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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
115/130

05-39


 その日の晩の食事は少しだけ豪勢だった。


「いやぁ、あんたは釣りも出来るんだな、ジョン。

 こんなに大漁とは思わなかったぞ。

 お蔭で準備も随分と整ったからな」


「……いや、少し沖に出れば誰でも釣れるぞ、間違いなく」


 義足のゲッスルは(オレ)をそうやって持ち上げようとするが、己自身それほど釣りの技量が良いなんて思ってはいない。

 ただ沖合に出たから釣果が多かっただけである。

 ちなみに釣り上げた全ての魚はゲッスルに提供し……眼前に供されている食事となったり、現在進行形で新たなメニューに変化していることだろう。

 

「しかし、お前ぇ、腕っぷしだけじゃなく度胸もあるとはな。

 沖合に出るなんざ、俺たち黒真珠の誰も出来ねぇってのに」


 そう背後から声をかけて来たのはグデフ……黒真珠で最もガタイの良い巨漢だった。

 己が振り向くと、天井に頭をぶつけそうな巨漢は手に持っていた巨大な煮えたぎる鉄の鍋を下し、その蓋を開く。


「……味噌、か?」


 鉄鍋の中身は、近隣の海鮮を嫌というほど叩き込んで味噌で煮込んだモノだった。

 日本で言うところの石狩鍋に近い……鮭ではなく適当な魚や甲殻類も放り込んでいる上に、更には味噌の風味も何処となく違う……恐らく黍粉(シェンファ)を発酵させた調味料を使っていて、本来の石狩鍋とは似ても似つかない代物だろうが。

 

「……まぁ、喰ってくれ。

 出来れば綺麗どころも呼びたかったんだが、生憎の男所帯でな」


「ははっ。

 それほど警戒しなくても、妻を寄越せとは言わんぞ?」


 鍋を装いながらのゲッスルのそんな言葉に、己は笑いながらそう答える。

 実際問題、己は未だに修行中の身であり所帯を持つ余裕すらない身だと言うのに、名目上とは言え何故か既に妻が二人もいる状況である。

 これ以上増やされても正直、名前すら覚えられないだろう。

 と言うより、現在進行形で二人の嫁の名前すらも覚えているかどうか怪しいものだ。


「あ~、悪いな。

 武芸者ってのはこう、気が荒いってのが普通でな。

 俺は男寡(おとこやもめ)で、餓鬼くらいしか用意できん」


「……稚児の類は要らんぞ?」


 ゲッスルの何処となく申し訳なさそうな声に、己はそう先手を打っておく。

 事実、この国の神殿で一晩泊めて貰った時には、弟子擬き……ダヌグ少年が閨へと忍ぼうとしていたことを思い出したのだ。

 実際問題、この国に来てからしばらく女体とはご無沙汰だというのにあまり性衝動に駆られないのは、死に際に色々と放出したんだろうなぁと想像はしている。

 もしくは、(アー)が要らぬ胤を巻き散らさないように己を改造してくれやがったか。

 まぁ、今のところ血で血を洗う殺し合いが楽し過ぎて、遺伝子を遺すなんてことに丸っきり興味がないため、あまりそっちに気が回らないのが正解なのだろうが。

 そんなことを考えながら、巨漢のグデフが差し出して来た皿を手に取り、木の匙で一掬いすると口へと運ぶ。


「……上手い、な」


 思っていたとおり、味噌の風味は独特で……多少の甘さと黍の風味が出ていて、あからさまに己が考えていた味噌とは全くの別物だったが、それでも細かい味付けや風味の違いなど、強烈な魚介の出汁が吹き飛ばしてくれる。

 まぁ、その魚介で最も強烈な風味を演出してくれているのが蝦蛄と海老の間のようなこの生き物だったのだが……コイツらの餌が一体何なのかは頭の片隅に追いやることとする。

 事実、食物連鎖ってのはそうやって回っているのであって、それに一々忌避を持ちこんでいては、野菜は糞尿まみれだし牛豚鳥はその糞尿まみれの野菜で育ち、眼前に並んでいる魚介に至っては溺死体で構成されることになり……真面目に考え込んでしまえば何一つ食えなくなってしまうことだろう。

 そんな益体もないことに思索を巡らす一方で、内心「箸が欲しいな」なんて悩みながら椀の中の魚介を木匙で喰っているところへ、ゲッスルが拳大の杯をこちらへと突き出して来る。


「まぁ飲め。

 杯を交わして、初めて仲間なんだ、俺たちは」


「……酒、か。

 あまり強くはないんだがな」


 そう言いつつも己は受け取った杯を一気に傾ける。

 口に広がるのは相変わらずの黍の匂いが強い雑穀酒で……アルコール濃度も前に呑んだ時と同じの、凡そ15%ほどだろう。

 日本酒程度と考えれば、どれくらい飲めば自分が酔ってしまうかの分量も容易に推測できる。

 要するに、この酒であれば呑み過ぎる前に自制することが可能であり……剣を振るえないほど、正中線を保てないほど酔うような無様は晒さずに済む、という訳だ。

 常在戦場を旨とする己としては、酒を飲み過ぎて不意打ちを受けるなんて愚行……いや、酔って戦えないなんて無様な姿など晒すだけで恥でしかないのだから。


「お互い、いつ死ぬか分からん身だ。

 こうして盃を交わすことで、死んだヤツの家族の面倒を見る」


「それが、昔から続く俺たち黒真珠の風習、って訳だ。

 まぁ、この海の切っ先(レテ=シェールテス)が神聖エリムグラウト帝国に併合されてからは廃れ始めたらしいが、な。

 じゃあ次は俺の酒を飲んでくれ、義兄弟(ナチェフ)


 前にも似たことを言われたなと思い出すより先に、グデフの差し出してきた盃をまたしても一気に飲み干す。

 あまり呑み過ぎると翌日に剣を振るえない武人としてあり得ないほど無様な姿を晒すため、普段は控えているのだが……どうせ明日も船の上で釣りをするだけだ。

 多少呑み過ぎたところで戦場に出る訳もないし、そう大したことはない筈だから……もう少しくらい飲んでも大丈夫だろう。

 そうして加減をうっかりと忘れた所為で、気付いた頃には酒宴も進み……己も随分と酔いが回っていたらしい。


「っつーか、あんたも妻がいるのか?」


「ああ。気付けば何故か二人も娶ることになっていた。

 ……どうすれば良いんだか、な」


 何しろ、いつの間にやら己は、そんな剣士としては些事でしかない筈の、これから築かなければならない家庭についての愚痴を吐き出してしまっていたのだから。

 そもそも二人の嫁と言っても、森の入り口(バウダ・シュンネイ)のレティアは十歳ちょっとでしかなく、ついでに言えば草原の盾(パル・ダ・スルァ)のカナリーも似た年代である。

 あまりにも歳の差が大きく、出身地も違えば共通の話題すらなく……些事でしかないとは言え、真っ当な家庭を築く自身すらない己は、例え名目上でしかないにしろ嫁を二人も貰う事実を、無意識下では不安に思っていたのだろう。

 故郷でこんな話をすれば、例え酒の席でとは言え……いや、酒の席だからこそ、ロリコンの疑いを飛び越えて犯罪者扱いされ、警官に確保されていただろうから、酒の所為で舌が少しばかり回り過ぎている自覚はあった。


「とっとと覚悟を決めてヤっちまえよ。

 女を待たせるってのは、男の恥だぜ?」


「そうさ。

 そうして餓鬼でも出来りゃ、覚悟も決まるだろう?」


「とは言ってもな。

 まだお互い知ってもない……歳も離れているし、な」


 そして男同士で呑んでいる以上、相談に返ってくる返事なんてこんな適当な、生物学的な本能の赴くままに動け的なモノでしかない。

 あまり参考にならないそれらのアドバイスに己は溜息を吐き出すと……手元の杯を一気に呷ったのだった。


2021/04/03 20:49投稿時


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