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第7回 雅の影に潜む者

 雅は保健室には行かず、無断で学校を早退してしまっていた。

 鞄は教室に置いてきてしまったが、今からでは取りに戻れない。

 教室にはもう行きたくなかった。

 学校にも戻りたくない。

 周りの生徒たちがみんな自分を変な眼で見ているような気がする。そんな気がして雅は耐えられなかったのだ。

 このまま家に帰ろうとか、それともどこか遠い場所に行こうか、迷いながら雅は歩いていた。

 学校の制服を着て昼間から歩いていても不審に思う者はこの街にはいない。

 大きなゲームセンターの前を通り過ぎそうとしたとき、開いた自動ドアからカップルが出てきた。

 雅は躰を強張らせた。

 ゲームセンターから出てきたのは、武田朱美とその彼氏だったのだ。朱美の彼氏といえば、暴力団と噂されている彼だ。その風貌は肩幅も広くがっしりした身体つきでも、眼つきは狼のように鋭い。

 朱美は雅を見つけた途端、早足で近づいてきて胸倉を掴んだ。

「昨日はおまえのせいでつかさに殴られたじゃねぇか!」

 第一声から朱美はキレていた。その左頬には特大のガーゼが張られている。

 胸倉を掴まれて脅えきった雅は眼を泳がせて唇をわなわなと振るわせた。

「ご、ごごご、ご、ごめんなさい」

「この傷の治療代出しなよ」

「あの、お、お財布は学校に置いてきてしまいました」

 無用心にも雅は鞄ごと財布を学校に忘れてきてしまっていたのだ。けれど、朱美がそんな言い分を信じるはずもない。

「嘘付くんじゃないよ!」

 朱美の左手が高く上げられ叩かれるとわかっても、胸倉を掴まれたままの雅にはどうすることもできず、強烈な平手打ちを頬に喰らって口から唾が飛んだ。

 唾は運悪く朱美の顔にかかり、激しく朱美を激怒させた。

「あんた誰に向かって唾吐いてんのよッ!」

 再び振り上げられた朱美の手首を握ったのは大きな手だった。その手の持ち主はなんと朱美の彼氏だった。

「おい、それくらいでやめとけよ」

 止めに入る優しさを見せる彼氏だが、その口元は嫌らしく歪んでいた。

「財布がないっつーなら、別の方法で払ってもらえばいいだろ」

 彼氏がなにをしようとしているのか朱美はすぐに察し、やはり朱美も嫌らしく笑みを浮かべた。

 朱美の彼氏は脅える雅に顔を近づけて眼を飛ばした。

「おい、黙ってついて来い。可笑しな真似したり逃げたりしたら、どこまでも追いかけて殺すぞ!」

 雅は電気が走ったように躰を大きく震わせ、こくりと小さく頷いて見せた。

 朱美が顔で通りに向こうを指した。

「あっちにあるカラオケボックスでよくなくない?」

「そうだな」

 朱美の彼氏も同意し、雅は腕を痣ができるほど強く握られ、引きずられるようにしてカラオケボックスの店舗があるビルまで連れて行かれた。

 上へ向かうエレベーターの中で朱美の彼氏が雅にドスを利かせて囁く。

「店員に変な目で見られねぇようにしろよ」

 エレベーターのドアが開き、雅は動悸を抑えられなくなっていた。

 特に意図もなく店員の目が向いたときも、雅は挙動不審に前髪で目元を隠すように瞬時に俯いた。

 三人は個室に案内されて店員がいなくなると、立ったままの雅を朱美が小突いてソファーに座らせた。

「なにされるかわかってよな?」

 朱美に訊かれて雅は何度も首を横に振った。

「なら俺が今から教えてやるよ」

 舌なめずりをした朱美の彼氏が雅の上に乗ろうとしてきた。

 瞬きもしない雅の瞳に映る野獣の顔。その顔を雅は他にも知っていた。同じ眼をした野獣に雅は何度も犯された。

 こっちの獣のほうが人間らしい顔をしていると気づいたとき、雅の気持ちは幾分か余裕ができた。けれど、雅は知っている。こういう男は嫌がったフリをしたほうが燃えるのだ。

「止めて、イヤ……触らないで!」

 一生懸命、雅は迫真の演技をした。

 嫌がる雅を見て朱美があざ笑っている。

「処女のはずないでしょ?」

 馬鹿にした言い方だ。

 朱美はケータイを取り出して、カメラ部分を雅に向けた。

「せっかくだから動画を撮ってネットにばら撒いてやろうかしら」

「お願いやめて……」

 涙ぐむ雅の股座に大きな手を伸ばし、朱美の彼氏は驚いたように口を半開きにした。

 雅が艶笑し、大声で叫ぶ。

「お兄ちゃん助けて、お母さん助けてーーーッ!」

 朱美は眼を剥いた。

 絶叫があがるが、防音の個室から廊下に響くことはない。

 返り血を浴びた朱美はあまりの惨劇に気を失ってしまった。

 そのとき、個室でなにが起こったのか?

 

 ――数時間後、店員が呼んだ警察官がこの部屋に駆けつけた。

 個室に踏み込んだ瞬間、異臭が血の海から臭い立った。

 血の海に横たわる裸の男女。

 朱美とその彼氏が死んでいた。

 床に浸る血は全て男のものらしく、首を噛み千切られ、性器も消失していた。

 朱美は犯された様子で、大量の精子をぶちまけられていた。そして、顔の輪郭には爪で付けられたような引っかき傷がいつも付いていた。

 後の鑑識でわかることだが、現場に残されていた精子は、ニュースでも取り沙汰されている『あの』現場に残っていたものと同質だった。そう、近藤香織をレイプして殺害した婦女暴行魔と同じものだったのだ。

 しかし、今回の事件が起こったことによって謎が増えてしまった。

 男も一緒に死んでいた。それも躰の一部、特質的な性器というものが消失していた。加えて、女は犯されただけではなく顔に傷を残されていたのだ。

 今まで同じ手口を守って犯行に及んでいた犯人だけに、今回の犯行には疑問が提唱され、捜査方針の転換も迫られる事態だった。

 そして今まで現場の証拠と、現場付近で度々目撃された帽子を目深に被った男だけが事件の手がかりだった。それが今回、重要な参考人がいることが店員の証言でわかったのだ。殺された男女と一緒にいた女子高生だ。

 もちろん現場にはその女子高生の姿はなく、店員もロビーを通っていないと証言する。

 廊下の奥の非常口が開いていたことから、そこから外に出てしまったのだと推測された。

 だが、なぜ姿を消さなければならなかったのか、それは女子高生を見つけるまでわからなかった。

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