81. 診療所②
「な!!」
ルビーは“な”の口のまま固まった。虫も飛んでいるし、口を閉じてあげたほうが良いのかしら……手を伸ばしかけたがルビーが動き出すほうが早かった。
「あんたなに……」
ルビーの勢いが中途半端に止まった。彼女の目は声をかけてきた8歳くらいの女の子の顔に向けられている。アリスも女の子に目を向ける。彼女が着ているワンピースは貴族にしては質素、平民にしては華美な格好。将来が楽しみな可愛い顔をしている。ところで、どこかで見たことがある気がする。子供に知り合いはいないはずなのに……。膝を曲げアリスはしゃがむ。
「私に何かご用?」
「王家の方が診療所に来ていると聞いて来たの。私さっきね、そこで転んでしまって膝が痛いの!血も出ちゃったの!治してくれる?」
彼女の膝には転んだ際にできたであろう血が滲む擦り傷ができていた。
「あらあら、痛いわね~。じゃあ、そこに座って」
そことは診療所にある椅子だ。
「はーい」
女の子が座るとアリスは綺麗な水で膝を洗い、消毒をしてガーゼを貼った。
「はい、おしまい」
「「「えっ?」」」
「えっ?」
周囲のえっ?にアリスもえっ?と返す。
「お姉さん!まだ痛いし、傷あるよ!魔法で治してくれないの?これだったらお母さんがするのと一緒だよ」
「うんそうだね」
「なんで?」
「ああ、それは「あら、アリス様魔力切れですか?」」
アリスの言葉を遮るのはルビーだ。
「いえ、そういうことではありません」
「いいのです。流石アリス様。先程から軽症の方は無視して重症の方ばかり診てお疲れでしょう?後は私に任せてお帰りください。私はどんな小さなキズの方も治して差し上げますから」
アリスは入院するほどの重症の者を、ルビーは怪我や風邪で来院した比較的軽い患者を中心に診ていた。今彼女たちの周りにいる者は軽度の患者ばかり。アリスを悪者に仕立てようとしているのがわかりやすい。
……とは言うものの少々疲れていた。ルビーの相手で……ではない。肉体的にだ。アリスは戦闘向きの魔法に比べると治癒魔法は得意な方ではない。本人もこう言ってるから先に帰っちゃおう。
では失礼しますと皆に向けて言うとくるりと出口の方に身体を向ける。出口に向かうアリスは背後のルビーをちらりと見る。子供やイケメンに囲まれて嬉しそうな顔をしている。アリスよりも自分の方がたくさんの人に囲まれているのが嬉しいよう。少々鼻が膨らんでいる。
だが、ルビーも疲れているようだが大丈夫なのだろうか……?まあ侍女を何人か連れてきているようだから、彼女たちがなんとかするだろう。
背後からルビーが舞台女優のように声を張り上げ、自分の治療に対する熱い思い、心意気を患者たちに演説する声を聞きながら外に出る。外にまで聞こえるなんてどれだけ大きい声で演説するのか……少々呆れるアリス。
「アリス様」
ルビーの声が聞こえなくなったところでイリスがアリスに声を掛ける。
「わかっているわ」
クルリとアリスは背後を振り向く。
「話が途中だったわね」
そこにいたのは話しかけてきた女の子と複数人の子供たち。
「うん!なんで治してくれないか教えてもらってないもの!」
「あちらに残ったらあのお姉さんが治してくれたんじゃない?」
「えー……、なんかあの人ブリブリしててイヤなんだもの!子どもを相手にしてる自分って可愛い!優しい!皆私のこと好きになっちゃーうとか絶対に思ってるよね。それにね、イケメンのお兄さんばっかり診て、ブサメンのお兄さんのときは侍女に任せてたんだよ!
お姉さん知らないの?女はね、ブリブリした女は嫌いなの。そんなのに惹かれるのは一部の男だけなんだよ」
お、おう。見た目よりも年上なのかしら……。それとも親御さんの真似だろうか。若干引きつつ、他の子達にも話しかける。
「あなたたちは?」
「んー……別に大した傷じゃないし、お姫様ってどんな顔してるのかと思って来ただけだし」
「あっちのブリブリお姉さんよりお姉さんのほうがうーーーんと綺麗だもの」
少しでも長く見ていたい顔……とキラキラした視線がアリスの顔に注がれる。なんか子どもたちのルビーへのイメージがブリブリになってる気がするが大丈夫だろうか。
「あら、ありがとう」
ニコリと笑うアリスに、子どもたちも嬉しそうに笑う。
「ね~ね~」
「ね~ね~」
うん?
「お姉さん」
「「「早くさっきのお話の続きして~~~」」」
顔の話からしっかり最初の話に戻る子供たち。その瞳は自分の知り得ないことを知れる好奇心、歓びでわくわくと煌めいている。
とても眩しい。
「それはねーーーーーーーーーー」
アリスは再びニコリと笑うと、子供たちに話し始めた。




