表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/11

11話 思い出と心

 ささやき様の尻尾の、修繕が始まった。

 しばらくの間、礼拝はお休みとなり、マーヤは暇になる。

 ただ体を動かさないでいると、頭が動くものだ。

 

「考えないようにしよう、って思ってるのに考えてしまうのは、どうしてなんだろう?」


 それはクリスのことだった。

 王子様であると知って、マーヤは育ち始めていた想いを、無理やり封じ込めようとした。

 願っても叶わない、とわかっているものを追いかけても、虚しさしか残らない。

 マーヤは空へと昇る黒煙へ、手を伸ばし続けた日を振り返る。


「お母さんは、戻ってこなかった」


 いくら泣き叫んでも、駄目だった。

 この恋心も、そうなるだろう。

 マーヤはぎゅっと、唇をかみしめる。


「だけど……思い出だけは残るから」


 胸に手を当てる。

 そこには、ささやき様のペンダントトップがあった。

 いつもより、それは温かく感じられる。


「クリスさんとの思い出は、あたしの中に大切にしまっておこう」


 銀髪の美しい少年が、長らくそこに居たように。

 ときおり思い返しては、寂しさと恋しさが募るとしても。


「あたしの宝物だもん」


 出そうになる嗚咽を、マーヤは飲み込んだ。


 ◇◆◇◆

 

 割り切ろうとするマーヤだったが、そう簡単にはいかない。

 ため息ばかりついているのを、バーバラに見つかってしまう。


「心ここにあらずね」


 この間の礼拝で何があったのか。

 マーヤの元気がなくなったのは、その日からだった。


「パトリック司教がクリストフ殿下から、多額のお布施をいただいた件と関係があるの?」

 

 教会にとっては、尻尾の修繕の目途が立って、喜ばしい出来事だったはずだ。


「っ……!」

 

 クリスの名前を聞いて、マーヤの肩が不自然に揺れる。

 それに気づかないバーバラではない。

 しかし、無遠慮に踏み込まない、分別を持ち合わせている。


「マーヤ、お使いを頼んでもいいかしら?」


 代わりに、外の空気を吸うことを提案した。

 

「図書館に行って、新刊が出ているか確認してちょうだい。それから――」


 マーヤはバーバラの依頼を、小さなメモ帳に書きつけた。

 今日のお使いは、いつもより寄る場所が多い。

 手際よく回らないと、帰る頃には暗くなりそうだった。


(今のあたしには、これくらい忙しいほうが助かる)


 買い物かごを手にして、マーヤはさっそく教会を出た。

 まずは足早に、図書館を目指す。


「ささやき様の新刊、あるといいな」


 バーバラに頼まれた本は、書店では売られていない。

 自称ささやき様の研究家たちが、地方に散らばる逸話を集め、精査した結果を書き起こし、不定期に図書館へ寄贈しているのだ。

 世に一冊しかないので、教会ではみんなで回し読みした後、それぞれが気に入った箇所を、書写してから返却している。

 熱心な信者以外は手に取らない、マニアックな部類の本だった。

 それなのに――。


「貸し出し中なんですか?」

「そうなのよ、珍しいでしょう」


 図書館の受付で、顔なじみの司書が、首をかしげている。

 これまで教会よりも早く、ささやき様の新刊を借りた者などいなかった。

 

「なんでも館長あてに、新刊が寄贈されたら連絡してほしいって、直々に要望があったらしいわ」


 かなり通っているマーヤだが、いまだ館長とは、顔を合わせたことがない。

 それだけ雲の上で、身分が高い人物なのだ。

 そんな館長へ、直々に要望できる相手など、限られている。


「きっと貴族よ」


 司書もマーヤと同じ考えだった。

 さらには、ささやき様に関するほかの本も、一緒に借りていったそうだ。

 これは喜ばしい出来事だ。

 新刊が借りられなかったのは残念だが、返却されるのを待つくらいなんてことはない。


「その人が、ささやき様の信者になってくれると、嬉しいな」


 沈んでいたマーヤの心が、少し浮上する。

 司書にお礼を言うと、急いで次のお使い先を目指した。

 

 マーヤはお使いを済ませるたびに、メモ帳に線を引いて、漏れがないよう確認していく。

 今日はいつもより、順調に回れていた。

 

「あと残っているのは、ミントのキャンディだけ」


 これなら、明るいうちに帰れそうだ。

 マーヤは路地裏へと入っていく。

 目的地は、祭りの日にクリスを案内した、あのお店だった。

 

 ◇◆◇◆


「マーヤちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、店長さん」


 店長はガラス瓶を磨いていた手を止めて、マーヤに勧める新作キャンディを選び始めた。

 ぐるりと見渡した店内は、華やかだった祭りの日と比べると、落ち着いたディスプレイに戻っている。

 クリスと一緒に来たとき、まだマーヤは、恋心を自覚していなかった。

 しかし今、消えない火種のように、胸の中でくすぶっている。


(すぐに忘れようとしても、無理なんだ)

 

 ぼんやりと、店内にあの日のクリスの姿が浮かぶ。


(クリスさんは疲れ目に効くからと、ブルーベリーのキャンディを買ってた)


 キャンディを頬張る、クリスを想像してみる。

 それだけで、マーヤの心が温かくなった。

 

(あたしも少し、買ってみようかな)

 

 じっと紫色の包み紙が入った瓶を見ていると、店長がそれに気づく。


「祭りの日の彼氏とは、その後どうなの?」

「っ……!?」


 そう言えば、店長はクリスをマーヤの彼氏だと、誤解したままだ。

 マーヤは慌てて両手を振って、訂正する。


「違うんです! クリスさんは、あたしの彼氏じゃ……」

「そんなに赤い顔で否定したって、通用しないよ」


 からからと、店長が笑う。

 

「そうだ! フードでよく見えなかったけど、彼氏は青い目をしていたね」


 店長は引き出しを開けると、そこから紙袋を取り出す。


「祭りの日限定で販売してた、青色のキャンディだよ。残り物だけど、よかったら二人でお食べ!」

「あ、えっと……」


 マーヤがまごまごしている間に、店長はバーバラの好物である、ミントのキャンディも包装する。

 新作の試食用キャンディと、ブルーベリーのキャンディも、おまけにつけてくれた。


「また彼氏と一緒に、店においでね」

「……ありがとうございます」


 結局、クリスはマーヤの彼氏ではないし、苦い片思いで終わるのだと、店長へは伝えられなかった。

 会計を済ませて、キャンディを受け取り、教会へ帰ろうと店のドアを開ける。

 マーヤはうつむいていたから、そこに人が立っていたのに気づかなかった。


 ドン!


 ドアがなにかに、ぶつかる感触がした。


「あ、ごめんなさい!」

「こちらこそ」


 これに似たやり取りが、最近あった。

 ハッとしてマーヤが顔をあげると、店の外には、先ほど思い浮かべていたクリスがいる。


「ク、クリスさん……!」

「マーヤさん! よかった、会いたくて探していたんだよ」


 満面の笑顔のクリスとは逆に、マーヤの顔からは血の気が引く。

 

(もう関わっちゃいけないのに……!)


 クリスは王子で、マーヤは孤児だ。

 勢いで一夜を過ごしてしまったけれど、本来であれば縁遠く、交わることのない二人だった。

 マーヤの心臓が、ぎゅっと縮こまる。


(逃げなくちゃ……!)

 

 クリスが伸ばす手を、マーヤはとっさに払いのけた。

 そして踵を返すと、脱兎のごとく走る。

 

「マーヤさん、どうして――」


 悲痛な呼び声は、雑踏にかき消され、マーヤには届かない。

 その小さな後ろ姿を見失うのは、一瞬だった。

 クリスは絶望し、膝からその場に崩れ落ちる。


「嫌われてしまったのか、私は……」


 くしゃり、と顔を隠すフードを握りしめた。

 その拳が小刻みに揺れる。

 

「それもそうか。マーヤさんにとっては、私は無責任な男だ。なんの約束もせずに、彼女を残して去ったのだから」


 過去の自分に腹が立つ。

 どうしてマーヤが目覚めるまで、隣にいなかったのか。

 これまでクリスは、仕事を優先したことを、後悔したりはしなかった。

 だが今回ばかりは、そうもいかない。

 短いため息が漏れる。


 そんなクリスの背後から、驚き声がした。


「マーヤちゃんの、彼氏じゃないか!」


 たった今、お使いに来てたんだよ、と店長が眉をさげている。

 クリスは本来の目的を思い出した。

 この店に、ブルーベリーのキャンディを買いに来たのだった。

 小声で注文するクリスに、店長は手際よく対応する。

 

「うちは濃縮したブルーベリー果汁をつかっているからね、効き目があっただろう?」


 うなずきはするものの、クリスは明らかに気落ちしている。

 それを店長は、マーヤに会えなかったせいだと解釈した。

 

「すれ違っちゃったのは残念だけど、会いに行けばいいよ。マーヤちゃんはいつでも、教会にいるんだからさ」

「っ……!?」


 ショックのあまり頭から抜け落ちていたが、マーヤが着ていたのは修道服だった。


(つまりマーヤさんは、教会のシスター?)

 

 思いがけずマーヤの居所を知れて、がばっとクリスが顔をあげる。

 その拍子に、目深にかぶっていたフードが落ちた。


「あれ? 銀髪に青い瞳って、まさか……」

「ありがとう! 感謝する!」


 目を丸くしている店長の手を握りしめ、クリスは飛び上がらんばかりに喜んだ。


(マーヤさんに、きちんと謝罪しよう)

 

 プロポーズよりも何よりも、まずはそれが先決だ。

 クリスの頭の中で、素早く段取りが整えられる。


(なんとしてでも、汚名を返上してみせる!)

 

 一方、そのころマーヤは、闇雲に走ったせいで迷子になり、道端にうずくまっていた。


「あたしって、どうしてこうなの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ