05-26
「……お爺様は、霧の王を討って欲しいと頼んだ筈ですが?」
帝都にある神殿へと戻った己を待っていたのは、鑑定眼を持つ少女……エーデリナレのそんな小言だった。
今も苦虫を噛み潰したような顔で己を睨んでいる彼女は「目を合わせただけで己の経験全てを読み取る」という凄まじい能力の持ち主ではあるが……どうも委員長体質と言うか、宗教家のエリートらしいと言うか、人様を自分の型にハメて考える傾向にある。
神殿という狭い世界で生きていて、しかもまだ若いのだから仕方ないのだろうが……彼女と全く違う価値観を持つ己としては、そんな小言を少々鬱陶しく感じてしまうのは仕方のないことなのだろう。
「いや、軍でも神殿兵でも成し遂げなかった牙の王の討伐をなされたのだ。
これぞ神の思し召しであろう」
孫娘を窘めるようにそう説いたのはエリフシャルフト=ハルセリカ=エリムグラウトという名の、この神殿で一番偉いらしき爺さんだった。
少々狂信が入っていることを除けば、話は分かるし己の自由意志を尊重してくれる良い爺さんなのだが……流石に神への盲信が酷過ぎる所為で、愛刀と自らの身体能力を頼みとする己としては少しばかりお近づきになりたくない人種だと言える。
「しかしっ、それでは神殿の規律がっ!」
「我ら下々の決め事など、偉大なる神の御意志の体現者たる神兵の前には些事に過ぎん。
それよりも神にご奉仕するべき民草が神の御力によってまたしても救われたのだ。
我らはそのことを喜ぶべきであろう」
老人と孫娘がそんな言い争いをしている間も、己は静かに提供された晩飯を口へと運び続けていた。
神殿の食事は相変わらず黍粉をこねて焼いたヌグァと、芋のスープ、そして六王を討ったご褒美のつもりなのか、甘辛く煮込んだ豆という品揃えで……正直、味付けは薄いし肉も入っておらず出汁も利いてない有様だったが……まぁ、相変わらず量は凄まじい。
「しかも、今回の件は役人の無理な徴兵が元となったもの……
ジョン=ドゥ様に落ち度はあるまい」
「いいえ、それも遡れば神殿兵の衣を身に纏わない彼の怠惰が招いたもの。
本来であれば……」
結局、己はそんな神学論だか身内の口論だかを聞き流しながら、硬めに焼き上げたヌグァを少しずつ口の中へと運ぶ。
今日は草原の盾と帝都との間を行き来しただけの一日だったが……それでも自動車も電車もなく、移動手段が徒歩しかないこの国では走って別の街に向かうだけでそれなりに時間を要するし、疲れもする。
その所為か、己の手は自然と三個目のヌグァへと伸び……量だけの食事を全て平らげてようやく腹も張ったところで、己はすぐさま与えられてた部屋へと戻り、ベッドに寝転がると目を閉じる。
「さぁ、今回のご褒美は……何だろうなぁ」
前回のご褒美……宮本武蔵との戦いは、剣の道を行く者としては最高のご褒美だった。
勿論、手も足も出なかったのが実情だったものの、それでも人の強さの到達点の一つという意味では、手合せ出来たことに意義があると信じたい。
そして……それは恐らく今回も同じだろう。
己は室内の温度を三℃も上昇させるほど昂っている自分を意識しつつ……その所為で眠れないというジレンマに、歯噛みすることとなったのだった。
ベッドに寝転がって目を閉じていた筈の己がふと気付くと、何もない真っ平らな白い大地の上に愛刀のみを携えて立ち尽くしているところだった。
「……ははっ」
その非常識とも言える、常識的にはまずあり得ない光景を目の当たりにした己の口からは、自然とそんな笑みが零れ落ちる。
これから己は、六王を討ったご褒美を……人の到達する極限と相対出来るのだ。
しかもこのご褒美は、命を落とすことも四肢を失うこともなく戦闘経験だけを積めるという素晴らしいご褒美である。
大量の富よりも大勢の美女に傅かれるよりも、最高の地位を手に入れることよりも遥かに己にとってはありがたく……正直な話、これ以上の何かを己が欲することはないだろう。
そして、少々気に喰わない事実ではあるが……己を手駒とした神もそれを良く知っているに違いない。
「……お」
そんな少し浮かれた気分で周囲を見渡している己の前……三メートルほど離れた場所に、いつの間に現れたのか、一人の老人が佇んでいた。
中肉中背、六十を少し超えたような風貌で、その手には二尺三寸ほどの太刀を持ち……正直に言って、その手に太刀を握ってはいるものの、明らかに老人の腕力では扱い切れない様子が窺え、更には正中線も無茶苦茶で、剣士の恰好をしてはいるものの、残念ながらあまり強そうには見えない。
(……外れ、か?)
剣士として高名だったものの、寄る年波には勝てず……というパターンだろうか?
それでも大の男が刀を手にして向き合ったのだから、決着なんて斬り殺すか斬り殺されるかのどちらかでしかあり得ない。
己は何となくそんなことを考えつつも愛刀を片手にしたまま、老人へとすり足で近づ居ながら一足一刀の距離まで詰める。
「では、いざ、尋常に……っ」
罪悪感を誤魔化すせめてものお為ごかしとして、そんなことを呟きつつ……
真正面の老人へと愛刀を叩きこもうと踏み込むべく、身体を前傾させた次の瞬間……老人の手にしていた二尺三寸の太刀が己の肩口へと吸い込まれているのが目に入り……
「が、ぁあああああぁぁぁぁ~~~っ?」
皮膚と肉と骨とを切り裂かれた激痛……いや、灼熱に悲鳴を上げた己だったが、すぐさま切り裂かれた肺胞へと血液が流れ込んだ苦しさにその悲鳴すらも途絶えてしまう。
「……っ、くそったれっ!」
そうして斬られた苦痛よりも息を吸っても陸上で溺れる地獄の苦しみに意識を失った己は、気付けばまた純白の平面の上で、愛刀を手に突っ立っているところへと戻されていた。
またしても眼前に佇む老人を睨み付けながら、己は大きく息を吸い込み、吐き出すことで脳内をリセットする。
(……油断した、つもりはなかったが……)
とは言え、全く力量が計れない相手に突っ込み、無拍子という前動作なしの斬撃を反応することなく喰らったのは紛れもない事実だった。
と言うか、今もこうして観察したところで、己の目には、眼前の老人の正中線は狂いまくっているし、年老いたその細腕は太刀を扱うのにも苦労しているようにしか見えない。
(だけど、それら全てはハッタリ)
先ほど放たれた一撃は、宮本武蔵のソレよりは遥かに鋭さも早さも足りない……言ってしまえば、超絶した達人の斬撃という訳ではなかったが、それでも己は全く反応出来なかったのだ。
対峙しても相手の力量も分からず、肝心の斬撃も喰らう寸前まで放たれるのが分からない。
剣士としてあり得ざることではあるが、それほどまでに眼前の相手の強さは完全な未知数で、己はどう相対して良いのかすら分からず、完全に混乱状態へと陥っていた。
「……こんな相手と、どうやって戦えってんだ?」
そんな相手を前に途方に暮れた己は愛刀「村柾」を正眼に構えたまま……一向に打開策が浮かばない現状に、静かにそう呟くことしか出来なかったのだった。
2020/07/28 20:57投稿時
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