8. 公爵家〜アリス8歳〜②
話し終わった人間と聞き終わった人間の表情は真逆だった。前者はとても愉快そうに笑い、後者は複雑そうな顔をしていた。いや、内心は不快だったが全力で隠した。
こういう輩とは敵対するべきではない。
「あらあら何よその表情?あいつのこと可愛そうだとか思ってるの?たまにいるのよねそういう子。でもあんたもいつかこっち側に来るわよ」
だって皆結局アリスを虐げるようになったから。だってこの完璧な家族の中で無能な存在、邪魔な存在なんだから、そう言ってゲラゲラ品なく笑う。
「ちなみにあいつの服って全部お姉様方からのお下がりなのよ。リリア様はぜーんぶ新品なのに。皆様お優しいわよね。あんなやつ使用人の格好でもさせておけば良いのに」
いやいや、公爵家の令嬢に使用人の格好をさせて何をさせる気だ。昔流行った落ち着いたシンプルなものが多いと思っていたが、お下がりだったからなのか。リリアは今流行のフリルをふんだんに使った華やかなものが多い。
個人的にはシンプルな方が好き……というか、アリスにはそちらのほうが似合うと思っていたので気にしていなかった。
「そうなんですね。それにしても……清掃していない割にはとても綺麗なお部屋ですね」
イリスの言葉にブハッと噴き出す先輩。
「アハハハハ!本人がちゃんと掃除してるもの!」
公爵家のお嬢様が自ら掃除するとか、滑稽で惨めよね~ともう一人の使用人と一緒に笑っている。
マジか……。何が楽しいのか。8歳の子供相手に何をさせているのか。普通の人間がすることとは思えない。
それに100歩譲って両親や兄弟が邪険にするのはわかる。いや、わかりたくないが……そもそも一歩も譲りたくないが。出来の悪い子や愛想の悪い子が虐げられることがあるのは貴族家であればよくあることと言えた。言い方は悪いが優秀な子のほうが色々と使い道があるから。
しかし、なぜ使用人が虐げるのか。誰かに命令されたわけではない。いわゆる忖度というものなのか……。だが雇い主の娘……そんな存在に命令もなしに手を出すなんてリスキーでしかないと思う。
「あっ!リリア様の部屋の清掃に行かなくちゃ」
「えっ」
いや、まだ清掃などしていないだろうに。したことといえば人様のアクセサリーを漁っただけ。……ってちょっと待て!
「それは……ヤバいんじゃ……」
二人の先輩使用人はポケットに先程の首飾りと耳飾りを入れていた。
「はあ……?」
やばい……敵視されたか。だが流石に盗みはいただけない。
「私達の心配してくれてるの?あんたいいやつね。大丈夫よ~一回も怒られたこと無いから。きっとチクっても我慢しなさいとか言われてるのよ。それよりもあんたはリリア様の部屋の清掃に行かないの?リリア様の部屋を清掃したいって言うやつが多くてさー。毎日争奪戦なのよ」
あんた仕事できるやつだからリリア様のお気に入りになりそうだったけど、行かないならその心配はないわね~と二人で話している。
どうしてそうなる。ヤバい奴は頭の中がお花畑のようだ。いかに自分が良い思いをするかしか考えていない。
「ただ働きというわけにも行きませんし、私はここの部屋を掃除していきますね」
まあサボってるわけにもいかないしね~とふざけたことを言いながら去っていく二人を見送る。先程までの彼女たちの行動をサボりといわずしてなんというのか……。
とりあえず、清掃をする。暫くするとドアが開く音がした。
「あら……まさかこの部屋を清掃する人間がいたなんて」
部屋に入ってきたのはこの部屋の住人であるアリスだった。驚きに思わず一瞬息が止まる。
急に声をかけられたからではない。
アリスの美しさに。
存在感に。
驚いたのだ。
はっと我に返り慌てて息を吸い込むと、むせた。
「あら、そんなに埃っぽいかしら?」
そう言いながら窓を開けてくれる。使用人相手にお優しいことだ。
「いえ、失礼いたしました。申し訳ございません。清掃がまだ終わっておりませんのでまた再度伺ってもよろしいでしょうか?」
その言葉に驚きの表情を浮かべるアリス。フフッと笑うと冗談めかして言う。
「いつもの100倍綺麗よ」
「いいえ、不十分です」
その言葉に少し考えている様子のアリス。イリスはしまった、ひくべきだったかと後悔した。
「それなら、このまま続きをしてもらっても良い?」
「ホコリが付いてしまいます」
「この格好だもの大丈夫よ」
その言葉にはっとする。アリスは汚れたボロボロの血まみれの服を着ていた。
「もっ……申し訳ございません!お着替えをされるなら出ますね!」
「大丈夫よ。今から掃除してくれるのでしょう。その後に着替えるわ」
まあ、確かにその方が無駄がない。
「では続きをさせていただきます」
~~~~~
清掃を終えたイリスは汗でメイド服が重たくなっていることに気づいた。掃除が大変だったわけではない。高貴な方と二人っきりでいることに心に負荷がかかったようだった。
ーーーたとえそれが子供相手でも。
「終わったようね。お疲れ様」
アリスの言葉に頭を下げる。それにしても彼女はなぜ虐げられているのか。先輩は無能と言っていたが……。めっちゃ美少女だし、ペーペー使用人にもフレンドリーなくらい心が広い。それに先輩は笑って話していたがそもそも変だということに気づかないのだろうか。むしろ、彼女はーーー。
「!」
しーーーっと一本の指を口の前に立てているアリス。
「本当に賢いものは何も言わないものよ」
「でも……なぜ……!」
しまった!何も言うなということだったのに!思わず声が出てしまった。恐る恐るアリスを見る。再び息が止まった。
「だって……勘違い野郎っておもしろいもの」
そう言う彼女の顔には笑みが広がっていた。きっと意味合いとしては先輩と同じ笑み。でも受ける印象、迫力が全く違う。先輩は汚らしい下卑た笑み。相手を不快にさせるもの。
アリスの笑みは
心底相手を見下した笑み
しかし誰もが見惚れるような
圧倒されるような
見事で
艶やかな
嘲笑だった。




