86. 追い詰められる②
マキシムは再び声を張り上げる。
「皆の者、王宮の医師が診療所に向かっている!少し時間はかかるかもしれないが、順番が来るまで待てないだろうか?」
一瞬考える民たちだが、ほんの一瞬だった。
「皇太子様ーーー!多くの人が緊急を要しているんです!俺達が診療所に詰めかけたら、迷惑じゃないですかーーー!!というかそうアリス様が言ってましたーーー!!」
見渡してみるが、確かに緊急を要するような者はいない。
私も何かと思ったのか、ルビーも声を張り上げる。
「皆様!診療所にアリス様がいます!この中の何人かは見たでしょう?重症の方を治療するアリス様を!彼女の治癒魔法は凄いのです!だからここに留まるよりも診療所へ行きましょう!」
ルビーの言葉に沈黙する民。すぐにどっとルビーに対する罵声が飛び交う。
「ふざけるな!お前が来いって言ったんだろ!」
「誰一人見捨てないんだろ!」
「何そこに突っ立ってるんだよ!」
「アリス様は重症患者を診てるって言ってるでしょ!軽傷の者は後回しにするって!自分たちでなんとかしろって言ってたわよ!」
「お前耳ついてんのか!?診療所で診てもらえねえからここに来てんだろ!!」
「早く降りてこい!早く治せ!いてえんだよ!!」
もう収集がつかない。ルビーは次第に憤怒の表情を浮かべる。確かに言った。何かあれば自分の元を訪ねてくるようにと。
でもそんなのただのパフォーマンスに決まってるでしょ。
慈善活動で行ったんだから綺麗事、格好つけたことくらい言うでしょう?そんなの本気で取るほうがどうかしている。
これも全部アリスが悪い。全員さっさと治せばこんなことになっていないのに。脳に浮かぶは民達への怒り……アリスへの怒り……
自分の行動を省みない愚か者の脳裏に浮かぶは他者への苦言ばかり。
……ビー……
て……る……
「ルビー、聞いているかい?」
マキシムの数度の呼びかけにはっ、とするルビー。
「失礼いたしました。本当に民はなんと勝手なんでしょう。それにアリス様もさっさと皆を治してくれれば「うるさいよ」」
「えっ……?」
「はっきり言って不快だよ。今間違いなく誰よりも皆のために動いているのはアリスだ。そんなアリスのことを悪しざまに言うなど許されることじゃない。私はこの国の皇太子として魔物の討伐、そして治癒に至るまで休みなく働く彼女に敬意しか感じないよ。本当は休ませてあげたいけれどね……こんな状態だ。申し訳ないが彼女にはこのまま頑張り続けてもらう」
今回のことばかりではない。彼女の噂が噂だったから距離を置いて様子を見ていたが、彼女は間違いなく王家に、国に貢献する行いをしている。
ちょっと変わったところもあるが、アリスはこの国になくてはならない存在になっていると思う。
自分よりも余程。
自分はこんなところで何をしているんだと思う。二人の弟たちも一旦城に戻り状況報告をした後、再び救助の為に出ていった。だが自分はこの立場故、外に出ることはできない。混乱に乗じて暗殺の可能性があるからだ。
「それで君は一体何をしているんだい?」
「えっ……?」
「早く行きなよ。皆が君を待ってるよ」
「えっ……でも……こんな大勢……」
魔力が足りない。きっと倒れてしまう。
「大丈夫だよ、侍女たちも助けてくれるから」
「いっ……嫌です。それならば侍女だけ行かせれば」
「自分が言ったんだろう?皆を治すと」
「王族ならば綺麗事くらい言うではありませんか」
「王族なら……ね……」
彼女は色々と勘違いしているようだ。王族とはどうあるべきか。そして自分の地位も、立ち位置も。
「!?」
身体の自由が効かない。マキシムによる魔法だ。身体がバルコニーの柵にめり込む。
痛い!それよりも…………落ちてしまう……!
「このまま民のところに投げ込もうか」
王妃そっくりの微笑みで言われた言葉。
ルビーには民の元へ行くという選択肢しかなかった。
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なんでーーーーー。
なんでーーーーー。
「おい!早くしてくれよ」
なんでなのーーー。
「おいおい!何泣いてんだよ。そんな暇あるなら早く治療しろよ!」
そんなことわかっている。もたもたと治癒魔法を使う。体が辛い……怠い。
「おいおい!侍女様の方がよっぽど手際が良いじゃないか!」
私が侍女よりも劣る?何をふざけたことを。
なんで高貴な自分が、こんな汚らわしい平民に囲まれて、罵声を浴びせられなければならないの。
「自分が言ったことに責任は持つものだろ!」
「俺達が虐めてるみたいじゃないか!」
「アリス様を見習えよ!」
「本当だよな!討伐もして、治癒もしてって!マジで凄いよな!」
「そこの役立たずのお嬢さんと大違いだ!」
ゲラゲラと笑う周囲。
ルビーの顔が醜く歪む。平民に馬鹿にされるなど……!自分は宰相の孫娘なのだ。貴族の中でもトップ中のトップなのだ!
民への嫌悪が募るルビーだったが、ここで彼らを刺激してはいけないことは彼女にもわかった。心で文句を吐きながら治療にあたるルビー。
彼女の心には余裕がなかった。
皆を助けたいと思う気持ちもなかった。
彼らと向き合う気もなかった。
彼女が目を向けるのはひたすら自分が辛いということだけ だった。自分の軽はずみな言葉でこのような事態になっているということも頭になかった。
それは彼女の顔に、態度に出る。
それを見つめるは王の影。
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場所は変わり、診療所。
テキパキと次から次へと重症患者を治療していくアリス。
「アリス様」
「マリーナ様、キャリー様、公爵…………といつぞやのお嬢ちゃん?」
公爵と手を繋いでいるのは以前診療所で話しかけてきた少女。なぜ?と思ったものの、二人の顔を見て悟る。
「公爵のお孫さ「娘です」……娘さんでしたか。誰かに似ていると思っていたんですよ」
少女は公爵の元妾の子、彼にとって末っ子娘だった。子息に子供がいると聞いていたので孫かと思ったのだが違った。
「アリス。私達は治癒魔法は使えないけれどできることはあるかしら?」
マリーナが少し緊張したように尋ねてくる。彼女が皇太子妃になってから、このような事態は初めてのこと、表情が強張るのも当然のこと。
「我が公爵家の医師を連れて参りました」
ペコリと二人の医師が頭を下げてくる。
「マリーナ様……もちろんでございます。傷の手当は本来魔法に頼らぬものです。公爵もありがとうございます」
頷く公爵。
「お姉さん!私も手伝うよ。この前の話を聞いて私も役に立てるよう練習したんだよ!」
ニコリと笑う少女の笑顔は、この凄惨な中でとても眩しく輝いて見えるものだった。




