72. 王妃と女帝①
場所は移り王妃専用の客室。部屋にいるのは王妃と数人の侍女とエレナのみ。王妃とエレナはアリスの部屋から失敬したお菓子で優雅にお茶を飲む。
「先程は娘たちが失礼いたしました」
「いえ……」
娘たちというよりも原因を作ったのは目の前の御仁のような気がするが……。微かに顔がひきつる王妃。
先程ルビーとブランクの愚かな不倫もどき現場を皆で冷たい目で見ていたが、エレナが突然声を上げたのだ。
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「王妃様、ここでお会いできたのも何かの御縁。公務が立て込んでいなければお茶でもいたしませんか?」
ええ~嫌です~と言いたいところだが今日の公務はこなしてしまっていた。それにアリスの母親にして世界最強一家の女帝、個人的に親しくなるのは決して悪手ではない。
「まあ宜しいのですか?エレナ様とお茶をご一緒できるなど夢のようですわ」
王妃が言うことはお世辞でも大袈裟でもない。彼女はガルベラ王国の王族か気に入った相手としかほとんどお茶の席を共にすることはないと言われている。そもそも非常に多忙の為、お茶をする時間も極わずか。彼女とお茶をできるのは非常に幸運なことだと他国にまで知れ渡っている。
「「「お母様、私達もご一緒し「あら」」」」
娘たちの発言をぶった切るエレナ。3人娘はゾク……と嫌な悪寒がした。
「あなたたちこれから仕事でしょう?」
「?今日は皆で休みを取りましたが……?」
エミリアの言葉にアンジェとセイラもそうよと頷く。
「ああ、言い忘れていたわ。あなたの部下たちがとても忙しそうにしていたからあなたたちの休みは午前休だから午後からは来ると言っておいたわ」
「えっ!?」
「お母様!?」
「悪魔!!」
「部下は大切になさいといつも言っているでしょ」
「そうですが……」
「じゃあお母様は?」
「あなた達と同じ午後から半休よ」
「「「………………」」」
いや、なんか納得がいかない。ぶすーとしているとエレナの目が怪しく光った。
「「「……っ!」」」
3人の麗しい顔の横を緩やかに流れる髪の毛が1本落ちた。
「……わかりました。帰ります」
流石長女。物わかりが良い。
「お母様乙女の髪の毛を切るなんて最悪~」
何が乙女だ。見た目はともかくもうオバハンだろう。
「べ~~~~~~」
子供か。セイラはこれでも結構大きめの二児の母。いつまで子供みたいなことをするのか。
そうして彼女たちは消えた。もといガルベラ王国の自室に帰っていった。
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「本当に子供っぽいというのか、自由人というのか……。あれでも皆母親ですのよ。王妃様と同年代ですのに……。王妃様のような落ち着きを持ってほしいものですわ」
いや、休みを勝手に取り消されたら不満ぐらい言うだろう。チラリとエレナを見る。子供の至らぬ点を話しているようでも愛情が感じられるのは決して気の所為ではない。
「恐縮です。うちの末の王子こそ失礼いたしました」
「いえ」
先程の会話が逆になった状態。先程は王妃の顔は引きつっていたが、エレナの顔は少々小馬鹿にしたような表情。
「アリスは別にあの男を好いていないようですから不倫もどきの行為など痛くも痒くもありませんわ。少々アリスの夫君のことは調べましたが、思ったよりも愚か者のようで……」
「最近よくない方に逸れていっているようです。アリスの母上様には大変申し訳ないと思っているのですが、どうも私が至らぬようで……」
傲慢さはあったが、害にはならない臆病者。しかしアリスが来てから、いやルビーがアリスに絡むようになってから、傲慢ぶりが上がったよう。愛する女を守ろうとするヒーローのつもりなのか。それとも大国の貴族の娘を娶ったからか。絶世の美貌の妻を蔑ろにする自分って格好いいとでも思っているのか……。
まあ何にしても頗る評判が悪いので、頭が痛い。
「あれは持って生まれたものでしょう。王妃様が気に為さることではありません」
優雅にカップに口をつけるエレナ。音もなくソーサーに戻すと王妃を真っ直ぐに見つめる。
「王妃様。アリスは遅くにできた私の末の娘です」
はい、知っています。
「兄も姉も既に成人しており、幼児の頃に既にアリスは叔母になっておりました。そして兄姉たちは年の離れたアリスを……」
これはもしや説教をされるのか?大切に育てた娘の婿があんなやつとは……と。冷や汗が出そうだ。
「とても厳しくしごいておりました」
うん?
「可愛がってはいたのですが、家に相応しい子にしようと皆一生懸命になり過ぎまして……。幼児のアリスにも容赦なく魔法も剣術も教え込みました。そして自分の子とそんなに変わらない年とはいえやはり兄姉妹……ケンカも凄まじく……幼いアリスをビシバシと論破し使用人からも侮られるように……。そのせいか我が家でもキングオブバケモノみたいになってしまい、性格も少々ひねくれた、趣味の悪い子に……」
まあそのおかげで色々と助かった部分もあるので良かったと言っているが、それは良いのか悪いのか。
「ですから!あのような小者が何をしようとアリスは何も思いませんので、お気になさらず」
「……それならば良かったです」
「ですが」
ピリッと変わる空気。王妃は自然と背筋が伸びた。エレナは空気とは裏腹に優雅にお茶を飲みながら興味なさげに呟く。
「あの愚者がどうなるかは存じ上げません」
ブランクがアリスにしてやられる。ブランクは精神的に弱い。最悪壊れることもあるかもしれない。でもそれがどうした。
「そうですか」
王位を脅かすに足りぬ他所の子など……どうなろうと興味はない。




