵と呼ばれる神より選ばれし者は、三つから五つほどの天賜を、自由自在に操ったと伝承にあります」
己の疑問に対し、エリフシャルフトという名の爺さんは静かにそう答える。
その話を信じる限り、この神聖エリムグラウト帝国とかいう国には、何やら色々な奇跡を体現させることの出来る超能力のようなふざけた力を、1%ほどの割合で使える連中が存在しているらしい。
「……もしかして、英霊の七騎士とやらも、ソレを使える、のか?」
「当然でしょう。
護国の英雄、英霊の七騎士ともなれば、どの騎士も天賜が使えて当然です。
何でも斬る剣、軍を砕く槌、炎を噴き上げる大剣、空を切る斧と……伝え聞く限りでも、凄まじい能力を持っていたと言われております」
己の問いに虚空を眺めながら、そう諳んじる爺さんの言葉を聞いて、己はようやく理解に至る。
己の死の間際……巨漢に胸を砕かれる寸前、触れてもいないメイスが虚空へと振るわれた次の瞬間に、己の身体を襲ったあの衝撃。
アレこそが恐らく、爺さんの語っている天賜とやらだったのだ。
(超能力だと考えると……この場合)
メイスでぶっ叩いた振動を、空気を通して望む場所へと伝達する、とかだろうか。
空間を超えて打撃を直接ぶつけられたのであれば、最初の一撃を喰らった己の身体がぶっ飛ばされる、もしくは骨が数本逝かれてもおかしくない。
だが、あの時己が感じたのは振動だけが全身を殴りつけるような感覚だった。
だから、振動……衝撃派だけを遠くまで響かせる能力だと仮定すると、己の身体に走った痺れが上手く説明できる、ように思う。
元々超能力なんて怪しい代物が実在すると考えたことすらなかったのだから、推論に穴があるのは当然だろうが……その推論を前提にもう一度あの時の記憶を辿ってみても、そう大きく間違ってはいない気がする。
そして、そんな人智を超越し、剣術どころか武術すらの範疇をも乗り越えた化け物共が残り五人も存在しているという事実を前に、己は……
(それでも、戦わない訳にはいかない、か)
何の躊躇いもなく、そう考え始める。
絶望的な死の苦痛がまだ胸の奥に残っている気がするというのに……逃げるとか諦めるなんて消極的な選択肢など、己の中に浮かぶことすらなかった。
だが、流石に無策で戦いを挑むのは無謀が過ぎることくらい、この己にも分かる。
伝承に名が残っているという凄まじき戦士である英霊の七騎士。
そんな彼らが持つ天賜とやらは強力且つ理不尽極まりない代物で……しかもそんな凶器を手にしている彼らを相手に、己はこれからも切った張ったを続けようというのだ。
(いや、よく考えれば……そもそも敵の武器や技量など、実戦では分からない場合の方が多い)
実際の戦いでは、相手の流派が分からないのは勿論……その相手がどの技を得意とし何が苦手とするのかなんて、一見で分かる訳もない。
脇構えで刀身の長さを誤魔化す、柄の持ち手をズラして射程を狂わせるなどは朝飯前……爪の先程度の指弾から鏢、峨嵋刺など暗器は、使われるまで敵の持っている武器の形状どころか、隠し持っていることすら分からないことも多いのだ。
それ以前に、一対一で真正面から斬り合うこと自体がほぼあり得ない上に、伏兵や援軍が出てくることも、仲間が裏切ることもあれば、視界の外から矢が放たれるかもしれない。
落とし穴や罠を仕掛けてくることもあるだろう。
そんな獲物もルールも相手の数すらも分からない戦いを続け……それら全てに勝利を収め続けることこそが「剣を極める」ということなのだ。
(それを思えば、多少の超能力がなんだってんだ。
ちょいとした暗器に毛が生えたようなものだろう。
結局、斬れば死ぬんだし、己自身が斬ることしか出来ない以上……やることなんて一つしかない)
剣を極めようなんて大それた目的を抱いている以上、暗器程度に怯えて逃げ続けるなんて馬鹿馬鹿しいし……そもそも怯えて戦いを避けた先に、己の求める「極み」があるとは思えない。
だったら……「眼前の敵はちょっとばかり変わった暗器を隠し持っている」と考える方が理にかなっている。
「ああ、伝承によると『貫く者』という二つ名を得たシェイエ=ハルツハルナスだけは、天賜を得ることが出来ず……腕一つをもって神に認められるべくただ突きの一芸を磨き上げた結果、その突きは如何なる天賜をも凌駕し、ついにはその地位を得るに至ったと言い伝えられておりますが」
ようやく理解が追い付いた己に、爺さんは思い出したかのようにそう言葉を付け加える。
その一言を聞きた己は、未だに身体の奥へと響き続けているような、左肩をぶち抜かれた激痛を思い出しながら、少しだけ安堵の溜息を零していた。
(……ああ、なら、よかった)
知らず知らずの内に左肩をさすりながら、己が内心でそう呟く。
あの死合いは文字通り尋常なものであったと……下らない暗器や超能力なんぞに頼ることのなく武器と肉体とでぶつかり合った、真っ当な武人同士の果し合いであったと、己の剣士としての誇りを穢すことのない真っ当な勝負だったと、爺さんのその言葉によって納得することが出来たのだ。
たったのそれだけで、左肩の激痛に歯を食いしばりながらも立ち上がったあの時の己が、僅かでも報われた……そんな気になったのだ。
だけど、あの七人の騎士たちの一人や二人を討ったところで、この戦いが終わる訳じゃない。
剣を極めようとする限り、己の挑戦はまだまだ終わることなどないし……である以上、今後は何とかって超能力を使う連中と対峙する機会が増えていくのを覚悟する必要があるだろう。
「要するに、残りの連中を片づけるときには、その……天賜ってのに注意しろ、ってことだな。
ま、一度は見たんだ。
あると分かっていればそれなりに……」
「いえ、神兵。
あなたも、当然のように天賜を授かっている、のです」
文字通り、命を賭けて最期まで戦い抜いた記憶を思い返しながら己の出したその結論を、エリフシャルフトの爺さんはあっさりと否定する。
しかも、己が全く予期しなかった形で、だ。
(……授かる?
己も、アレを?)
刀から波動が出るのか?
それとも、燃えるとか凍るとか、電撃を放つとか。
大昔……剣を振るい始めた頃に色々と想像した覚えのある、映画や漫画なんかで使われていた様々な超能力を何となく脳裏に抱きながら、己は爺さんに続きを促すように視線を向ける。
「我ら神の僕の一人……我が孫娘なのですが、他者の天賜を看るという鑑定眼を授かっております。
彼女の能力があれば、貴方様に何が出来るのか、すぐさま分かることでしょう」
新たな玩具を前にした己を微笑ましげに見つめながらも、爺さんは己にそう告げたのだった。
2017/09/10 20:34投稿時
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