74. 王妃と女帝③
「……力の分散を防ぐためでしょうか?」
「そうです。さて王妃様、我が家は生意気ではありますが、国における行政力はさほど持っておりません」
王妃ははて?と考える。好き勝手できているのに……?
「我が一族と関わりがある家門が重要な役職に就いておりますか?我が一族は宰相でもなければ大臣の役職にもありません。ああ夫は大将軍を拝命しておりますが、あれは本人の若い頃からの努力の賜物です。領地運営も上手くいっていると自負しておりますがそれはあくまで公爵領の話です。まあ優秀な頭を持つ為に魔物退治や貿易などで有利に契約を結ぶことが可能なので公爵家は大いなる発展をしていますが」
うん?えっ、自慢?
「我が家の自由勝手が許されるのは圧倒的な“武”を誇るからです」
違った。繋がっていた。
「ですが、だからこそ我ら一族は短命の傾向にあります」
武を誇り、それらを悪党や魔物相手に惜しみなく振るう。だからこそ人はその圧倒的強さに恐怖し、恐れ敬う。そして強力な魔物が出現した際には戦えと迫る。それは即ち命をかけろと言っているのと同義。
「皆、私達には力があるのだから戦え戦えと簡単におっしゃいます。我らの命のことなど何も考えずに……。他者の命などどうでも良いのでしょう。ですが、我らは国のため、そして顔も知らない他者のために命がけで戦っています。だからこそ我らは戦い以外では好き勝手に振る舞います。命と多少のわがまま……どちらが軽いかおわかりでしょう?化け物、常識知らずと人々は言いますが、我らから見れば周りの者のほうがよほど……」
だからこそ化け物と言われると笑ってしまう。戦えーーー即ち命をかけろと軽々しく言う奴らのほうがよっぽど心のない人間……化け物だろうにと。
「たまたま今は皆力がある子達ばかりで誰も失わずにおります。だからこそ人々は我らの命など軽く扱うのでしょう。ですが、もともと我が一族は命を失うものが多いので人数が少ない傾向にありました。だからこそ我らは家から子孫を出さないのです」
一族が途絶えてしまうから。たまに例外はあるものの魔力は遺伝で決まると言われている。強き人間を生み出し世を救い続ける役目がある。それが自分たち一族を守ることになる。だって周囲の人間は常に自分たちの命を軽く扱うから。
「ああ、後は育成のためということもありますね。幼い頃から過酷な訓練を受けさせますので……そのときに命を落とす者も少なくありません」
深刻な顔をする王妃は気づく。
「アリスは……」
彼女は外に嫁いでいる。
「ああ、別に深い意味はありませんのよ。強いて言うなら自国の王妃のカサバイン家への執念を薄めるためにアリスを差し出したからです。王妃が蔑ろにした娘……最終的に国外へというのが一番収まりが良かったのです。それに、アリスも退屈そうにしていましたし……」
「退屈?」
「もともとアリスは幼き日から魔物の討伐をしておりましたし、王都でその姿を見た者も多く、恐れる者も多かったのです。それに王妃に蔑ろにされているとはいえ我が家の娘に大っぴらに攻撃する強者もなかなかおらず……。家の者からも無下にされていると噂もあったようですが、そもそも我らとアリスの様子を見ていればわかる者はわかったはず。わからぬのは本当の阿呆か低位貴族のみ。その阿呆も周りがしっかりしていれば害にはならない程度でしたので。何度も何度も繰り返されるものではありませんでした。まあ、あくまでアリスにとってはですが……」
普通の令嬢だったら引きこもりにはなったかもしれない。そもそも国の女性の頂点に目をつけられるだけで気絶ものだ。
「ですので今、かの令嬢がアリスに真っ向から何度も何度も突っかかるのが楽しくて仕方ないみたいです。しかもブランク様もご一緒になって詰め寄られていますし……」
阿呆を増長させるのは阿呆。地位も何も気にせず頭に自分という花しか咲いていない無敵のヒロインぶっている小娘と愛する女を守るヒーロー……そんな自分って最高と思っているナルシストな小僧。
阿呆さマックスだ。
「ですから」
王妃は訝しげにエレナを見る。
その言葉に愉しげな響きを感じたから。
「巻き込まれないようにお気をつけください」
いや、何が?訳が分からない。
「アリスが嘲るのは相手がいつかやらかす、破滅するだろうということが前提です」
それは即ち
「あの子は敵をそのままにすることはないのです」
皆何らかの痛手を……酷い者は人生を台無しにしている。
「それは周りのものが勝手にやっているように見えるものもありますが実際はアリスが周囲の者を利用しているだけ。ここでは我らがいないので恐らく自ら動くでしょう」
要するに
「またアリスは何かやらかすと思いますので、気をしっかり持ってくださいませ」
王妃の前にコトンと置かれる二つの瓶。
うちのエミリアが作りましたので効果は抜群ですよ、というエレナの言葉を聞きながら王妃は意識を飛ばしたかった。
その瓶には『頭痛薬』『胃薬』と記載されていた。




