◇思いがけない贈り物
新作公開記念に、こちらも更新しました!
これまでエイプリルフールしか会えませんでしたが
(なのに本作を忘れないでいてくれてありがとう…涙)、
この更新が皆様にとっての思いがけないプレゼントとなりますように。
「レオノーラ」の出家の翌年、レオが13歳の頃のクリスマスのお話です。
寒い、寒い、年末の夜のことだ。
精霊の降誕祭が近づき、巷では大きな樫の木に鮮やかな飾りを吊るしはじめる頃、ハンナ孤児院ではこんなやり取りが繰り広げられていた。
「ブルーノ、頼む! 一生のお願いだ!」
ぱんっと手を合わせ、深々と頭を下げるのは、この町が誇る守銭奴・レオ。
13歳となっても相変わらずお調子者の友人のことを、ブルーノは半眼で眺めた。
「……おまえの『一生のお願い』は、もう、10回くらい、聞いたと思うが」
「俺、実は生まれ変わりを繰り返してて、11回目の人生なんだよ! 頼む! ブルーノ先輩! いやブルーノ先生! ブルーノ陛下!」
突っ込まれてもレオは強引にそれをいなし、ブルーノに向かって両手を組み合わせて跪いてみせた。
「この願いが叶えられるのはおまえだけだ! おお、その慈愛深い姿! 友情に潤む美しい黒い瞳! 優しさ爆発の我らがブルーノ! 頼む、頼むから、今夜の『煙突巡り』、付いてきてください!」
大げさに叫ぶレオの頼みを解説すると、このようなことであった。
まず、ヴァイツ帝国には、降誕祭の夜に、聖クラウスという伝説上の導師が煙突を通って贈り物を届けてくれる、という言い伝えがある。
子どもたちはそれを信じて早寝し、聖クラウスに扮した大人たちは煙突を通って贈り物を届ける、というのが、どこの家庭でも見られる光景だ。
ところが、親が忙しい・太りすぎていて煙突を通れない等々、様々な事情によって、親が聖クラウスを演じられない場合がある。
そこでレオたちの出番だ。
レオは、大人よりも俊敏かつ小柄な自分たちの体格を生かし、降誕祭の夜には、煙突を通って贈り物を届ける、特別なバイトをして荒稼ぎしていたのである。
「だってさー、煙突通ってプレゼントを置き配するだけで、相場の倍のお駄賃がもらえるんだぜ? やる一択だろ! 俺が完璧な聖クラウスを演じてやんよ!」
というのがレオの主張だ。
ちなみに、レオが発案したこのバイトは「煙突巡り」と呼ばれ、孤児院では今や人気職になっている。
なお孤児院では聖クラウスに扮した親から贈り物をもらった経験などないので、皆、聖クラウスなど実在しないという事実を早くから認識していた。
さあ今年も、あちこちの煙突巡りをこなして、ガッツリ稼ごう――ところが、そう気合いを入れていたレオだが、そこにひとつの問題が立ちはだかった。
「聖クラウスの来訪を確かめたい、なんなら捕まえたい」。
そう願って煙突にちょっとした罠を仕掛ける子どもたちが毎年続出し、いよいよ手に負えなくなってきたのである。
「昨年までだと、煙突に油を塗り込んで転落させようとしたり、煙突内に障害物を置いて通行を妨げる事例があった。罠も毎年レベルアップしてて、俺にはもう限界だ。ここは、運動神経抜群の、おまえの力が必要なんだよ」
「というかそれ、主旨変わってないか……」
「正直俺もそう思う」
レオは重々しく頷く。
どうも子どもたちは、「聖クラウスのプレゼントを待つ」というよりは、「攻防を楽しむ」にシフトチェンジしている気がしなくもない。
中には、大人に頼って本格的な罠を設置する家などもあって、迷惑千万である。
だがこの勝負、投げ出しては男の恥。
というか、そうした罠を仕掛ける経済的余裕のある家に限って、駄賃はびっくりするほど高いので、レオに諦めるという選択肢はなかった。
ハイリスク・ハイリターンというわけだ。
「実際さ、煙突なんて通らずにプレゼントだけ放り入れることもできるよ? できるけど、俺はそんなことはしない。必ず煙突を攻略する。なぜかわかるか? 翌年の指名に影響するからだ。そう、俺は長期的視野に立ってビジネスを見る男」
「単に、前金をもらってしまって、今さら断れないだけだろうが」
一方で、ブルーノの反応は冷淡だ。
それもそのはず、南寄りのエランド育ちである彼にとって、ヴァイツの冬は厳しく、とにかく寒い時期は省エネで過ごしたくなるのである。
ブルーノは深々と溜め息を吐いた。
「今年の煙突巡りが難しそうだと思うなら、前金を返して、仕事を断ればいい」
「そりゃだめだって! 俺、降誕祭の自分へのプレゼントを買うのに、この仕事の駄賃を当てにしてるんだから! あったけえマフラーがほしいの、俺は!」
「わざわざ買わずとも、超のつく贅沢品を超大量に、ハーケンベルグ侯爵夫妻から、贈られているだろうが」
この時期、教会暮らしをしている「愛孫レオノーラ」に、もちろん侯爵夫妻は大量の贈り物を届けているのである。
しかしそれを聞くと、レオは「んー」と鼻近くのそばかすを掻いた。
「そりゃ、俺が手ぇつけちゃダメなやつじゃん? あれは『レオノーラ』宛。夫妻は、自分たちの孫に贈り物を受け取ってほしいんだろうから」
「…………」
ブルーノはふと、押し黙る。
守銭奴で大げさでいい加減なレオの、こうした一面に触れるたび、ブルーノは、心が温まるような、それとも胸が痛むような、複雑な心地を覚えるのだ。
しばらく考えたのち、結局ブルーノはこう切り出した。
「――……寝る」
「えー! なんでだよー! 頼むってー! おまえなら絶対、転げ落ちずに煙突を攻略できるからさー、ブルーノー!」
「聖クラウスは、深夜に動くんだから、今は仮眠を取るべきだろ」
一拍置いた後、意味を理解したレオがぱっと顔を輝かせる。
「さすがブルーノ! すぐに悪ぶる悪ブルーノだけど、ほんといいやつ!」
「変な造語を生み出すな」
鼻を鳴らして、踵を返す。
まったく、自分は友人に甘すぎるとブルーノは思った。
***
さて、深夜。
本日の「煙突巡り」訪問先、エントッツォ邸である。
下町ではなく王都内にある、大層立派な邸宅だ。
聞けば、元々はどこかの大貴族が所有していた別荘だったのだが、信心を表すために教会に寄進し、ときどき恵まれない子どもたちに使わせているのだという。
今日は、その大貴族とやらが開いている私塾の子どもたちを集め、毎年恒例のウィンターキャンプを開いているということで、広い屋敷のあちこちに、子どもたちの気配がした。
彼らはベッドに収まった振りをして、今か今かと、「聖クラウス」が煙突を通過するのを待っているのだ。
「悪いねぇ。わしらが煙突を通ればいいんだが、なにせこの老体だから。子どもたちも、聖クラウスの来訪を楽しみにしているみたいだから、期待に応えてやりたくて」
「いえいえ、塾長さん。そのお気持ち、よくわかります! この満足度100パーセント、『レオのわくわく聖クラウス』にお任せください」
「本当かい? 助かるよ。ただ、うちの子たちは、塾のオーナーの方針で、かなり向上心というか、戦闘欲が強くてねぇ。罠もかなり本格的なものを仕掛けているんだが、大丈夫だろうか……」
「ご安心ください、専門職も連れてきていますから」
ひそひそ声で煙突へと案内する塾長――彼がこのキャンプの引率役だ――に、レオは自信満々で答える。
塾のオーナーとやらは、この邸宅の元の持ち主である大貴族だそうで、いったい子どもたちにどんな教育をさせているのか気になるところだが、まあ、ちょっと塾に通っている程度で、ブルーノを妨害するような罠など作れまい。
たぶん、油を塗ってあったり、煙突内にちょっとした障害物を置いてある程度だろうから、それをささっと躱しつつ、煙突を通った痕跡を残せばよいのだ。
肝心の子どもたちといえば、「聖クラウスの夜はベッドにいないとプレゼントをもらえない」というルールがあるため、ベッドからは出てこられない。
つまり、煙突付近まで近付いてくるということもないので、レオたちは正体がバレるのを気にすることもなく、ただ煙突を通り、ツリーの下にプレゼントを置いてくればいいということだ。
(ブルーノがいりゃ、楽勝、楽勝)
――の、はずだったのだが。
「おい、命綱をしっかり締めろ。どうやらこの煙突、一階にではなく、地下まで続いている」
「なんで煙突こんなに長いの!?」
いざ煙突を通ってみれば、それは驚くほどの長さで。
「うわああ! 滑るどころか、足が取られる! 何? 何? 何!?」
「タールが塗られているな。ぼさっとしていると、足ごと固められるぞ」
煙突の内壁に足を掛ければ、そこにはタールが塗り込められていて。
「なんか吹き矢出てきた!」
「ちっ、モンガ族の吹き矢か。ずいぶん本格的な……」
煙突内部のちょっとした突起に捕まろうとしたら、なぜだかあちこちから吹き矢が飛んでくる。
ほかにも、ちょっと壁のへこみに触っただけで頭上から降ってくる投げ縄、爆発一歩手前まで導線が短くなった爆薬、煙幕等々、もはや戦闘用の武器一式が登場する有様で、レオは思わず叫んだ。
「なんなんだよ! もはや聖クラウスの足跡を確かめようっつーより、確実に殺りにきてんだろうが! どんな教育方針なんだよ、この塾のオーナーは!」
「…………? まあ、この程度なら、子どものいたずらの、範囲だと思うが」
対して、プレゼント入りの麻袋を担いだブルーノは淡々とした佇まいである。
数々の罠のことも、顔色一つ変えず、確実に処理していた。
ぶっ飛んだ戦闘力を見せる友人に、レオは「おかしいな、俺の常識と違う」と思った。
「だいたい、おまえも、数々の罠を、しっかり避けているだろう。いい動体視力だ」
「いや、そりゃ、金が絡めば視力なんていくらでも上がるもんだからさ、人間って」
ちなみに、ブルーノの指摘に対して、レオもまた真顔で答えた。
ぶっ飛んだ金銭欲と生態を見せる友人に、ブルーノは「おかしいな、俺の知る常識と違う」と思った。
さて、無事に煙突を降りきると、二人は地下室へとたどり着いた。
そこには広い食堂があって、真ん中に大きなツリーが飾られている。
翌朝には、ここで子どもたちに向けた降誕祭のパーティーが開かれるのだろう。
今は暗く静まり返った食堂だが、そのあちこちに、子どもたちが懸命に飾り付けをした痕が見られる。
煙突から出てきたレオたちがちょうど目にするあたりに、
『ようこそ、聖クラウス!』
『煙突クリア、おめでとう!』
『足跡をここに残して!』
といった数々の貼り紙までしてある。
翌日への期待と興奮を秘めているかのような空気に、レオは小さく笑みを浮かべた。
「……煙突の罠は物騒だったけど、ここの塾の子どもたちは、とにかく気合いを入れて降誕祭を迎えようとしてんだな」
塾の子どもたちは、元は皆、孤児だったと聞く。
だいぶ突飛な方針を持つ塾オーナーのようだが、その庇護の元、全力でイベントを楽しむことができているなら、きっとそれはよいことなのだろう。
レオたちは依頼通り、ツリーの下に、子どもたちへのプレゼントを配置しようとした。
「ん?」
だがそのとき、ツリーの足元に、すでに小さな小包が置かれているのに気付く。
表書きには「ここまでたどり着いた聖クラウスさんへ」の文字があった。
「なんだこれ?」
開けてみれば、中には折りたたまれた便箋と、紙に包まれた何かが入っている。
ブルーノと一緒に、ひとまず便箋を覗き込んでみると、そこには綺麗な筆跡で、こんな文章が書かれていた。
+++
聖クラウスさんへ
物騒な煙突を通ってまで、子どもたちにプレゼントを届けにきてくださって、ありがとう。
夫が腕試しを命じたものだから、子どもたちもかなり気合いを入れて、煙突に罠を仕掛けたようです。大丈夫でしたか?
毎年あなたが、各家庭の子どもたちにプレゼントを届けて回っているのだということ、噂に聞いています。
各家庭の、どんな煙突も通れるということは、あなたはとても細身で、もしかして、まだ子どもなのかもしれないと思い至りました。
とすると、本当は、あなたたちもプレゼントを受け取る側ですね。
これはささやかですが、わたくしたちからの贈り物です。わたくしたちは、とある事情から、大変な思いをしている子どもたちを見過ごせないのです。
今夜は、お節介な老女が扮した聖クラウスがいたのだと思って、どうか受け取ってください。
よい降誕祭を。
――「光の使徒養成塾」共同責任者
エミーリア・フォン・ハーケンベルグ
+++
綺麗な筆跡には見覚えがあった。
「レオノーラ」の祖母、エミーリアのものだ。
上品に添えられた署名もまさにその人のもので、レオはびっくりしすぎて言葉を詰まらせた。
「お、お祖母様が、この塾のオーナー?」
うっかり「お祖母様」と呼んでしまう。
小さな紙に包まれていたのは、上等な毛糸を惜しみなく使ったマフラーだった。
おそらく、というか間違いなく、エミーリアの手作りだ。
「うわあ……」
レオは恐る恐る、マフラーを手に取った。
(これが……俺のもの)
「レオノーラ」ではなくて、レオのもの。
エミーリアが編んでくれたもの。
なぜだろう。
手作りのマフラーは転売に向かず、貨幣的な価値はないはずで、レオにとってそれはそそられない品のはずなのに――すごく、きらきらと輝いて見える。
畳まれたそれにそっと鼻先をうずめると、ふんわりとお日様のような匂いがした。
「あ……、悪ぃ、ブルーノももらう権利、あるよな」
だがそこで、はっと気付いて顔を上げる。
二人で仕事をしたというのに、思いがけないプレゼントは一つしか用意されていなかった。
「いや、いらない」
だが、ブルーノはきっぱりと告げる。
「いやいや、遠慮すんなって。なんなら代わりばんこに使うっていう手も」
「いや。これを見ろ」
レオは反論しようとしたが、ブルーノはそれを遮り、エミーリアからのものの下に隠れていた、もう一枚の便箋を指差した。
「どうやら、ハーケンベルグ侯爵からの手紙だ」
「おじい……クラウス様からの?」
覗き込んでみれば、たしかに、いかめしい侯爵に相応しい角張った字で、このように書いてある。
+++
よくぞ煙突をくぐり抜けた、聖クラウスよ。
私は貴殿のその武勇を称える。奇しくも同じ名前だな。
さて、この煙突の罠は、私の開いた塾に通う子どもたちが仕掛けたものだ。
彼らは、元は戦場にいた子どもたちで、特殊な戦闘訓練を受けた一方で、一般的な教育は受けられずにいた。
そこで私が引き取り、ある崇高な目的を与え、心身を鍛えるとともに、優秀な者は紫龍騎士団へと就職させている。
つまり、「光の使徒養成塾」は、未来有望な騎士養成所だ。
その訓練生である彼らが仕掛けた罠を、見事回避してみせたということは、君も優秀な騎士たりえるだろう。
「光の使徒養成塾」は、君の加入を歓迎する。
寝食に困ったときは、そのマフラーを入塾証として、いつでも私塾の扉を叩くといい。
+++
「わあ、すっげえ。クラウス様。こんな福祉事業してたのかよ。驚いた」
目を丸くしたレオに、ブルーノは「いいや」と首を振る。
「驚くべきは、この箇所だ」
指が示した先には、こんな締めくくりの文章があった。
+++
君もヴァイツ人ならば、我が孫レオノーラが、教会に閉じ込められて暮らしていることを知っているだろう。
我々は、いつの日か彼女を奪還するための、優秀な人材を探している。
私塾で修行を積めば、君はきっと武に秀でた騎士になるだろう。
そうして必ず、教会に押し入り、光の精霊から我が最愛の孫、レオノーラを奪還するのだ!
マフラーを巻いた君が現れることを、期待している。
――「光の使徒養成塾」責任者
クラウス・フォン・ハーケンベルグ
+++
「何考えてんだよじいさあああああああん!」
レオはスパーン!と便箋を叩きつけそうになったのを、すんでのところで堪えた。
「武装勢力を育てて教会に押し入ろうとは、さすが武闘派の侯爵家だ」
その横で、ブルーノときたら妙に冷静に頷いている。
「俺はこの冬、王都方面での仕事も多い。マフラーを巻いて、侯爵家に目をつけられるのは、ごめんだ。マフラーは、下町エリア専門の、おまえが巻いてろ」
「ブルーノ」
レオは言葉を詰まらせて、まじまじと親友を見た。
寒がりの友人が、理由をつけてマフラーを譲ってくれたことを悟ったからだ。
「――……ばーか」
結局レオは、長い長いマフラーを、ブルーノと自分、両方の肩に巻き付けた。
「こんなのもったいなくて、白昼堂々巻いていけるかよ。使うのは、夜だけな」
彼らのくれた温もりに頼っていいのは、人肌恋しくなる夜だけだ。
エミーリアのくれたマフラーは、どこまでも長く、少年二人分のことなんて悠々と包み込んでしまえる。
二人は仲よくマフラーをつけたまま、一緒に歩き出した。
「さ、帰るぞ、ブルーノ!」
「レオ。右じゃない、左だ」
「ぐえっ」
ただしすぐに首が絞まってしまったので、やっぱりレオが独り占めすることにした。
2年ぶりに新作投稿をはじめました!(お待たせしてすみません!)
大好きな勘違いものに、魔女・弟子・タイムスリップを絡めた
性癖メガ盛りハッピーセットです。
よければ読みに来てください^^
「東の魔女のあとしまつ」
https://book1.adouzi.eu.org/n8570ju/
感想欄が同窓会状態で大はしゃぎしてます。
ID名が変わった方もいるけれど、あの方もこの方も懐かしい…!!感涙
あなたのご来訪を、お待ちしています。




