63. 迷惑な客
最近疲れを感じるアリスの侍女たち。直接害はなくとも見ているだけで疲れるものがあることに気づいたこの頃。時は過ぎていくもので今日は侍女たちにある命令を下すアリス。
「今日はフランクとイリスは外出するから。あと、私も今日は用事があるからこの部屋には誰も通さないで頂戴。よろしくね」
「はい、畏まりました」
3人はよくふらっと急にいなくなる。それで何かトラブルが起こったことはなく、今日も何事もなく1日が過ぎていくと思われた。
が、そうはいかなかった。
「いいから通して、通しなさいよ!」
アリスの部屋の前で叫ぶのは以前夜会でアリスにワインをかけた令嬢(以下ワイン令嬢)だ。対するのは侍女兼宰相の手先であるルリハ。
「申し訳ありませんが、誰も通さないようにというご命令です」
「急ぎなのよ!アリス様が私の婚約者に色目を使っているのよ!王子妃だからって許されないことよ!」
「………………」
そうは言われても通すなと言われている以上通すわけにはいかない。そもそも王子妃と話をする為にはお伺いを立ててることも王宮に立ち入る許可だって必要だ。ではなぜ入れたか?彼女たちの背後からカツンとヒールの音をさせ登場した……
「ルリハ。通して頂戴」
このルビーのせいだ。ワイン令嬢から話を聞いたルビーはアリスの悪評を広げるチャンスと友人と共に乗り込んできたのだ。
「申し訳ございません。アリス王子妃のご命令でお通しするわけには参りません」
いつもはつけない王子妃をつける。アリスは王子妃。伯爵令嬢にしか過ぎないルビーとどちらが地位が高いか、命令を優先すべきか示す。
が、そんなことが通じるならここには来ないわけで……
「どんな用事なの?外出してもいないし来客があるわけでもない……このご令嬢は緊急なの。もしかしたら婚約破棄の可能性も……。可哀想だと思わないの?それに……あなたこの国を支える宰相の孫たる私の言うことが聞けないの?」
最後の言葉に固まるルリハ。彼女は宰相の手の者。宰相の名を出されると弱い。一瞬躊躇した隙にルビーとその他が部屋に入り込む。
「なっ……酷い…………!」
入室と同時に声を上げたのはルビーだ。
「こんなにも部屋の前で話をしたいと声を張り上げておりましたのに、アリス様は椅子でお休みではございませんか!?王子妃ともあろうものが……令嬢の悲痛な叫びを無視するなどなんたることですか!」
とにかく大きな声で騒ぎ立てる3人娘。
「どうされましたか!?」
駆け込んできたのはキャリーだ。その姿を視界に入れた途端泣き崩れるワイン令嬢。そして泣き叫ぶ。
「アリス様っ!どうして私の婚約者を誑かすのですか……っ!私は彼のことを愛しているのです……」
かすかに漂う大根感。が、騙されるものは騙される。そして便乗する性悪女二人。
「アリス様っ!どうしてこんなことを……!」
彼女の背に手を添えているのはルビーともう一人の取り巻き令嬢。
「アリス様っ!聞いていらっしゃるのですか!?」
詳しいことはわからないが、彼女たちの様子からどちらが弱者か判断したキャリーは椅子に腰掛けるアリスのすぐ近くで仁王立ちして憤慨する。
「皆様方落ち着いてください!アリス様は今日は忙しいと仰っています。また後日にお願い致します」
高貴な身分の者相手に声を張り上げるのはアイラだ。今この場にはアリスとアイラ、ルリハ2人の侍女しかいない。気の強い公爵の娘でもありアリス様様のカルラがいれば力技で追い返したのだが、長い物には巻かれろ精神がある侍女二人では上手く追い出せない。
「ただ目を瞑って座ってるだけじゃない!」
そう激昂するキャリーの視線の先には目を瞑って騒がしい声など耳に入っていないかのように座るアリスの姿。そうは言っても……と侍女たちはオロオロするばかり。
「アリス様!聞いているのですか!?」
我慢の限界に達したキャリーがアリスに向かって手を伸ばす。が、バチッとアリスに触れることなく弾かれた手。キャリーは小さく悲鳴を上げると手をひっこめる。その手は少し赤くなっている。
「「「キャリー様!大丈夫ですか!?」」」
3人のおしかけ娘がキャリーに駆け寄り、アリスに向かってどういうつもりですか!?怪我をされたのに無視ですか!?等々怒鳴ってくるが、目を開ける気配も動く気配もないアリス。
「アリス様……?」
キャリーがその異常さに気づく。周りはキャッキャとうるさいがおかしい……こんなに煩いのに一言も発さないし、ピクリとも動かない。まさか…………先程痛い思いをしたにも関わらず再び手を伸ばす。再び弾かれる。それを見た3人娘はぎゃあぎゃあ更にうるさくなる。
いやいや、おかしくないか?アリスもおかしいが、この3人もおかしい。こんなアリスを責め立てるなど。一旦静かにさせようと口を開きかけ止まる。
「何をしているの?ここは王子妃の部屋よ」
りんと響き渡る声。
「「皇太子妃様」」
慌てたように現れた人物に頭を下げる侍女二人。それを見て周りも慌てて頭を下げる。
「マリーナ様、アリス様が酷いんです!この子の婚約者に手を出してるみたいで、話を聞きに来たのに無視なんですよ!」
ルビーが叫ぶ。
「私……悲しくて。こんなことしちゃ駄目だってわかってます。でもこんなきれいな方に見初められたら婚約者だってどう思うか」
続いてワイン令嬢が悲しげに言う。
「出なさい」
「「「えっ」」」
「ここはアリス王子妃の部屋です。許可なきものは入ってはなりません」
「許可を得ようにも返答がないのです。無視されているのです……」
悲しげにいうルビー。ルビー様……と取り巻きや侍女たちはお可哀そうにと目を潤ませる。
「それは許可しないと同義です。緊急時でもないのに入る方がおかしいのです」
「友の一大事です!」
「私は緊急時だと言いました。本当に早急な1日も待てない事態なのですか?」
視線を向けられたワイン令嬢は俯いて小さくいいえと呟く。
「とにかく出なさい。話があるならアリスに対面許可の申請をお出しなさい」
「ですが!」
「私の言うことがわからないかしら?」
先程のルビーと同じような言葉なのにこの威圧感はなんだ。先程は虎の威を借る狐感満載、小物感満載だったが、マリーナは違う。彼女自身が獅子だ。皆押し黙ると失礼しますと去っていく。
マリーナはちらりと横を通り過ぎるルビーを見る。その顔はとても悔しそうな怖い顔をしていた。
はー……と息を吐く。これは一波乱ありそうだと。




