85. 追い詰められる①
特に何かをした覚えはない。
なのになぜーーーーー?
「皆、ルビー様に助けを求めに来ておいでです!」
「えっ!」
私に助けを?そんなことなら早く言いなさいよ!一瞬焦っちゃったじゃない!軽く伝令係を睨みつけたあと、んんっとわざとらしく咳払いをする。
「皆不安ですものね。誰かに助けを求めたくなるのは当然です。皆様が私の姿を見て安堵できるというのであれば私は参ります!」
片手を胸に置き、堂々と胸を張る。とても誇らしく、いや優越感を感じる。王でも王妃でもマリーナでも王子でもなく、自分が選ばれたのだ。
マキシムの不可解そうな顔も彼女から見れば、やっかみにしか見えない。普段の行いが良いから当然だと思うルビー。
「あの……本当に参られるのですか?」
伝令係が恐る恐るというように声をかけてくる。
「ええ、だって私は将来の王子妃。皆が私を求めるのであれば応えてあげねば」
「しかし……」
何やらどうしたものかと躊躇う様子の伝令係にマキシムは怪訝な表情を浮かべる。
「助けとは?ああ、もちろんこんな状態だから助けは必要だろうね。だが、なぜルビー嬢なのかな?それに魔物を討伐し終えてこんな早急に王宮に詰めかける意味がわからない」
怪我人は診療所へ、建物の損壊や経済被害等は役所へ、人民救助の兵が足りぬなら兵が報告に来るのが一般的だろう。それらでどうしようもならない場合には王宮への直訴も稀にある。
だが、少々王宮に詰め寄るのが早すぎる。それになぜ王ではなくルビー?
「申し訳ございませんっ!民の様子から何かしらルビー様とあったようなのですが、興奮状態でまともに会話にならず」
ハーーーと深い息がこぼれる。伝令係がビクッと身体を揺らす。うん、ごめん。君にじゃない。くるりとルビーに身体を向ける。
「とりあえず行こうか」
「勿論です!早く参りましょう」
二人は民が押し寄せている門を見渡せるバルコニーに向かう。
ルビーはこんな状況なのに胸が高鳴るのを止められなかった。きっと不安に震え、儚く、こちらに縋るような目を向ける弱々しい民の姿。彼らはルビーを見た瞬間、歓喜に……安堵に……目に光が灯る……
!!!
バルコニーに近づいた彼女が目にしたのは、そんなものではなかった。血走り鬼気迫る瞳、身体のどこかしらを怪我したボロボロの姿、泣き叫ぶ子供を抱える母親、年老いた父を背負う息子……他にもたくさんいる。彼らは皆何やら叫んでいる。だがそれは慈愛に満ちた女神様を崇拝するような穏やかなものではない。悪魔であろうとなにであろうと自分の利益の為に利用してやろうとする必死な叫び。
こんな状況なのだから、当たり前かもしれないが。
「あ……あ…………」
足が止まる。
「ルビー嬢?」
「嫌です!!」
「?先程行くと言っただろう?」
しかもウキウキと。
「言った……いえ、言っていません!私が思ってたのと違う……。あ……あんな目をした化け物みたいなやつらのところに行かせるなんて。何をされるか……私の顔に傷でもついたらどうするのですか。未来の王子妃たる私にそんなことをお命じになるなど、正気でございますか!?」
ヒッと上がる小さな悲鳴はどの侍女からだろうか。皇太子に何たる不敬な発言。周りの反応とは裏腹に表情を変えぬ皇太子。
彼は無言でルビーの背中をドンッと押す。
予期せぬ行動にバルコニーに出てしまうルビー。民の必死の叫びが大きくなる中、マキシムが後に続く。
「皆の者、魔物は全て討伐された!」
皇太子の張り上げた声に少し静かになる。
「怖かっただろう……!不安に感じただろう……!いや、これからの不安もあるだろう!されど今は皆で協力するべきとき!そなたらは何故ここに来たのだ?」
はっきりと問う皇太子に一瞬静まり返る場。
「言いたいことがあるなら遠慮なく言うが良い!不敬に問うことはないと皇太子の名のもとに約束しよう!」
その言葉に少しざわつく場。
「皇太子様ーーー!こんなところにまで来て軽率だったかもしれません!でも、ルビー様が来いって言ったんです!!」
「な!?私がいつそんなことを言ったっていうのよ!!!」
「前診療所で言ってたじゃありませんか!」
「何かあったら私が全て救ってみせるって!だから何かあったら私を頼れって!!王宮に来いって!」
「自分には治癒魔法がある!アリス様みたいに小さな怪我だからって軽んじないし、見捨てないって!!」
「今診療所は重傷患者が優先で、緊急じゃない傷は後回しなんです!!でも、いてぇんだよ!!!早く治してくれよ!!!」
「子供が痛い痛いって、泣き止まないんです!子供は宝なんでしょう!?早く治してください!」
「おい、ババア!俺の怪我のほうが酷いだろうが!そのガキなんてちょっと膝を擦りむいてるだけじゃねえか!家帰って自分で手当てしろよ!」
「はあ?あんただってちょっとおでこから血が出てるだけじゃない!布でも巻いときなさいよ!この子は女の子なのよ!?跡でも残ったらどうするのよ!?」
集まった民の間で言い争いが聞こえてくる。我先に診てもらおうと門を壊す勢いの民を兵士が威嚇する。場はどんどん混乱していくばかり。有事の際ほど皆で協力すべきなのに……彼らを抑える兵士を救助に向かわせたほうがどれだけ有意義か。皆自分のことばかり……。
だがマキシムが一番怒りを感じるのは、
このような事態を引き起こすような発言をした
ルビーにだ。




