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1話 タヌキと王子様

 マーヤは孤児だ。


 9才のとき、ノルドグレーン王国をかつてない大寒波が襲った。

 食糧不足で弱っていた多くの民が、悪性の風邪にかかり命を落としていく。

 マーヤの母も倒れたきり、なすすべもなく、帰らぬ人となった。


「お母さん……っ!」


 感染を疑われたマーヤが隔離されている間に、母の葬儀は終わってしまう。

 通常ならば、個別に土葬されるはずだが、あまりにも多くの死者が出たせいで、墓地に空きがなかった。

 さらなる感染の拡大を防ぐため、遺体はまとめて火葬される。


「あたしを、置いて行かないで!」

 

 隔離された部屋の窓から、空へと昇る黒煙に手を伸ばし、マーヤは陽が沈むまで号泣した。


 数日後、幸いにもマーヤは発症しなかった。

 降りしきる雨の中、母のもとへ走る。

 しかし、たどり着いた先では、何十人分という焼骨が、山積みにされていた。

 これでは、どれが誰のものだかわからない。

 その光景を前に、遺族はみんな、悲しみに暮れていた。

 

(あたし、ひとりぼっちになったんだ)

 

 マーヤは現実をつきつけられる。

 鳴り響く弔いの鐘の音が、心をすり抜けていった。


 ◇◆◇◆


 マーヤは父に会ったことがない。

 生きているのか死んでいるのか、それすらも不明だった。


(そんな人を、頼るわけにはいかない)


 マーヤのように身寄りをなくした孤児たちは、教会に集められ支援を受けると決まった。

 しかし教会には、男性の司教が一人と女性のシスターが数人しかいない。

 いくら国家からの補助金があっても、明らかに人手が不足していた。


 両親や兄弟姉妹と死に別れ、見知らぬ場所で、不慣れな集団生活を始めた子どもたち。

 たまり続けるストレスが、その発散先を求めていたのだろう。


「こいつ、タヌキにそっくりだな!」


 最初は、心無い言葉がきっかけだった。

 マーヤは茶色の髪を、太い三つ編みにしていた。

 それを引っ張られ、まるで尻尾みたいだと、男の子たちにからかわれる。

 垂れた黒目、ぽっちゃりした頬、愛嬌のある顔つきが、ささくれだった孤児の標的になった。


「本当だ! タヌキが人間に混じってるぞ」

「やめてよ!」


 マーヤの外見は母譲り。

 大好きだった母まで貶められたと感じて、腹がたった。

 マーヤの必死の抵抗は、男の子たちの笑いの種にされ、ますます行為はエスカレートしていく。

 そんないじめの輪に、やがて女の子たちも加わった。


「タヌキと一緒に寝るなんて、不潔よ!」


 そう言って、共同のベッドから落とされる。

 仕方なく、マーヤは毛布をかかえて床にうずくまり、まだ肌寒い春の夜を凍えて過ごした。

 シスターが見回りにくると、寝ているマーヤを起こして、ベッドに戻してくれる。


「あらあら、寝相が悪かったの?」


 落とされた、とマーヤが言ったところで、無駄だった。

 ここにいる女の子たちは、口を揃えて嘘をつく。


「勝手にベッドから落ちたのよ!」

「私も落ちるところを見たわ」

「マーヤが悪いのよ! 他人のせいにしないでちょうだい!」


 とげとげしい言葉が、容赦なくマーヤへ投げつけられた。

 その痛みに耐えるため、毛布をぎゅっと握りしめる。


「……」


 連日のいじめに疲れ果て、女の子たちへ言い返す気力は、とっくに尽きていた。

 マーヤは黙ってうつむく。

 それを見た女の子たちは、目くばせをし合い、唇だけでニッと笑った。

 

 なんとなく事情を読み取ったシスターが、司教へ相談をする。

 マーヤを取り巻く状況が大きく変わったのは、翌年になってからだった。


 ◇◆◇◆

 

 孤児たちが通える王立学校が、教会の近くに建てられた。

 預かっている子どもたちの、養育環境の改善を求めた司教の手紙が、王国のトップにまで届いたのだ。

 そして学校といっても、ふつうの学校ではなかった。


「職業訓練校?」


 シスターに説明を受けたマーヤは、初めて聞く言葉に首をかしげた。

 その道の専門家が月替わりでやってきて、10才以上の子どもたちへ、仕事の手ほどきをしてくれるらしい。

 適性があると判断されれば、即座に弟子入りができた。

 先が見えない日々に、息が詰まっていた子どもたちにとって、それは朗報だった。


「俺、明日から住み込みで、細工師の工房で働くんだ!」

「少ないけど給金ももらえるし、ここにいるよりずっといいわ」


 一人、また一人と、教会から巣立っていく。

 自らの手で未来を掴んだ、子どもたちの表情は明るい。

 鬱屈していた雰囲気も薄れていき、司教もシスターも喜んだ。


 だが一年経っても、マーヤは就職先が決まらなかった。

 やがて、職業訓練校に通う孤児たちの中で、最年長になってしまう。


「マーヤはどんくさいもんね! 見た目の通り、何から何までタヌキにそっくり!」


 年下の少女に、不器用なのを笑われるが、その通りなので、マーヤは何も言い返せない。

 道具を持てば壊す。

 刃物を握れば怪我をする。

 火を扱えばボヤを起こす。

 やることなすこと、マーヤはその調子だった。


「マーヤと比べたら、誰だって上手に見えるわ」

「今日は俺、ずっとマーヤの隣にいようっと!」

「え~、ずるい! 抜け駆けする気ね!?」


 子どもの数が減ったのに合わせて、いじめの数も減ったが、相変わらず続いてはいた。

 年下の孤児たちは、年上の孤児たちがマーヤをからかっていたのを見ていたので、同じ行為をするのにためらいがなかったのだ。

 

 嘲りに耐えられず、マーヤは教室を飛び出し、校庭のすみに座り込む。

 孤児になってから、嫌なことばかりだ。

 

(家に帰りたい。お母さんと一緒に暮らしていた、あの小さな家に……)

 

 そこには、温かい記憶がたくさん詰まっている。

 すべてが大切な宝物だ。

 マーヤはひとつひとつ、思い出していった。

 

(不器用なあたしに、お母さんは根気よく、色んなことを教えてくれた)

 

 パン生地のこね方や、野菜の皮のむき方――ただし、マーヤはどれも、うまくできなかった。

 母はそんなマーヤを叱ったりせず、むしろ微笑ましい目で見ていた。

 あの人にそっくりだわ、と言いながら。


(お母さんは掃除も洗濯も、何だって上手だった。あたしは、ろくでもないお父さんに、似ちゃったんだ)


 マーヤは膝の間に、顔を隠す。

 

(お母さん、もう一度、あたしに教えてよ……)


 じわり、と涙が浮かぶ。

 視界がゆらゆら、揺らめいた。

 

「ねえ、君は授業をうけないの?」


 そんなマーヤに、誰かが声をかけた。

 ここには、自分しかいないと思っていたので、驚いて肩を跳ね上げる。


「だ、誰!?」


 瞬きをして顔を上げた先には、顎のラインで美しい銀髪を切りそろえた、身なりのよい少年がいた。

 透き通った青い瞳が印象的で、芸術品のように整った面差しは、明らかにそこらの平民ではない。


「怪しい者ではないよ」


 戸惑うマーヤの様子に、少年は首を横に振る。

 その動きに合わせて、輝く銀髪がさらりと音を立てた。


(お人形みたい……!)

 

 見開いたマーヤの目は、少年へ釘付けになった。

 だが少年は、人形ではない証拠に、口を開く。


「職業訓練校の運営がうまくいっているか、視察に来たんだ」

「?」


 少年の話す内容は、11才のマーヤには理解できない。

 眉根を寄せたマーヤに、少年は顔を近づける。


「授業は、おもしろくない?」

「そんなこと、ないけど……」


 じゃあ、どうして授業をうけないの? と少年の瞳は尋ねている。

 マーヤは少しだけ唇を突き出しながら、正直に打ち明けた。


「あたし、何をやっても駄目なの。みんなが言う通り、どんくさいから……」


 少年がまじまじとマーヤを見ているのを感じて、ふいっと顔を背ける。

 打ち明けたはいいものの、恥ずかしくなった。


(つまらない理由でサボってるって、思われたかも)


 ぐすんと洟をすする。

 そんなマーヤの頭に、少年がそっと手を置いた。

 こうして優しく撫でられるのは、いつぶりだろう。


「大丈夫だよ。いつかきっと、君に適性のある職が見つかる」


 少年は、マーヤより2〜3才ほど年上だろうか。

 しかし話し方は、ずいぶんと落ち着いていて、大人びていた。

 おずおずと見上げたマーヤに、少年は柔らかく微笑みかける。

 とくん、とマーヤの胸が鳴った。


「職業訓練校も、開校してまだ一年だ。今後、もっと多くの業種の専門家を集めるから、待ってて」


 少年の力強い言葉は、落ち込んでいたマーヤに希望を与える。

 知らず知らず、こくりとうなずいていた。


「そもそも大寒波を予想できなかったことや、その後の対策が後手になったことは、私たちの失策だ。こんな不幸は、二度と繰り返さないよ」


 約束する、と少年は言う。

 やはりマーヤには、少年の話は難しかったが、それでもわかった。


(あたしみたいな、悲しい思いをする孤児は、もう増えないんだ)


 にこっ、とマーヤが初めて笑う。

 少年の頬が、わずかに赤らんだ。


「わかった。ちゃんと授業を受けるね」


 マーヤが立ち上がると、隣にひざをついていた少年も立ち上がった。

 ここでお別れだ。


「また、会える?」


 会いたい、という気持ちが、マーヤの口を動かした。

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