05-35
「てめぇっ、ここで一体何をしてやがるっ!」
そんな野太い声に振り返った己の眼前にいたのは、棍棒らしきモノを構えた巨漢だった。
正直、掴まれたら急所を曝け出すだけの弱点でしかない、無意味に派手な髭面をしたその大男は、上腕筋を大きく見せながら己を威圧するかのように睨み付けている。
手にした棍棒以外にも、その腰には少し変わった形の鉄槌を提げてはいるものの……恐らくソレは武器として利用した回数は少ないのか、今一つ使い慣れている様子がなく……正直、この巨漢にとっては、そんな慣れない鉄槌を振るうよりもただ拳で殴り殺す方が対人戦には向いているに違いない。
とは言え、その筋量と体格は確かに脅威ではあるものの、棍棒を構えるその立ち居振る舞いを見る限り武芸の心得があるような様子はなく……己が相対するならば、間合いにさえ気を付けていればさほど苦戦しない相手だろう。
事実、身体が幾ら大きかろうが、腕力を幾ら誇ろうが……切っ先三寸を叩き込めば人が死ぬ死合いの場においてはそんなもの、さほど脅威とは思えない。
「ちょいと黒真珠って連中に用があってな。
知っていれば教えてくれ」
眼前の巨漢を「脅威に値しない」と判断した己は、さっき爺さんから紹介された通り、真正面からそう尋ねてみた。
本来ならば色々と手順があるのかもしれないが……この手の連中に対して有効と思われる説得材料は、百の言葉より十の金子より一つの拳だろう。
「……てめぇら、真っ先に逃げ出した神殿兵共に話すことなんざねぇ。
とっとと失せな、不浄の獣がっ!」
事実、己の問いに対して返ってきたのは、そんな台詞と併せて放たれた巨漢の右拳だった。
まだ交渉すら始まっていないというのに、短気にも程がある。
「よっと」
とは言え、突然殴り掛かられたところで、ただの筋量自慢の素人が腕力頼りに大きく振るった拳なんて己にとっては脅威とすら感じない。
上体を傾ぐ動作一つで紙一重でその拳を躱しながらも、相手の身体に近い左手で肩口を掴み、軽く巨漢の身体を引き寄せる。
「ぅぉおおおっ?」
正中線を保つことも知らず、ただ腕力だけで拳を打つような素人は、こうして拳を突き出した方向に軽く引くだけで重心を保つことすら出来ず、あっさりとバランスを崩してしまう。
後は……反射的に転ぶ方向へと足を突き出すそのタイミングを見計らって、その踏み出す直前に脚を引っ掛けてやれば……
「……てぇっ?」
「自重で勝手に転ぶ、って寸法だ」
コレは武術と呼ぶのも烏滸がましい……ただの護身術の範疇でしかないが、それでも武の心得すらない、ただの腕自慢の巨漢にはダメージが大きかったらしく、受け身も取れずに転んだ男は石畳に叩き付けられた激痛に悲鳴を上げることも出来ずにのたうち回っている。
手にしていた棍棒も投げられた衝撃で放してしまう辺り、本当に武の心得が全くない……ただ身体がデカいだけの素人だったらしい。
「……さて、お前らの頭に合わせてくれるよな?」
後は簡単な作業だった。
地に叩き付けられた衝撃から回復できず寝転んだままの巨漢の顔面に、右足の踵を全体重を込めて叩き付け……その鼻先一寸手前で止め、実力差を見せつけながらそう呟いてやるだけで「説得」は完了するのだから。
「わ、分かった。
てめぇは、強ぇ。
お頭に合う、資格はある、だろう」
腕自慢の巨漢だからこそ、自分を上回る暴力には容易く屈するらしく……まぁ、腕自慢であろうとなかろうと、力量差を思い知らされた直後に、それでも抗おうとするほど根性の座った人間なんてろくにいないのが現実なのだが。
取りあえず己の「説得」は通じたようで、己が突き付けた右足を放した直後に起き上がった巨漢は、投げられた痛みに顔を歪めてはいるものの……こちらへ拳を振るおうという気配は窺えない。
そう判断した己はもう一歩だけ巨漢から下がると、これ以上の暴力を振るわないと言わんばかりに肩を竦めて見せる。
「んで、黒真珠に……いや、お頭に何の用だ?
それによっちゃ……」
「この霧の発生源……霧の王を討ちたい。
そう言えば分かるだろう?」
実力差を思い知ったばかりだと言うのに……もう痛みを忘れたのか、それとも先ほどの「説得」では足りなかったのか、巨漢は殺意を隠そうともせずこちらを睨みつめながら、そう問いかけてくる。
真剣を用いての命のやり取りに慣れた所為か、至近距離からその殺意混じりの問いを受けても何の脅威も感じなくなっている己は、嘘偽りなど交えることなく真正面から堂々とそう告げた。
「とっとと街を見捨てて逃げ出した、神殿兵が、今さらっ!」
己の答えがよほど腹に据えかねたのか、そう激昂しながら攻撃動作へと移った巨漢に対し、己は愛刀を鞘走らせて抜き放ち、巨漢が何かをするよりも先にその眼前へと突き付ける。
「……ひっ、分かった分かったよ、畜生。
どうやってもあんたには敵わねぇってのがな、不浄の獣がっ」
今度は拳ではなく腰に下げていた鉄槌を手に取って己に殴りかかろうとしていた巨漢は、その一幕によって完全に実力差を思い知ったのか、先ほどまでの怒気と殺意をあっさりと霧散させる。
どうやらこの黒真珠とかいう連中は、あまり協力的ではないらしい。
己は愛刀を鞘へと戻すと、元造船所の方へと顔を向け……口を開く。
「己の自己紹介はこんなところだ。
どうだ、協力して貰えるだろうか?」
突然、明後日の方向へと放った己の呼びかけを聞いて、眼前の巨漢は目を瞬かせているものの……生憎と己の本命はこの筋肉馬鹿じゃない。
さっきから物陰に身を潜めこちらを眺めている……十数人いる男たちの中でも、一際異彩を放つ黒髪の大男こそ己の求める本命だろう。
「まぁ、そう言うなよ、神殿兵。
俺たち黒真珠と取引がしたいってことなら歓迎するぜ」
事実、そう告げて真っ先に姿を現したのは、眼前の巨漢よりは細見で小柄ではあるものの、己と比べると頭一つは違う……右目を眼帯で覆い右足が鋼鉄の義足となっている、護拳のついた湾曲した剣……カットラスと呼ばれる剣を持った大男だった。
その大男が姿を現した直後、十人程度の手下らしき連中がわらわらと湧き出て来て……その全員が弩らしきものや弓矢を手にして、こちらへと狙いを定めている。
幸いにしてと言うべきか、不幸にもと言うべきか、彼らが構える弩や弓の矢じりの部分は丸くなっていて……彼らに射られたところで矢が突き刺さる心配だけはせずとも済みそうではあるが。
「……手痛い歓迎、って訳か。
骸骨共用だろう、それは」
己は肩を竦めながらも、後ろ足に重心を移しつつそう告げる。
一気に十の矢で狙われた場合……放たれる機さえ見極められれば避けられないとは思わないが、恐らくは全力で回避する必要があるだろう。
もしこの黒真珠の頭らしき大男が少しばかり知恵が回り、己の実力を「矢を躱すほど」だと読んでいる場合、一度に放つ矢を八本程度に抑え……十の矢も八の矢も全力回避が必要であることに違いはなく……回避後、隙だらけになった己を残りの二矢で狙うに違いない。
少なくとも己が逆の立場ならそう策を練るだろうし……そして、その二段構えの斉射を受けた場合、己は矢を躱し切る自信はない。
「生憎と招かざる客に対しても、こうして歓迎するようにしているのさ」
身構える己の様子を見て勝利を確信したのか、大男は右手をゆっくりと挙げて見せ……その右手を下した瞬間、部下たちは決められた通りに矢を放つに違いない。
何かの映画で見たシーンのような絶体絶命の状況に己は唇を舐めると、眼球だけで周囲の様子を探るのだった。
2021/03/29 21:10投稿時
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