95. 憂鬱②
ブランクはキッとルカの顔を睨みつけた。
「あの……!そちらの女性は……!?」
女性も睨みつけるが、色っぽい笑みで見つめ返されると慌てて目を逸らした。
「こちらの女性かい?先日落馬事故で亡くなった伯爵がいただろう?彼女はその方の奥方だよ」
未亡人ーーーブランクは固まる。ルカは婚約破棄の後、たくさんの女性たちと交流を始めた。交際ではなく、あくまで交流だが……なかなか派手に遊び回っている。
王妃も良い顔はしていないが、婚約者がいるわけでも恋人がいるわけでもない。誰かと二人で過ごすわけでもないから自分が恋人だと勘違いする令嬢もいない。それに何よりルカ自身が適齢期ということもあり、婚約者探しの一貫として渋々許容されている。
だが、ブランクからすると納得がいかない。愛しい愛しいルビーの婚約者だったくせに、破棄になった途端色々な女性と遊ぶなど彼からしたらルビーへの裏切り行為としか思えない。
自分は未だにルビーのことを考えているのに、新たな思う相手などいないのに。あんなに優しく、人に思いやりを持っている女性なんていない。なぜ他の女性に目を向けるのか。ルビーを取り戻せるように何か動けば良いのに……。今彼女は修道院で泣き暮らしているに違いない。
何も動かぬ上に新しい婚約者探しを早々に始め、女性遊びが激しくなったルカに前に一度文句を言ったこともある。
だが、
次の婚約者を探すことがなんで悪いんだい?もう僕は適齢期だし、年齢が近い者は婚約や結婚をしている人が多いんだよ?少しでも早く動かないといけないだろう?それに別に誰とも二人きりで過ごしたことも、触れ合ったことも、まして一線を越えたこともないんだから問題ないでしょ?そもそも婚約者も恋人もいないんだから、色んな場所に出会いを求めに行って何が悪いんだい?
と言われた。
「……ルカ兄上、今日は女性と二人っきりなんですね。その方が新しい婚約者になるのですか?」
「うん?違うよ」
「まあ……」
何が違うよ、だ。二人っきりで腕を絡めて歩いてるじゃないか。女性の方も嬉しそうにしているじゃないか。自分には散々不貞がいけないみたいな言動をしておいて……苛つきが募る。
「二人で過ごしているのに恋人ではないのですか?以前ルビーと二人でいたら恋人みたいだねと言われましたので。てっきり……」
ルカはブランクをじっと見る。昔から卑屈で傲慢な方ではあったが、ここまでではなかった。なぜここまで愚かに育ったのか。ブランクの人をなんとか貶めようとするいやらしい高慢な笑みに嫌悪が増す。
「二人っきり……って、僕の侍従も彼女の侍女もついているだろう?」
「彼らの存在などあってないようなものでしょう?」
「「………………」」
ルカと女性は顔を見合わす。ほら、何も無い男女が顔を見合わすなんておかしいだろう。
彼らが感じるのはブランクへの不快感だが、彼には伝わらない。
「彼女は母上の従姉妹だよ。ご主人の件で手続きにいらしてね。母上から送って差し上げろと言われてエスコート中なんだよ。僕みたいな小僧を相手にするような方じゃないんだから、失礼な発言は控えるんだ」
「あら……こんなオバサンと王子様になにかあるなど思って頂けるなんて光栄ですわ。帰って息子に自慢したく存じます」
大人の余裕を感じさせる女性。
「な…………」
こんなに親しげなのに無関係なわけが無い。なおも言い募ろうとするブランクをルカが遮る。
「自分で言うのも何だけど、最近はよく令嬢方と交流をしているよ」
「なんでそんなことができるんですか!?ルビーは……」
彼女はどうするのか?今きっと泣いているだろう彼女を思えばこんなことできないはず。
「ルビー嬢がどうかしたか?」
「どうかしたって……兄上がもっと父上に抗議していれば彼女はここにいたはずではないのですか!?」
「いやいや、愚かな行為をしたのはルビー嬢自身だろう?っていうかブランク、何を僕にいちゃもんつけてるんだい。自分で言うのも何だけど僕は確かに最近色んな女性と交流をしているよ。でも婚約者も恋人もいないのになぜ責められなければならないんだい?」
「でも、複数の女性と交流するなど不適切では……」
「不適切?」
その目が語る。お前が言うなと。そしてこれ以上相手はしたくないと。
「ルカ王子、この後約束がありまして……」
「ああ、すまないね。早く行こうか。ブランク、お前にはアリスという妻がいることを忘れるなよ」
そう言って足を動かし始めたルカ。
すれ違いざまに彼は囁く。
『誰も相手にしてくれないから、僕が羨ましいのかな?』
カッと顔が赤くなるブランクの姿に図星か……と笑みがこぼれる。
一人残されたブランクはブルブルと震えていた。
派手に遊んでいるくせに侍女たちからはルカ様素敵、とか言われているのだから納得がいかない。ルビーを一途に思う自分の方がよっぽど素敵だろうと思う。
アリスという妻?それがなんだ。
この心はルビーに捧げたのだ。
それならばアリスに目を向けることはルビーに対する不貞だ。
ブランクは気づかない。ルビー、ルビー……彼女に一筋だと言いつつ、他の女性たちに求められたいと考えている自分に。愛されたい、好かれたいと思っている自分に気づかない。
ブランクは自室に戻りウロウロと室内を歩き回る。
何もかもが気に入らない。
何か……何かないのか。
自分のこの憂鬱な気持ちを晴れさせるようなことはないのか!?自分が何に苛ついているのかも、鬱々とした気持ちも何かよくわからない。だが、このドロドロとした気持ちの悪いものをどうにかしたい。
ドンッと壁を殴る。
ドサッと本棚から落ちる一冊の本。
彼は痛めた拳を撫でながら本を拾う。
これは…………
彼の顔に薄っすらと笑みが浮かんだ。




