学園に蔓延る不安の種
「——この忙しいときに。なんで君が仕事を増やすんだ」
「それは本当にすいません」
会長の呆れと怒りの篭った言葉に素直に謝る。会長は机に肘をつき、掌で顔を覆い深く溜息をついた。
今俺たちがいるところは生徒会室だ。
あの騒動が鎮圧され、ニコラスも特に暴れるようなことはなく俺と一緒に叱責された。他の場所でも同じことが起こっていたこともあり、処分は反省文を書くことだけで許された。当然、また同じことが起こった場合それだけでは許されない。
そしてその騒動が収束し、解放されるときに後で生徒会室に来るように会長に呼ばれ、今に至る。
「はぁ。君が喧嘩を売るとは思えないし、思ってもいない。何があったかは君が説明した通りなのだろう。それについてはニコラス君も否定していないようだしな。」
「ありがとうござい――」
「——だが、仕事が増えたのは事実だ。愚痴ぐらい言わせてもらうぞ。」
あの騒動がどのような経緯で起こったのか、俺に非はないはずなので正直に話した。そしてその説明にニコラスが口を挟むこともなく、俺の正当防衛が証明された。
会長は俺の素性を知っているし、俺が故意に起こしたわけではないと信じてくれている。しかしそれとこれとは別のようで、いくつもの騒動が起こったせいで今日だけで仕事が相当増えたらしく。その愚痴を誰かに零したかったらしく、それで俺に白羽の矢が立ったようだ。
聞いてみると思っていた以上にひどかった。生徒同士の諍いが十数件。それにより出た被害も無視ができない程だった。仮設テントがいくつか壊れ、生徒が数人怪我をしたようだ。
そりゃ愚痴も言いたくなるよな、と納得できた。
「それで俺を呼んだのは愚痴のためだけですか?」
切りのいいところで口を挟む。
「あぁそれはな、この学園で起こっている異変についてだ」
「異変?」
「と言っても、そこまで深刻な話じゃないんだ」
聞いてみると、確かに深刻な話ではなかった。しかし、話された内容は放って置いても良いものでは無かった。
「失踪って言っても、失踪した生徒は一日ほどで戻ってきてる上に、特に生徒に可笑しなところは見受けられないと……」
「あぁ。一人で在れば、抜け出しただけと考えられるが、何人もの失踪者が出たとなれば放って置いて良い問題ではない。」
「そうですね」
起こっている異変とは、ルームメイトがいないと知らせを受け、授業にも出席しておらず、失踪したと判断された。しかし、その生徒は翌日には何事もなかったかのように帰ってきて、理由を聞けば街に出ていた、と答えたので、ただ学園を抜け出しただけだと処理された。
しかし、それだけでは稀にだが起こることだ。異変と言ったのにはそれだけの理由があった。
その失踪が多発したのだ。
その件数は俺達一期生が入学してから今日までの約1か月間で、発覚しているだけで2桁に上っている。
もしかしたら、ただ偶然が重なっただけかもしれない。
しかしここは魔法使いの卵が多く眠る場所だ。
仲の良くない国からすれば、魔法使いという、場合によっては戦場をひっくり返す切り札にもなる存在を育てる機関だ。教団のように魔力を持つものを攫うのであれば、この学園は宝の宝庫であろう。
「一番可能性が高いのは教団、かな」
「やはり君もそう思うか」
会長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。多分、俺も同じような顔をしていることだろう。
他国の策略なのだとすれば、生徒を返すような無駄な真似をする必要はない。攫うのであればそのまま殺してしまえばいいのだ。
そんなことを言えば教団も同じことを言えるのだが、教団の思想や使われる策は異端なものが多い。俺達が思いつかないような策や俺達が無意識のうちに消しているような残虐な策がいくつも行われてきた。
それに俺達が入学した当日、教団が保護者に紛れ込み攻めてきてからまだ一か月しか経っていない。
あの事件には様々な違和感があった。
教団が起こしたにしては目的が見えず、使われた手口も拙すぎる。
下部組織が行ったのなら策の拙さは理解できる。しかし、下部組織が行うのは野盗として商人や旅人を襲ったり、盗みなどの比較的安全な犯罪にしか手を染めない。なぜなら下部組織とは教団の名を借りただけの犯罪者どもだったり、下部組織の幹部に本体の組織とつながりがる程度だ。そのような奴らが警備が厳しく、戦力としても高い魔法使いが多くいる学園を狙ってもリスクにリターンが合わないのだ。
他国の策略だという可能性を捨てるのは愚策だが、教団の仕業として考えて進めた方がいいだろう。
「しかし、どう対策をとるか」
「風紀委員による警戒の強化と生徒に対しての呼びかけ、ぐらいですかね。一応学園の外は騎士団が見回っていると思いますし、俺がいるので警戒も強化されているでしょう」
「やはりそれくらいだな。」
学園の外は国に任せ、学園内の生徒が起きているうちは生徒の見回りを強化して、夜は見回りの兵を増やすしかないだろう。
「それでだな。こんなことが起こっていて仕事が多くなっているんだ。」
急に話が変わった。
「私は生徒会に有能な人材が欲しいと思っていてな」
先行きが悪くなってきた。この先の展開が読めたわ。
「どうだイリヤ君。生徒会に入ってくれないか」
「だから何度も断ってるじゃないですか」
やっぱり来たか!一期生で入ると恨みや妬みを買いそうだからって何度も断ってるのに諦めないなぁ。
「けど、この事態が収束するまでなら手伝いますよ」
生徒会にいれば現状の把握がしやすいうえに情報も入って来やすいだろう。臨時であればそこまでやっかみを買わないだろうから、いい方法だと思う。
「本当か!?良かった。生徒会に入ってくれないのは残念だが、今は諦めよう」
今は、かよ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「イリヤ様。どうぞ」
「ありがとう……ふぅ」
その日の夜、学園の寮の自室でエステルに入れてもらった紅茶で一息つく。エステルが入れる紅茶は王城仕込みなだけあって、香り高く、ほのかな茶葉の甘味を感じられ、気持ちがよく落ち着く。
「いつも通りおいしいよ」
「いえ。私などまだまだです」
「ふふっ」
エステルは心の底からそう思っているようで、少し笑ってしまった。謙遜、というか目標が高すぎるためいつも褒めてもこの感じだ。
窓から差し込む月の光に心が洗われながら、このゆったりとした時間を楽しむ。
「イリヤ様。」
「ん?なんだ?」
「生徒会長からどのようなお話をされたのですか?」
「あぁそれはな……」
俺は会長に話されたことを説明するにつれてエステルの顔が難しくなっていった。対策事態はもう会長と話し終わっている。エステルには現状の報告を騎士団に報告してもらうことを頼み、この話はここで終わりになった。
少しぬるくなった紅茶で一息入れる。
「……なぁエステル。……この事態が落ち着いたら、休みの日に出かけないか?」
「……はい!」
俺の唐突な誘いだったが、エステルは嬉しそうに頷いた。
感想や指摘をお願いします(*'▽')
批判もいい勉強になるので…。
暇なら評価お願いしますね!




